少し前からの昭和歌謡ブームのおかげで、懐かしい音源の再発が嬉しい。
何せ私は昭和40年代にドップリ歌謡曲に染まった世代。
言わずと知れた大ヒット曲はともかく、
シングルB面用の曲やアルバム曲を聴くのが特に楽しい。
曲も詞も『大先生が2時間くらいで書いたな』と思わせるようなものが、
当時の風潮をより強く感じさせる。
大ヒット曲というのは、最初からある種の普遍性を持つものなので、
これから書く話にはあまり当てはまらず、
やはり使い捨て感覚のアルバム曲に時代性が顕著なのである。
一番違和感を覚えるのが、女性の人生観だ。
「待つ」「耐える」「言えない」「いやよいやよも好きのうち」
といった世界が延々と繰り広げられる。
厳密に言えば、当時はベテランの作詞家達が若い歌手に歌わせたのだから、
歌手の実年齢の人生観でなく、少し上の世代の人生観ということになる。
現在60〜70代くらいだろうか?
親や親戚にこの世代が多いので、よく思うのだが、
60〜70代の女性にとって魅力的に見せる方法は、
『できない、わからない』を体現することだ。
この世代にとって『どうせ私は愚かだから』がコケティッシュなのである。
もっと上の80代以上は全く違う世代で、一部の富裕だった人達をのぞけば、
日本中が貧乏な時代、耐え忍び働き、媚びる暇のなかった女性達だ。
私は40代に足を踏み入れたばかりなので、30代感覚で書かせていただけば、
私達は「出来ない」と言わない女性達だ。
現代の経済構造からしても、
「難しいことはわかりません」
なんて言ってはいられない。
そんなことを口にしたら「女性は最低賃金の時代」に逆戻りさせられる。
私達は責任をもって
「やります。できます。」
を具現しなければならない。
私は機械にあまり強くない。おおかたの女性がそうである。
「親の世代の女性のやり方を無意識に踏襲しているせいか?」
とも長年自問自答してきたが、私の考えでは『性の違い』としておきたい。
生物は進化と退化を繰り返すものなので、女性の未来は未知だ。
だからといって、進化を待っているわけにはいかず、
「機械に強くないから、そうでない仕事をさせて」
とは言えないのが私達だ。
夫や家事の愚痴で盛り上がらないのも私達だ。
「そんなに嫌ならさっさと別れてしまえば?」が私達だからだ。
家事が大変なら、お金で解決すればよい。
そのお金が足りなければ自分で働くのが私達だからだ。
私達には「いやよいやよも好きのうち」はほぼ皆無。
遠慮は既に美徳でないどころか、職場では悪徳である。
こんな風に世の中が変化していくことについて、賛否両論はあれど、
流れは必然である。
「いつかはもっと良くなる」
「人類の未来の為に、どれが正解だかわからないが、軌道修正をしていこう」
と思いながら、日々を生きていくしか私にできることはない。
書きそびれましたが、こんな御時世ですから、
「男だから」「男らしく」
の世界も今聴くと相当違和感ありますね。
お互い大変です。