前から思っていたことなのだが、
プレゼントし終えた物を追跡するのをやめて欲しいのだ。
特に、形に残る物をプレゼントするのが好きな人は、
心して読んでいただきたい。
「前にあげたアレどうした?」
って質問するのを我慢していただきたい。
なぜなら、置物や飾り物、アクセサリーなど、
自分の好みに合わなければ、使わないから。
何かの機会に、置物をプレゼントされたとする。
「飾るとこないなぁ、でも、いきなり処分も失礼だから、
とりあえず、しまっておこう。」
と押し入れに収納。
3年ほどして、大掃除の時に久しぶりに対面。
「あん時のアレか。悪いけど一生使わないから、
リサイクルショップでも置きに行くかな。」
と言いつつ、リサイクルショップに持っていったって、
小銭にしかならないのを思うと、億劫でなかなか行かない。
そうしているうちにもう一年経過し、
「え〜い!長く悩んでもしょうがない。
何でも蓄えるほど家は広くないし、
悪いけど捨てさせて〜!」
とゴミ袋に押し込むことになる。
そういった長期間の葛藤の末、処分したものに対して、
「そういえば、あん時お祝いに送ったアレどうした?」
なんて気軽に口にしないで欲しいのだ。
ずいぶん苦しんだ結果なのだから。
親しい間柄だと、洋服や帽子、靴などが飛び交う。
「これ、殆ど着てないんだけど、
何となく似合わないから あげるわ。
わりといい値段だったから捨てるのも勿体ないし。」
と言われて受け取ったてはみたもの、
1〜2度着てみるも、自分にもどうも似合わない。
これもまた、3年くらい保存の末、5年後に処分する。
「前にあげたあの服どうした?
今年ああいう形がまた流行ってるよね?」
なんて、忘れていたのに突然言い出す。
しかも、こういうのはだいたい不意打ちだ。
「どれ?アレ?どっかにしまってあるなぁ。」
と言いながら頭皮に嫌な汗をかくことになる。
そもそも人に何かを贈るってことは、
どんなに素晴らしい物であろうが、
贈る側の自己満足が目的なのだ。
相手が喜ぶのを見た瞬間だけで満足すべきである。
その後、贈り物がどう使われたかまで追跡するのでは、
あまりに自己中心的過ぎる。
特に、
「バーゲンで買ったけど、微妙にサイズが合わない。
返品できないから、誰かもらって!」
という事情でくれた洋服などが厄介だ。
買った本人がリサイクルショップや古着屋に持っていくと、
購入価格に対する満足度が足りないので、
親しい人にあげる、という手段が浮上する。
「結構高いものだったのよ。」
という売り文句が付け加えられることが多い。
なぜなら、安いものだったなら、
本人が部屋着にでもして、着つぶして、
自ら堂々捨てることができるからだ。
まあ、 こんなことを書いたからといって、
私に物をくれた人が全員イヤな気持ちになる必要はありません。
気に入って愛用している物もたくさんあるから。
贈り物を考えるのが大好きな人を責めたりもしません。
単に、誰かに物をプレゼントしたら、
その品物についての記憶をなくしておくのがいい。
「私の贈ったアレ、まだ使ってくれてないなぁ」
と気をもむよりも、忘れていれば、
偶然その品を相手が愛用しているのを見つけた時の喜びも大きい。
ずいぶん一方的に書かせてもらいましたが、
勿論、もらう側の責任もゼロではありません。
かくいう私も、最近でこそ、お古の服など、
本当に使用したいものだけを、
有り難く頂戴することにしていますが、
若い頃は、要らないものに対してはっきり断ることができず、
ずいぶんこっそり捨てさせていただきました。
ただし、使いもしないような粗品を長年貯め込んでいるお年寄りからは、
これからも、
「ありがとう」
と受け取ってきて、さっさと捨ててあげます。
変色するくらい古くなった銀行のメモ帳。
やはり銀行やビールのマークの入ったカップや皿等。
『誰か溜まってしまったこれを処分してください。』
という心を読み取っての暗黙の了解です。
私ってそう悪い人じゃないでしょ?