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摂生と不摂生  (2002.1/7)


 正月に親戚などが集うと、自分の世代、親の世代ともどうしても病気の話し
で盛り上がってしまう。共通の話題を探っていくとそうなるので仕方がない。
そんな場では深刻な病気より、ちょっとした摂生で治る病気や、笑いを誘う類
いの病気が好まれる。
もちろん親戚の集まりとは、お茶を飲みながらではなく、豪勢な料理と大量 の
アルコールを前に行われる率が高いので、毎度のことながら、
「○○さんは、食べ(飲み)過ぎだ。」
といった集中攻撃にさらされる人が出てくる。
酒のつまみとして一番楽な話題なので、攻撃を受けて反論する側もくつろぎな
がら、わざと食べ物をほおばったりして、皆の笑いをとったりする。
今回の正月でもこういう主人公が存在したのだが、興味深かった反論は、
「摂生して暮らしていた知人があっさり死んでしまったので、摂生をしても長
生きするとは限らない。だから摂生しなくてもよい。」
という話しで、異なる親戚の集まりで別の人物が全く同じ反論をしたのが印象
的だった。私はと言えば特に摂生していないが、かといって不摂生でもないの
で、おおかた不摂生を攻撃する側につくことが多い。まあここで一方的に不摂
生を攻めるのはやめておこう。摂生にしろ不摂生にしろ極端なのは体に悪いと
いうことだけは
表明しても差し支えないだろう。
だいたいにおいて、摂生気味な人は、そうでない人に対して摂生こそが絶対に
正しいと押し付けがちで、私の両親などその典型的なパターンだったと思う。
私は今でこそ摂生がちだと言えるが、10〜20代の頃は体のことなど全く気に
せず、ただひたすら部屋に閉じこもって演奏したり絵を描くのが好きだったの
である。両親といえばもともと虚弱気味だったのをスポーツで改善した実績が
あるので、ここぞとばかりに、
「運動しろ!運動こそが人間に必要なものだ!」
と強要し続け、私が風邪をひいたり偏頭痛を起こしたりしようものなら、
「それ見たことか!運動しない人間が悪い。自業自得だ。」
という目つきで見られ、病気をすると大事にされるどころか片身が狭かった。
人間の容姿や体質、精神の有り様は遺伝に負うものが大きいので、摂生が必要
な体質と、それを強要してしまう精神をもだいぶ受け継いでしまったと思う。
現在、私は身近な人々に摂生を強要しがちだ。摂生できない人間を弱い人間と
ついつい見なしてしまう。しかし、摂生が必要のない人間は体質的に強い人間
で、決して弱い人間とは言えないのだ。むしろ摂生が必要な体質の人間のほう
が地球的レベルで言えば弱者である。反論があるかたは下記を見てほしい。
「摂生」と「節制」は違うらしいのだ。岩波国語辞典第三版によれば、

摂生【名・ス自】健康に注意し、病気にかからず丈夫になるようにすること。
        養生。
節制【名・ス自】欲望におぼれて度を超すことがないように、適度につつしむ
        こと。

ということで、憎むべきは「不節制」のほうらしい。これらをいっしょくたに
していては、どうも話しが合わないということになるではないか。
ちなみに辞書に「不摂生」はあれど「不節制」という言葉はなかったというこ
とでご了承の程を。

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