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愛アル妨害  (2002.2/3)


 母は私が音楽を好きであることが気に入らなかった。以前、小さい頃にピア
ノを買ってもらった話しを書いたことがあるが、若い頃サックスを吹いていた
父が娘の音楽好きを喜んでいただけであって、母はそうでもなかった。
 私の両親は22〜3才で結婚しすぐに私が生まれたので、経済的にも精神的に
も余裕がなかったと思う。買ってもらったピアノは木造2DKアパートのDKに
襖一枚隔てて置いてあり、ピアノを練習すると、台所で料理をする母に直撃し
たものだった。住宅事情を考えて、毛布をピアノの後ろに張り付けて消音に努
めてはいたが、母には騒音であったらしく、バイエルを練習している時間はま
だ我慢していたが、聴き覚えたポップスなどを即興で弾くと、
「そんなものは聴きたくないの。レコードのほうがマシ!」
と叱られたし、バイエルに嫌気がさして習うのをやめてしまった後は、
「ピアノは誰もいない時に弾きなさい!」
と決められてしまった。
それから数年後、やはり同じアパートで歌謡曲をガンガン歌っていた時、
「アタシ、そういう声は好きじゃないの。」
と言われ、母の前では歌わなくなった。
幸いにして若かった両親は外出がちで、私が一人で家にいる時間はたっぷりあ
り、ピアノも歌もやめなくて済んだのだが、歌や楽器を演奏して誉められると

いう喜びには縁遠かったに違いない。また今でも人前でピアノは弾かない。
 次の妨害は中高生の頃で、今度は美術の女の先生だった。
授業で自画像を描いた時、鉛筆で軽く描いた私の素描を見て、
「いい線を持っている。あなたはしっかり絵を勉強すべきだ。」
と声をかけてくれた。
「デッサンをしっかり習って、油絵をやりなさい。基礎がなきゃダメ!」
ということで、まず木炭デッサンと油彩で具象画を描くのを勧められた。
もともと、絵のほうは小さい頃からよく誉められていたので、先生の言葉で人
生が変わったような一大事ではなく、軽い気持で美術部に入り油絵の道具を買
い、そこからが問題だったのだが、一枚目に、具象ではなく抽象画を描いてし
まった。当然、わざとでなくとも先生の意に背いてしまったわけで、基礎もな
いのに抽象を描いたことでひどく責められた。その後も、学園祭の為に作品を
用意した時、私が地球儀のコラージュ(貼り絵のようなもの)を作ったのを先
生に見せたら、先生は無言のまま油性のペンで、
「美術部はこちらです」
とデカデカと上書きし、私の作品を看板代わりにしてしまった。
悔しかったし、それを気の毒そうに見守っていた友達の顔も忘れられない。
先生はデザインよりも油彩のほうが上等な芸術と思っていて、その話をここで
突き詰める気はないから省くが、
「こんなものは、作品じゃなくて看板でしかない。」
と乱暴に示唆したのだった。その後、一旦は油彩をやろうとして予備校で油絵
科に入ってみたものの嫌でしょうがなく、デザイン科に移ってしまった。
 妨げるという字は女偏である。女偏はネガティヴな言葉によく使われる。
「嫉妬」などは女偏が二文字、「姦」など三つだ。
女性は女性の足を引っ張る、とよく言うが、母と先生はどうなのであろう。
男性は女性に対してこれほどストレートな妨害をしないかもしれない。
ただし、理論で武装してはいるものの根底は同じ、ということは多々ある。
どれも身近な人からの「愛アル妨害」なのだ。また、身近な人から受けるから
こそ心に深く残ってしまう。
全ての出来事には必然性があり、その経験によって人は日々前進する。
良い思い出も悪い思い出もひっくるめてその人の糧となっているのである。
もう母や先生を恨んでいない。むしろ最上級の感謝をこめて書いた。
なぜなら、私は人に誉められなくても不安にはならないのだ。
これほどの収穫物は滅多に得られないではないか。

 

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