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  どんな音楽が好きだったんですか?その1(2005.1/16)


 音楽を職業としているとこう聞かれることが多い。
ありのままを答えてしまうと、ガッカリさせてしまうので、
だいたいはその日の思いつきで答えることにしているのだが、
簡単に言ってしまうと、
「その時代時代で一番売れた曲が好きだったので、特定のジャンルはない。」
というのが答えである。
 我が家では、父が音楽と車好きで、自動車での家族旅行がとても多かった。
子供にとって長時間のドライヴは退屈なものだが、道中カーステレオで流れて
いた父のカセットテープに知らぬ間に深い影響を受けた。
父は目星をつけたFM番組をオープンリールデッキにタイマー録音し、
気に入った曲をカセットに入れてドライヴ用に編集していたのだ。
何十年も経った今でもそれらの曲達は深く心に刻みこまれている。
 よく出かけた旅行先は苗場スキー場と祖母のいる名古屋だ。
特に苗場へ行く道中は長かった。
当時は関越自動車道がなく、正確な経路は不明だが、
前橋、高崎、桐生といった地名を走ったのを覚えている。
とにかく長くて長くて、寝るのにも飽きてしまい、
窓の外を眺めながらひたすら音楽を聴くしかなかった。
今でも思い出すのはギルバート・オ・サリヴァンの『アローン・アゲイン』。
この曲がヒットしたのは72年で、私が8歳近辺といった頃だろう。
「この曲は好きだな。」
「どうしてこの曲が好き?」と父。
「青い目の若い男の人が歌ってるようなかんじで、なんか淋しいかんじ..」
歌の説得力というのは確実なものである。子供の想像はおおかた合っている。
また、ダイアナ・ロスの『Ain't No Mountain High Enough』では、

「これを歌っている人は日本でいうと小柳ルミ子みたいな人?」
「全然違う。もっとレベルが上だよ。」
という会話をかわしたのをよく覚えている。
この曲がヒットしたのは70年で、小柳ルミ子の『私の城下町』は71年、
つじつまは合う。
幼い私が持っていたダイアナ・ロスのイメージとは、
「白人。長い金髪で大きなウェーヴ、金のスパンコールのピッタリしたドレス
で、ステージを歩きながら歌う女性」だった。
白人と黒人という大いなる違い。
ジャズやソウルといった黒人音楽が好きな父のかけるレコードでのいわゆる黒
人の歌とは違うもの。それが私のダイアナ・ロスだった。
 名古屋の祖母の家では従姉妹にポール・モーリアを聴かせたくて、
当時の祖母の家にはカセットデッキがなかったので、車のエンジンをかけて、
カーステレオを聴くことを教えてもらったこともある。
一度などギアが入れてあるままの状態でエンジンをかけ、ガクっとエンストし
た拍子に車の後ろにたててあった材木につっこみ、ちょっとした騒ぎになった
こともある。(MT車を扱ったことがある人ならおわかりだろう。)
『エーゲ海の真珠』だとか『恋は水色』といったいわゆるポール・モーリアの
黄金期である。
 その後、音楽を父と共用しないようになるのにそう時間はかからなかった。

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