小学生の頃、文集か何かに、自分の夢が『ロックスターになる』ことと書
いていたのを思い出す。
衛星放送で、70年代のいわゆるロックスターを取り上げた番組など見ると、
しみじみそんなことを思い出すのだ。
どのロックスターも『Sexs Drugs and Rockn'roll』で、
ツアー中の派手などんちゃん騒ぎが雑誌ネタだった。
当時のスター達のそういう様子を改めて眺めてみると、ついつい、
「なんと言ったってみんな体が丈夫だよねぇ。信じられない体力だよ。」
と言っている自分がいる。
70年代というのは、破天荒で自虐的な人生に憧れを持った時期で、
80年代になると、音楽シーンはもっとビジネスライクなものに変わる。
自然に『ロックスター』などという古典的な響きに憧れなくなるもので、
結局、40代になった今、
「そういえば小学生の頃の夢を達成していないな」
と、 何となく思い出す程度になってしまった。
10代になったあたりから一貫して音楽を志す私に対し、
「音楽を仕事にするには向かない」
と父は反対したものだった。
今になってみると、その反対はよくわかる。
私は子供の頃から、体が丈夫なほうでなかった。
これといった持病があるわけでないが、ただ、体力がなくて、
何かと寝込んだりしやすく、神経質で絶えず考え込み、いわゆる『ロックス
ター』に向いたタイプではないのが、親からすれば一目瞭然だっただろう。
そういうことをハッキリ自覚したのは30代に入ってからぐらいだろうか?
思い出してみれば、20代の私も決して年相応に丈夫だったわけでなく、
ライヴやリハなどにかかる体力的な苦痛が楽しみを上回ってしまっていた。
音楽や芸能の仕事につきものの、
『真夜中だろうが、朝までだろうが、どこまでも』
という作業に心の底からはついていけなかった。
スタジオというものは、多くの機材の放熱の為、エアコンは過剰なほど利い
ているものだ。夏なら手足が冷え、その中で10時間以上過ごすと、
厚着するくらいでは、対処しきれない。
また、体が小さいわりに、ベースという楽器が好きな為、
楽器をかついで目的地に到着するだけでも消耗し、
何の苦労もなかった義務教育時代でさえ、様々な細かい肉体的症状に悩まさ
れていた私にとって、物を作り上げる喜びを忘れさせてしまうような苦行に
なってしまうのだ。
そういったわけで、人生の中の消去法として、長い間かかったが、
とりあえず『ロックスター』は消去しようかな、と思う。
自分に限らず、30〜40代、夢見がちな人も現実を考えねばならない。
先日、まったく知らない人に、
「音楽をやっていたのですが、食えないので辞めました。」
とメールをいただいた。
バンド仲間だった友人達も、安定収入を求めて音楽をやめたり、
実家に帰って家業継いだり、と、どんどん離れていくのが30〜40代だ。
私の場合、ロックスターは消去してしまったが、
食える食えないに関わらず、
今のところ、音楽しか自己表現の方法を持たない。
かれこれ30年、
「『昨日書いた曲』をどう仕上げるか?
この曲をどんな風にしたら、○○が喜ぶだろうか?」
という同じ悩みにドップリ捕われている。
○○は、仲間、お客さん、仕事相手、 自分だ。