私の両親は寝るのが早い。私が中学生の頃、彼らはまだ30代半ばだったに
も関わらず、だいたい夜10時半には完全に寝入っていた。
特別朝早い仕事でもないのに、夜の9時を過ぎると電話にも出ない。
私と弟は、両親の友人からの電話によく出て、
「二人とももう寝ました。」
と答え、相手を苦笑させたものである。
ただし、洋楽を扱うテレビ番組は深夜が多かったので、これは好都合だった。
父はテレビをダラダラと見ることがことのほか嫌いで、
子供達が両親の不在中テレビを見続けるのをやめさせるため、
鍵がないとテレビの電源が入らないような器具をつけていたことさえある。
熱心にチェックしていたのは毎晩11時頃の『日立サウンドブレイク』とい
う5分くらいの短い番組で、MCやナレーションも何もなく、音楽とは無関係
のしゃれた映像とともに、曲が1曲流れるだけだった。
4日間くらいは同じ映像と曲で放送するのと、余計なおしゃべりが入らないの
で、短い番組といえどもじっくり曲を聴くことができる。
家庭用ビデオが普及する前のことなので、こういう放送は有り難かった。
この番組で初めてレッド・ツェッペリンを買うことになる。
『Immigrant Song(移民の歌)』という風変わりな曲だ。
どこか外国で、スキーヤーがひたすら山を滑り降りる映像だったと思う。
ネットで調べてみるとサウンドブレイクは78年から開始された番組らしく、
『移民の歌』は70年発売なので、ヒット中だったというわけではない。
それに、サウンドブレイク以前の76年に映画として公開された『狂熱のライ
ヴ』は、名古屋の映画館で従姉妹と見た記憶があるが、気に入ってレコードを
買ったりはしていない。
私達が他の観客と較べて幼なすぎて心細かった印象くらいしかなく、
推測するに、夏休みに集まった孫達が騒ぐので、祖母が映画館に連れていきチ
ケット代を払い、映画の間、買い物でもしていたのではないだろうか。
とにかく、サウンドブレイクの『移民の歌』を皮切りに、リアルタイムのヒッ
ト曲ではなく、70年代前半のロックに夢中になった。
そろそろ80年代に突入しようとする頃も、レッド・ツェッペリンやディー
プ・パープルは依然として人気が高く、FMラジオでは、しょっちゅう特集が
組まれ、アルバム丸々ノンストップで放送することもあったくらいだ。
イエスの『危機』(72年)もそうした番組でカセットに録音し聴きこみ、
後にどうしてもレコードが欲しくなって買ったものだった。
FENでも、このテの今で言うところのクラシック・ロックはよくかかり、
ピンク・フロイドの『狂気』(73年)をラジオで聴いた翌日、
レコード店に行くと、在庫はなかったが、長髪の店員さんが、
「は〜い!狂気ね〜。」
と注文票に8ケタのレコード番号を記入するのに、カタログを調べたりせず、
番号を暗記していることをわざとらしく見せつけたのを思い出す。
父は当時居間にとても良いオーディオセットを持っていた。
ジャズ用とポピュラー用にレコード針を使いわけていて、
アンプもスピーカーもずいぶんいい物だったと思う。
それに加えて幸運なことに両親は留守がちで、バスケット部をやめた私には時
間もたくさんあり、大音量でみっちりとレコードに没頭することができた。
また、歌謡曲狂いの頃からの同じ習慣として、
持っているレコードのおおかたの曲を大声で歌った。
長年やってる行為とはいえ、弟が家にいるとやはり恥ずかしいもの。
よく小銭を渡して、友達の家などに遊びに行かせた。
大音量で熱中しレコードを聴いていて、両親が帰宅したのにも気付かず、
居間のドアを開けたところでニヤニヤ眺められていたこともある。
総合すると、かなりのクラシック・ロック狂だったと思われるかもしれない
が、実はそれほどではなかったのかもしれない。
私はいわゆるロック少女にはなれず、長髪とベルボトムのロックを聴く傍ら、
セックスピストルズやポリス、その後のニューウェイヴのレコードも買ってい
るし、記録的に大ヒットしていたイーグルスやフリートウッド・マックだって
何枚も持っている。ウエストコースト系の一発屋もほぼ網羅している。
私の中では、ブロンディーもJBもミンガスもカルロス・ジョビンもノイバウ
テンもジャンル分けはないのだ。
そんなわけで人とコミュニケイションをとる上で有効なはずの、
「好きな音楽家は?」「好きなジャンルは?」
という会話になかなかうまく参加できないのかもしれない。
ある作品を好きだということと、その作者を好きだというのは、
私にとってはまったく違う事柄だ。
必然的にその作品を生み出すことになった時代背景と作者のその時の状況
が好きなだけであって、作者本人を好きなわけでない。
ある録音物に心酔しても、その作者には全く心酔しないのだ。
反抗心で書いてるのではない。
私だって「ザッパ好き」とか「クラプトン好き」と言ってみたいものである。