秋は誰でも淋しくなるのだろうか?
日は早く落ちるし、うっすら肌寒い案配が心を寒くする。
秋の寂寥感というのは独特のもので、
まだ人生の悲哀も知らぬ幼少の頃も既に持っていた記憶がある。
だとしたら、それは単に肌の感覚なのだろうか?
今とても淋しい気持だからこそこんなことを考えてみて、
「あ、そうか。肌の感覚の問題なの?じゃあいいや。」
と見る見るうちに淋しさが薄れていく。
こうして自分で解決せねばならないのが日常の淋しさなんである。
誰かに会っても、お酒飲んで騒いでも、気持は淋しいまま残ってしまう。
何のせいだろうかと色々考え、自分を責め人を責め、まぎらわそうとするがそうもいかない。
淋しさは、単に肌の感覚の問題であるから。