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  傲慢、高揚(2006.7/23)


 小さい頃、大人という言葉はだいたい28歳以上をイメージしていた
親戚や知り合いを見て、そんな風に思っていたと思う。
何となく漠然とした想像で、
『40歳くらいでは、一軒家を建てていて、子供は2〜3人いる』
というのが私の思っていた40歳だ。
さて、実際40歳になってみると、私の想像と全く違っている。
『40歳では、私は賃貸マンションに住み、子供はいない。』
になっている。
それでガッカリしているわけではない。
自分がまだ「大人」という実感がないからだ。
40代になり、10〜20代と何が変わったかと言えば、
『何かが突然自分の人生をガラっと変えてくれる。』
と思わなくなったことだろうか?
人によっては、ある出会いやある事件が良くも悪くも、
突然自分を変えるきっかけになる。
私の10〜20代は、日々コツコツやりながらも、
心の中では、いつも、そういう突然の出来事を待っていた。
それがいつ来るのか、いつも待ち遠しくて、イライラしていた。
40代になってみると、気が長くなったのか?
あまりイライラしなくなった。
『何かが私を変えてくれる』
のではなく、
『何かが私を変えてくれはしない。
自分の出来ることを今まで通り、続けていくだけ』
と気持ちが変わった気がする。
もちろん毎日そう安定した気分で過ごしているわけでなく、
総じてである。
 最近、いつも心に浮かんでは消える言葉は、
「私という人間は傲慢と落ち込みを行ったり来たりしているだけで、
中間が存在しない」。
何かを作っている時、傲慢は頂点に達する。
作り終わると、出来上がりに対して落ち込む。
少し休む。
再度、傲慢になりたいパワーが漲ってきて、
傲慢になり、また落ち込む。
こんな人生である。
これからもきっとそうだ。

今、60歳くらいの自分を漠然と想像するとしたら、
『傲慢』がせめて『高揚』に変化していて欲しいと思う。
ないだろうか?
あるといい。

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