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  やはり神さまは国境を超えて(2008.10/1)


 前回、「神さまはウチの死んだ祖父母」という『悟り』を開いたが、
どうもその考えで生きていると、視野が狭まり、
身の回りのことしか感じられなくなってきた気がする。
 宗教は、自分を守ってもらうためにあるわけではないのだ。
神さまが一族ごとにいて、その一族だけを護ろうとしたら、
神さま同士が争わねばならないことになり、
人間社会同様になってしまう。
全ての生き物の魂は平等で、
人間が公平を重んずる人格に変わっていくことが宗教の目的だ。
死ぬ時までに、できるだけ無欲な心になっていることが人間の使命で、
キリスト教的にいうと、動物が格下という考えはなく、
「人間より無邪気な雀のほうが天国に入りやすい」
ということになる。
やはり私はその考え方が好きだ。
人として生まれたからには、
広く世のために役立つ人となるのが目標で、
自分の身内を奉り、
「自分の一族の繁栄すなわち地球の繁栄」
とだけ思って生きて行くには自分は向いていない。
 そもそも私達日本人は、色々な宗教の間で生きている。
神棚と仏壇が両立していて、さらに結婚式は教会でおこなったりもする。
一つの信仰で自分を高めていく習慣のない国民だ。
しかし、いいとこ取り宗教も捨てたものではない。
名の知れた仏教以外は、すべて狂信の一種のように考える人もいるし、
一度でも、誰かからの強引な宗教勧誘にあったことがあれば、
何か一つの信仰を持つ事に嫌悪感まで持つであろう。
そういった宗教アレルギーから冷静に抜け出し、
自分を高めるためにじっくりと考えてみるべきである。
自分の家族だけ幸せになればいい、というのは、やはりつまらないことだ。
自分の神だけが絶対だ、と考えるのも同様である。
私は大変な綺麗ごとを書いているわけだが、
俗世に生きつつ、自分の悟りが欲しい。
自分の生き方に確信を持つために毎日もがいている。
国境を超え、人種を超え、
性別もない神さまの存在を再び導入してみることにする。

神さまは髭のはえた白人男性でもなければ、
着物を着たアジア人男性でもない。
ベールをかぶった婦人でもなければ、
アメーバやブラックホールのようなものでもない。
また大げさに書いてますが、
みんなそういうこと考えて暮らしてないですか?

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