私が小学生の頃、日清からカップヌードルが発売された。
若い人に補足しておくと、これが世界初のカップ麺だったのだ。
昭和46年のことらしいので、私は7才だったということになる。
さて、このカップヌードル誕生の年の夏休み、私は近所のスポーツセンター
の水泳教室に通った。学校の体育の授業だけでは泳げるようになれなかった
ので、嫌々ながらも親に連れられていったのだ。
思い出すのは水泳帽のことで、他の子供達が各々の小学校指定のシンプルな
水泳帽をかぶっていたのに対し、母が私に買い与えた水泳帽はゴムの花びら
が一面に張り付けられて、真ん丸なシルエットになるデザインだった。
他の子供達がジロジロ見るので、私は帽子を脱いでしまい、母や先生が、
「かわいいじゃないの!みんなの帽子よりいいわよ!」
と慰めるのだが、子供というものは他の子と一緒でいたいもの、恥ずかしく
て泣いて泣いて、とうとう普通の水泳帽を買ってもらった記憶がある。
エリザベス・テイラーがかぶるような水泳帽である。今なら好んでかぶるで
あろうが、子供同士ではとんでもないデザインでしかなかった。
とにかく、普通の水泳帽を買ってもらい水泳教室は始まった。
初日だけ母が一緒に来て、翌日からは一人、路線バスで通うことになった。
夏休みの昼間のそのバスはいつも空いていて、座れないことはなかった。
ある晴れた日のこと、いつものように水泳の帰りにバスに乗ると、運転手の
真後ろの席に、私と同じような年頃でやはり水泳帰りの女の子が、湯気のた
つカップヌードルをすすっているのを見つけて衝撃を受けた。
多分スポーツセンターの玄関にあった自動販売機で買い、3分待ってから食
べ始めたらバスが来たので、そのまま乗ったのであろう。冷房で閉め切った
車内に匂いが充満し、大人はあきれながらその子を見ていたと思う。
私は水泳の後で空腹だったし、人目を全く気にしないその子に感動し、
『明日は私も同じことをやってみよう。』 と決心したような気がする。
しかしバスの中でカップヌードルを食べた記憶は結局ない。
自動販売機でカップヌードルを買う勇気がなかったか、
買って食べ始めたがバスが来る前に食べ終わったのか、
食べ始めてバスが来たが乗らずに食べ続けたのか、全く覚えていない。
「真似したな」と思われるのが嫌で、その女の子が見てないかどうかビクビ
クしていたことぐらいしか思い出せないのだ。
とにかく女の子の勇気とおいしそうな匂いがうらやましかったのだが、
今思うと、そんなことは勇気でもなんでもなく傍若無人なだけである。
ほんの15分もすれば終点に着いてしまう路線バスの車内で熱々のカップヌー
ドルを食べるなんて、乗る前に運転手に止められてもおかしくない。
しかし、カップヌードル誕生のあの年、あの行為は子供には憧れだった。
あの女の子はそんなこと何も覚えてないに違いない。