今朝、ベルリンの壁崩壊までの東ベルリンのドキュメンタリーを見た。
独裁制や秘密警察への抗議行動を行った人達の、
当時をふりかえっている時の表情が美しい。
今現在の生活が決して満足行くものでない人でも、
「何かを成し遂げた」
「何かを勝ち得た」
という記憶だけで、
ふと安楽感を味わうことができるのだろう。
それに較べると、あまりにささやかな話で恐縮だが、
自分の達成感について考えてみた。
東京オリンピックの年生まれの私が、
既にもっと年配の人からは、
「何でもある時代に生まれて幸せだよ」
と言われるのはわかっているが、
自分が子供の頃から較べて、
日本人の生活がどれほど変わったか?
平成生まれの人からしたら、『激動』である。
私が幼稚園児な頃、隣の若夫婦が、
「ホームパーティー中なんですけど、コーラがなくなっちゃったんで、
貸してくれませんか?」
と、夜、訪ねてきたことがある。
幼児が起きている時間だから、9時頃だったのだろう。
我が家はコーラをケースで買って飲む家庭でなかったので、
お役にも立てず、帰っていただいた。
朧げな記憶ながら、
母が翌日の井戸端会議で、
「夜遅くコーラなんか借りに来るなんて常識なくない?」
みたいな話をしてたと思う。
昭和40年代前半とはそんなものだ。
商店は夜7時くらいには閉店するので、
「あ!しまった!醤油がない!」
という時など、近所に醤油差しを持っていき、
「ちょっと醤油貸して〜」
ということは常識内だった。
今では、スーパーだってだいたいどこでも夜10時まで空いているし、
コンビニなら24時間だ。
自動販売機だってある。
コーラなんて何本でも何時でも手に入る。
また、電話は、もちろん、黒電話だ。
留守番電話が一般家庭に登場するまでには、
私が20代になる80年代まで時を要する。
子供の頃、友達の家に電話するのは緊張することだった。
たまに、こわいご両親や兄弟が出る家があるからだ。
友達の家が商売をやっていて、
電話口で店名を早口で言われ、あわてて、
「間違えました!」
と切ってしまったことだってある。
夜、電話する時など、たどたどしい口調ながら、
「夜分遅くすいませんが、○○さん、いらっしゃいますか?」
と一大決心して電話をしたものだ。
子機がごく普通に普及するのも、
90年代まで待たねばならないので、
どこの家庭でも、玄関脇や、台所、
居間などに置かれた電話で、
家族が横でくつろいでいる時なんかでも、
しゃべらねばならないのだ。
当然、長電話したいなら、親が寝たあとだ。
黒電話の呼び出し音はよく響く。
なるべく早く電話をとらないと親が起きてしまうので、
夜中に電話が鳴ると、
二階から凄まじい勢いで駆け下りて電話をとったものだ。
若いので体は柔軟で敏捷。
何段抜かしかで階段を飛び降りていていた足の裏の感覚が蘇ってくる。
私が学生でなくなり何年か経過し、
色々なバンドに誘われたり、仕事をもらうようになると、
家族と同じ電話では、何となく、恥ずかしくなる。
一大決心をして電話の回線を購入。
それでも、まだ子機の時代は来ないし、
ワイヤレス受話器の時代も来ていなくて、
台所の家族の黒電話の隣に私専用の電話を設置する。
なので、夜中に電話がかかると、
二階から駆け下りるのは変わらなかったが、
80年代半ばからは、何と言っても「留守電」が普及し、
電話にまつわる思い出は多過ぎて、書ききれないほどだ。
90年代に入ると、家庭用の小さなファックス機が普及し、
翌日の仕事場所の地図などを送ってもらうのが、
何となく誇らしかった記憶がある。
これらの機器など、両親が、
「お金がかかるし、必要ないんじゃないか?」
と言っても、頑として実行するのが、
大人になった気がして嬉しかったものだ。
バンドで色々活動していた頃、
自分のアンプや機材を車で運ぶのに憧れ、
とうとう、軽自動車を入手した時も、
同様だったと思う。
「誰かに乗せてもらえばいいじゃない?」
「その都度、借りればいいじゃない?」
と言われても、何としても自分の車が欲しかった。
維持するに十分な収入があったとは思えないが、
食費など削ったのだろう。
(私は今より5キロ以上痩せていた。)
諸経費込みで50万の中古の軽自動車を購入し、
蒲田から世田谷まで一人で運転して帰った時の喜びは忘れられない。
そこから携帯電話まで、何年あったろう。
当時、私は使っていなかったが、
世間ではポケベルが普及していた。
私はそれなりに留守電を最大限に駆使していたので、
携帯電話の必要は感じなかったものだ。
また社会も携帯電話がないことが当たり前なので、
それに合わせて時間感覚が出来上がっていた。
携帯が出始めの頃、
大きくて、不格好で、音も悪いのに、
業界人などが得意がって使っていたのを思い出す。
自動車電話もしかりだ。
自動車電話を自慢したいのか?
急ぎでもない用事を、
わざわざ音声の悪い自動車電話でかけてくる人もいたものだ。
そんな時代を経て、
今現在、携帯でネットまでできる時代。
私の電話や車にまつわる達成感は、
一生消えない喜びとして残っている。
私にとってはベルリンの壁崩壊に等しい。
自立した人間になりたい、という欲望と、
それを達成した喜び。
次なる達成感は、
住宅ローンを完済したうえで、
頭金を親に借りたぶんまで完済する時だろうか?
不景気の折、まだまだ終わりの見えないこととなっているが、
「フフフ。自分、よくやった!」
と早く達成感を味わいたいものである。
こういうささやかな幸福感を考える時、
何もかも最初から持っている平成の子供達は、
達成感のハードルが高過ぎるなぁ、と気の毒になる。
携帯の加入は簡単だ。
固定電話だって7万円なんてしない。
電話の権利を買うだけで、
『自分って大人になったワ』
ということは考えられないだろう。
子供に不自由させまい、と、
親は頑張って色々与えてくれているのだろうが、
何もないところから始められる子が、
本当は一番ラッキーなのだと思う。
私はたまに、戦後の焼け跡から、一代で何かを築き上げた人を、
「いいなぁ。ずるいなぁ。そんな達成感、もう手に入らないよ。」
と、彼らのとてつもない苦労に申し訳ないながら、
思ってしまうことがあるから。