私は1964年(昭和39年)に生まれた。
東京オリンピックの年であり、東名高速道路や東海道新幹線と同い年である。
高度成長期に胎児や乳幼児として過ごし、農薬や食品添加物、環境を汚染する
化学物質への規制がまだまだ少なかった時代の中、無防備だった世代だ。
合成着色料なんてなんのその、スナック菓子、インスタント食品と共に成長を
遂げてきたようなもので、小学生の頃はおやつ代わりにインスタントラーメン
を食べ続け、炭酸飲料をガブ飲みした。
後々禁止されることになる有害物質でできた食器も平気で使っていた。
野菜や果物本来の味がどんどん落ちていくのと反比例して、
電化製品が発達し、便利な都市生活が完備されていく。
家の前のぬかるんだ道が、いつのまにか舗装され、
近所の川が地下にもぐり、道路脇のどぶに落ちたりすることもなくなった。
スポーツも勉強も目一杯詰め込み、欧米式個人主義を理想としつつ、
古い世代の価値観も教えこまれ、迷いながらも青春時代はバブル期突入だ。
高い教育を受けるべく、どこの親も、
「大学くらい出ておきなさい。」
との決まり文句。
大学を出て就職する頃には男女雇用均等法が施行され数年経た頃で、
20歳前後で結婚しようとする男女など、親から、
「就職して2〜3年たってからでいいじゃない。まだ早過ぎるでしょ。」
「その収入で結婚なんかして、子供でも出来たらどうやって食べていくの?」
とたしなめられるのが当たり前だった。
時代はバブル、上昇志向一辺倒で、男性も女性も目指すは高収入。
そこそこ若くして結婚した共働き夫婦も、
「子供はもう少し生活が安定してからに。」
と出産をコントロールした。
若くして出産した人を悪く言うわけでない。
ただ、私が二十歳くらいの頃、女性が社会に一度も出ずに出産するのは
一般的でなかった。特に都市部では。
結果、仕事がおもしろかったり、職務上の責任がかかってきたり、
「もう少し生活のレベルを上げたい」
とも考え、いい年齢になっていく。
成長期に環境汚染に無防備にさらされ続けた体がコントロール不能になり、
『28歳くらいで結婚、生活が安定してきた30代半ばに出産。』
という計画を立ててきた女性達も、それが簡単には実現しないことに気付く。
社会に出て働いていれば、自分の給料でおしゃれもするし旅行もできる。
結果、子育てに追われる専業主婦よりも、自由を謳歌しているように見える
のは当然で、恨みのこもった目で、
「好きなことやってていい気なもんだ。子供も作らないで。」
と言われるようになる。そういう発言をした政治家がいたのも記憶に新しい。
しかし、私達が中年という世代にかかってきて、こういうスタイルが時代遅れ
になっているのに自ら気付くのだ。負け犬と言われるようにもなる。
今の若い女性ならば、
『若いうちに出産し、若いうちに子育てを終え、社会に復帰する』
という方が、
『高等教育を生かすべくまず社会に出て、生活が安定してから出産』
という生き方よりも、ピンと来るであろう。
人間には生物として一番大切な『子孫を残す』という本能がある。
どういった理由であれ、それを発揮できないとしたら、
それはそれなりに、全体としての種の保存の為必要ということもできる。
男女共に『子孫を残さない人』『子孫を残せない人』が増えているのは、
先進国全体の傾向だ。経済の事情ばかりで考えていないで、地球全体の規模で
測れば、単に『産まない女性の勝手』が招いたこととは言えないのである。
飢餓地帯の女性が多産なのは、子供の死亡率が高いことに対しての、
動物としての本能である。ついつい茶化して、
「娯楽が少ないから、子作りが盛ん。」
と言われることもあるが、それだけではない。本能なのだ。
だとしたら、『子孫を残さない人』『残せない人』に対して、
道徳観を振りかざし、教え諭そうとするのはいい加減にやめてはどうだろう。
子供は素晴らしいものだ。子供を産み、育てあげるのは、
生物として何物にも代え難い尊い行為である。
私のように子孫を残(さ、せ)ない人間が皆、子孫を残すべく頑張っている人
を否定した結果、子孫を残さないわけではないのである。
私は自分を産み育ててくれた父母に感謝している。
その父母を産み育てた祖母や祖父にも感謝し、親戚や友人の子供と接したりで
きることに対し、彼らが親である、という事実に感謝している。
不妊症で苦しむ人、苦しんではいないが不妊症の人、産まないと決めている
人、子供は欲しいが相手がいない人......理由は様々だ。
出生率が減る一方という問題に対し、出産適齢期の女性にだけ責任を押し付け
るような浅はかな考え方は、そろそろ改めてはいかがであろうか。
地球にとってもっともっと大きな問題がきっと潜んでいるのだから。