祖父も父も頑固爺である。偏屈で、依怙地だ。
決して慰めを他人との交流の中に求めないタイプである。
それでも結婚して家庭を持ち維持してるんだから、孤高の人とは程遠い。
長年生きてきて、こんなこと言われたんじゃ割に合わないと思うかもしれないが、親というものは、子供にとって一番身近な批判対象として、欠点を曝していなければならないものなのかもしれない。
家族なら、各々の欠点を指摘しろと言われたら悩む必要もなく即答できるだろう。ああ、しかし。親の欠点を思うと、それが自分の欠点でもあることを痛切に感じてしまうはず。
なぜあれほど批判してきたものに近付いていってしまうのだろう。
昔は母に似ることを恐れていた。
だが、あまり最近似なくなったと安心していたら、
今度は祖父と父に似てきてしまった。
批判するから似てくるのだ。
批判しなければ似なくてすむのだ。
似なくてすむ?
子供が親に似るのは当たり前だ。
だが、開き直るだけでは説得力に欠ける。
そこで、ちょっと強引だが、よく「優柔不断な人」が「やさしい人」とされることもあるのを思い起こしてみて、短所を長所の裏返しと考えてみたい。
つまり、頑固爺とは、筋の通った爺であるということになり、
偏屈で依怙地とは、揺るがない意志と、依存の少ない精神を持っていることになる。
書き出した時には思いもしなかった結論に行き着いたことに驚いている。