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  頑固爺(2005.12/8)


 私は空いた時間帯の路線バスが好きだ。
東京23区内は電車網が発達しているため、短時間で移動するには電車が一番
確実で、路線バスに乗るというのはかえって贅沢な手段だ。
今日、いつも空いている私の好きなバスに、姦しいおばさまが乗ってきた。
姦しい(かしましい)は女を三つ使う漢字だが、今日の女は四人だ。
年の頃、48〜55歳といったところだろうか。
その路線は時間がかかる為、急ぐ人は遠回りしても電車に乗る路線で、
疲れていて座りたい人や、ボーっと窓の外を一人眺める私のような客が多い。
そんな静かな車内に、元気なおばさまがたの、
通路を挟んでの止まないおしゃべりが響き渡る。
バスが終点に近くなると、
「あら!乗ってみると意外にスグだったわね!」
「ほんとほんと!今日は道が空いてたのよ」
と騒ぐ。私は心の中で、
『そんだけしゃべりまくってれば、時間が経つのも忘れるでしょうよ。』
とつぶやく。
そんな中、終点のひとつ手前のバス停で降りる人の中に、
おばさまがたに向って、
「うるさい」
と言い残して降りた老男性がいた。
それからの終点までの短い時間、おばさまがたは、
「あのおじさん、ウルサイって言ったわよ!」
「え〜?ホントにそう言ってた?」
「言ってた言ってた」
「何よ!普通の声でしゃべってただけじゃない!」
と蜂の巣をつついたような騒ぎになる。
四人いるおばさまがたの中で、二人は少し恥じ入っていたようだが、
より声の大きい二人がそれを打ち消す。
私は心の中で期待する。おばさまがたが私に向って、
「ねぇアナタ。私達うるさくなかったわよね?」
と聞いてくるのを。
「いえ、ホントにうるさかったです。」
と答えたくてたまらない。
一昔前に「オバタリアン」という言葉が流行った時ほどには、
おばさんパワーが世間を横行しているようにも見えない最近だが、
集団となったおばさん達は相変わらず敵無しの傾向が強い。
そんなおばさん達を叱ってくれるには、やはり老男性が適役だ。
こんな時、たよりになるのは物わかりのいい好々爺でなく、
一触即発で怒鳴るタイプの頑固爺が一番だ。
 つい先日亡くなった私の親戚の老男性は、
こういった、たよりがいのある頑固爺だった。
順番を抜かす人や、公共の場で騒ぐ人を叱る人だった。
中には気分次第の怒鳴り声もあり、周りの者がハラハラしたり、
納得が行かない思いをすることもあるのだが、
貴重な人だった。
言葉飾らず、偽善のない人で、前述のおばさまがたに出会ったなら、
去り際に捨て台詞で『うるさい』と残す程度でなく、文字通り、
「うるさい!」
と怒鳴ったことだろう。
車内は緊迫する。
「何も怒鳴らなくたって..」
と思う人もいるだろう。
事なかれ主義の人なら、かえって老人を批判したくなる場面だ。
しかし、その老人が生前に記した文章を読んで、
彼がつい怒鳴ってしまい、後で深く後悔することを知った。
怒鳴られた人は、ショックを受けたり、逆に怒ったり、
また、反省する場合もある。
その老人の怒鳴り声には計算がない。
勝算を持ってして『怒鳴る』のではない。
計算がないからこそ、単に虫の居所が悪い時でも怒鳴る。
結果、親しい人の中に反感を呼んでしまうこともある。
どっちにしろ、彼にとっては、あるがままの感情だ。
そんな時、怒鳴られる側と同様、
怒鳴る側も心に傷を負うことを忘れないようにしたい。
世直しなんて大仰なものではない。
単にカッと来て怒鳴るだけだ。
貴重な頑固爺だった。
ああいう心底オープンマインドな人がいなくては、
世の中ギスギスしていくのではないだろうか?

あ、でも、
もっとみんな怒鳴ったほうがいい、と言ってるわけではありません。
決して....

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