野尻湖水草復元研究会のあゆみ


日本植物学会学会賞特別賞を受賞 ---- 長野県知事表彰を授与 ---- 水草復元区にソウギョ侵入


野尻湖は、水草が豊富な湖沼でした。1900年代初頭には20数種類の水草が記録されておりそれらの分布や群落構造まで詳しく調べられています。しかし1978年には増えすぎた水草が船の航行や漁業の邪魔になったため、5,000匹のソウギョが放流され、3年間で水草は食べ尽くされてしまいました。野尻湖水草復元研究会では、1996年からホシツリモ*5 をシンボルに野尻湖に水草を復活させようとしています。


近鉄前水草復元区跡地のヒメホタルイ(2015・2016)
 下の「近鉄前水草復元実験施設の調査終了」欄に紹介致しましたように、近鉄前水草復元区では足かけ15年にわたる調査が終了、14年4月に施設周囲のソウギョ防御ネットなどを撤去しました。以後、水位が低下して湖底が水面上に露出する秋季に、跡地の観察を行っています。
跡地ではヒメガマやヨシなど、大型の抽水植物はソウギョの食害を受けて殆ど見られなくなりましたが、2015年9月には広い範囲でヒメホタルイが観察されました(図1)。その分布域は、ソウギョ防御ネットが設置されていた2013年よりも増加しています。この多量のヒメホタルイは、跡地にソウギョが侵入できない水位低下期(8月中旬頃以降)に発芽・生長したものか、あるいはソウギョが自由に侵入できる満水時期(7月下旬頃以前)にも生育していたのかを、確かめることにしました。そこで高い水位が継続していた2016年7月下旬に潜水調査を行ったところ、写真1のように、多量のヒメホタルイが観察されました。
 ヒメホタルイは水位変動が大きい野尻湖に上手く適応した、高さ10cmほどの植物です。ソウギョの食圧が極めて高かった1990年代には、浅い沿岸で僅かに見られ、2000年代以降は分布箇所が少しずつ増えてきました。
今回は当時に比べるとソウギョの食圧が低下しているとはいえ、ソウギョが自由に摂食できる条件下で、ヒメホタルイが広く分布しているのが確認されました。このことからヒメホタルイがソウギョに食べられにくい性質を持っている可能性が示唆されます。
研究会では今後も跡地の観察を継続します。



写真1 近鉄前水草復元区跡地のヒメホタルイ群落 (2016.7)



図1:近鉄前水草復元区跡地のヒメホタルイの分布域(青色部分)調査時の汀線は沖方向
およそ20〜22m位置汀線付近のヒメホタルイは波により帯状に剥がれている(2015.9)


水深7m実験区(砂間沖)での調査について
 本ページの『2012年10月20日潜水調査』で紹介しましたように、水深7mの実験区(砂間沖)において植栽されたホシツリモは、ブルーギルなどによる食害が継続し、2012年にようやく小群落が形成・維持されました。ところがそれ以後も再び小動物による食害が続きました。これらの経過を調べた結果、「野尻湖内でホシツリモが良好に生育するには、ソウギョの食圧が更に低下して、色々な生きものがバランスよく共存している環境を取り戻すことが重要」と推定されました(野尻湖水草復元研究会活動報告2012:野尻湖ナウマンゾウ博物館研究報告第21号(2012)など)。
 そこで本実験区におけるホシツリモの復元実験は一旦休止し、網を撤去した後に水草などの生育状況がどうなるかを観察することにしました。そしてソウギョの食圧が明確に低下した時点で再開することにします。そのためのソウギョ防御ネットなどの施設の回収作業を2015年10月12日に行いました。
 作業では、まずダイバーにより、ソウギョ防御ネットや実験機材等が湖底から切り離されました。次いで船上メンバーにより、多量の付着物で重量を増したソウギョ防御ネットなどが船上に引き上げられました(写真)。
 本研究会では今後、野尻湖の水草の現況やソウギョの影響等の調査を、方法を変えて継続する予定です。


写真:ソウギョ防御ネットの船上への引き上げ作業


(写真A)近鉄前水草復元実験施設 2013.10.21


近鉄前水草復元実験施設の調査終了
本研究会の設立後、まず、浅い沿岸部に小規模な水草復元実験区(=芙蓉荘前実験区 4×4m)を設置し、現状の野尻湖で生育可能な水草の種類の検索を行いました。それらの種類の水草が野尻湖内で復元可能かを検証するため、実際の水草帯の規模に近い、野尻湖北岸水草植栽区(=近鉄前水草復元実験区 15×30m)を設置して、2000年から検討を続けてきました。途中でソウギョの侵入による食害事故などがありましたが、2013年には植栽したヒメガマが沖方向20m以上に進出し、自生の浮葉植物ヒルムシロが植栽区先端(30m)まで覆いました。(写真A)。実験期間を通して一定のデータが得られ、現在、 データの解析作業が行われています。 これらの知見は今後の野尻湖水草復元の基礎資料となるでしょう。本調査にご協力下さいました関係者の皆様・ボランティアの方々に深く感謝します。
  足かけ15年にわたる本実験区での調査はこれで終了となり、2014年4月5日に実験施設のソウギョ防護ネットを撤去しました。(写真B)


(写真B)ソウギョ防護ネットを撤去


 野尻湖の水深7m実験区内でホシツリモが小群落を形成(2012年10月20日潜水調査)
 1996年に設置した実験区にはホシツリモの生育に適さない要因があったため、2001年に、かつてホシツリモが分布していた砂間沖の水深7mに新たな実験区を設置し、ホシツリモの復元活動を開始しました。しかし、その後急激に増えたブルーギルによる食害や、著しく増殖したスジエビが狭い実験区に集中したための損傷を受けました。これにより2007年以後は、毎年植栽しているホシツリモは7月に発芽するものの、一ヶ月ほどで姿を消してしまいました。
  一方、1978年に放流され、ホシツリモや水草が全滅する原因となったソウギョは、2009年頃には大きく減少し、野尻湖内では少しずつ水草やアオミドロが見られるなど、生態系の変化が窺えました。その頃から実験区内のホシツリモも夏期に僅かながら残存するようになりました。
 これまで秋期には砂間沖の実験区ではホシツリモが殆ど見られなかったのですが、今回は本実験区での最も良い生長を示し、秋期としては初めて小群落が観察されました。今後の本格的な復元への足がかりになることが期待されます。
 なお、小群落のひとつは野尻湖小学校の児童が2011年に培養したホシツリモから生長したものです。こちらは高さ15cmほどの小さな群落ですが、児童の皆さんの野尻湖への夢が大きく育つことを祈ります。

左写真 砂間沖水深7m実験区のホシツリモ小群落、左側のやや幅が広い葉はセンニンモ

----- 上の写真をクリックすると拡大します。


2011年5月21日ソウギョが実験施設外側のヨシを摂食。

野尻湖では春先にはソウギョが利用するアオミドロや沈水植物の発生が少ないこともあり、実験施設周辺のヨシの若い芽が狙われたようです。写真の中で、発芽したヨシの先端部が白く見える部分が食痕です。実験施設外側に沿った2〜3uの範囲のヨシのほぼ同じ高さで、このような食痕が観察されました。水温は約17℃です。このあたりからソウギョの摂食が活発になるのでしょうか。なお同じ場所で、昨年は6月4日に食痕が観察されています。






2009年から2010年  ソウギョ捕獲に向けた検討

本研究会のこれまでの検討で、野尻湖のホシツリモを復元するために水草帯の復元が必要であることや、野尻湖ではソウギョの食害を遮断するだけで水草帯の復元が可能なことがわかってきました。
  ソウギョは野尻湖で増えることはありませんが、放流後、30年以上が経過しても残存し、水草を食べ続けています。そこで2009〜2010年には主にソウギョの捕獲法を検討することにしました。
 自然水域でのソウギョの捕獲は、国内では釣りが主体です。アメリカではソウギョの密度を制御するために、弓矢の利用を含む様々な捕獲方法が行われているようです。しかし野尻湖では生息密度が低く、残存しているのは30数年間、捕獲を免れた体長1m前後の老獪な個体です。また上記の捕獲法にはやや危険な方法もあり、野尻湖にそのまま適用できる方法は少ないのが実情です。

(写真1)沈水型定置網と捕捉された体長80cmのコイ。
定置網が機能することはわかったがソウギョは捕獲されなかった。

 そこで、種々の湖面利用に危険がないこと、コイなどの利用魚が捕獲された場合には放流できること、そしてなるべく人手がかからないことを念頭に捕獲法を調べました。これに対応できる方法として、国内でも僅かながら定置網の利用が検討されています。本研究会も小型定置網で1匹だけ捕獲した経験がありますので、この利用を中心に検討することにしました。
 まず既存の小型定置網をベースに、網目や設置水深を工夫した定置網2種類を製作しました (写真1) 。他に定置網内外に置く寄せ餌として水草やソウギョ釣りに使う餌など10種類を検討しました。更に、以前ソウギョの撮影時に録音された音を利用して音響集魚実験も試みました。しかしながらソウギョは捕獲されないばかりか、定置網周辺などに置いた寄せ餌も明確な食害痕が見られませんでした。
最近もソウギョが目撃され、写真が撮影されていることから、野尻湖にソウギョがいることは間違いありません (写真2)

(写真 2)2010年8月に目撃されたソウギョ ------

なぜ、ソウギョが捕獲されなかったのでしょうか。
ところで、これまでほとんど植物が見られなかった野尻湖で、2009年秋から一部の沿岸で僅かにアオミドロやセキショウモなどが見られるようになってきました。そして2010年夏には方々で見られるようになりました (写真3) 。これらの植物はこれまでソウギョに食べ尽くされてしまい、人目に触れることがなかったものです湖の植物が増える要因には気候や水質の影響もありますが、調べてみると、今回の植物の増加はそれが原因ではないようです。
 実は2008年秋から2009年春にかけて6匹のソウギョが捕獲されていますが、これは2003年以来、久々に多い捕獲数です。この捕獲によりソウギョの数が一段と減ったため、植物を食べ残すようになったのではないかと、現時点では考えています。

(写真 3)野尻湖で増え始めたアオミドロと沈水植物

そして植物が増え始めたことにより、残った個体の飢餓状態が少し緩和され、用心深いソウギョは定置網の寄せ餌には近づかなかったと思われます。
湖の面積が4.6kuの野尻湖で、ソウギョがたった6匹減っただけで、そんなことがあるか、とも思いますが、野尻湖で試算された1匹のソウギョの食害が凄いことは こちらで紹介しています。
以上は今回の活動の調査結果と、提供された資料を加えて推定した植生変化に関するシナリオです。このシナリオの正否はこの2〜3年でわかるでしょう。
これまで約30年間水草がない状態が続いた野尻湖ですが、今、まさに変わり始める時期かも知れません。本研究会では注意深く見守っていきます。



2010年9月4日(土)地元SBCテレビ「エコロジー最前線」取材

9月定期調査は、地元SBCテレビ「エコロジー最前線」の取材を受けながら、各実験施設の簡単な撮影、沈水型定置網(ソウギョを捕獲する為の定置網)の餌投入、湖内5地点に設定した調査ラインのラインセンサスを行いました。本年度は野尻湖で植物の復元の兆しがみられました。しかし猛暑の影響で水位低下が著しく、水草が復元しつつある 浅い沿岸部分は水面上に露出していました。
また、地元小学校の児童が「星状体」や「節の貯蔵組織」の植え付けから育てたホシツリモをダイバーが水深 7m の実験区に移植しました。
「エコロジー最前線」は10月16日(土)17時から放送されました。





2010年6月10日に長野県庁講堂にて村井仁県知事より環境保全功労団体として 長野県知事表彰を授与されました。

2009年9月18日から山形大学で開催された日本植物学会第73回大会の授賞式(9月19日)で 日本植物学会学会賞特別賞を授与されました。

2009年6月 近鉄前水草復元区にソウギョ侵入
 2009年6月上旬から復元区内で水草の断片が浮かぶようになりましたが、広い復元区の中ではソウギョの存在が確認出来ず、しばらく様子を見ることになりました。その後、急速に水草が減少し、ソウギョの糞が確認されたので、野尻湖水草復元研究会員が急遽集まって、対策を検討しました。とはいっても網の補修以外に妙案が浮かばず、困惑していたところ、会員の一人がシュノーケリングでソウギョの追跡し、その行動パターンを把握してしました。そして実験区の網際までソウギョを追いつめ、タモ網で捕獲しました。その後、二人の会員が必死の思いで岸まで運びました。ソウギョはジャンプ力が強く、捕獲作業は注意が必要であり、まさに使命感に燃えた捕獲作業でした。

2007年10月6日(土)に近鉄前植栽区等の生育状況調査
近鉄前植栽区は2000〜2001年に設置して以後、2001、2003年に植物分布状況を詳しく調査し、また移行帯の設置と植栽活動を行ってきました。その後、2、3年毎に植物分布状況調査を行うべきだったのですが、少し、調査間隔が空いてしまいました。 2004年の苗床(=人工移行帯)設置当時にはヒメガマ・フトイのまばらな群落の先端が岸から12m沖までやっと達した段階で、それ以遠の沖部分には、全く植物が見られませんでした。大きな水位変動や強い波の影響で、沖部分での水草復元は難しいとも考えておりました。 今回の調査では12m沖までヒメガマ、フトイの比較的、密な群落が形成されており、ヒメガマの一部は15m沖まで達していました。沈水植物ではセキショウモ、ヒメホタルイの他、ヒルムシロ、イトモが分布を拡大しました。またエゾヒルムシロが20m沖で直径3mほどの群落を形成していました。数年前に野尻湖西側の入り江で1本だけ本種を見たことがありましたが、これほど増加するとは思いませんでした。セキショウモ、ヒルムシロは更に30m沖まで断続的に分布を拡大し、場所によっては密な群落を形成していました。夏期の水位低下後には植栽区周辺にソウギョが近寄れないため、ソウギョ防護ネットの外へも僅かに抽水植物が進出し、また植栽区から拡散したと思われるセキショウモの種子から芽が伸び始めていました。しかし、秋には水位が回復し始めていますので、植栽区外の水草は遠からず食害を受けると思われます。 以上のように近鉄前植栽区では植物が全面に分布するまで時間を要しましたが、このことは野尻湖ではソウギョの侵入さえ遮断すれば、その場所に適した植物の群落の復元が可能であることを改めて示したことになります。またこの場所の特性かも知れませんが、心配されたコカナダモの分布は今のところ認められませんでした。(S.H.)


--- 水中のエゾヒルムシロ (2007.10.06)



高さ2.5mまで生長したヒメガマ群落 (2007.10.06) -- 沖方向からみた近鉄前植栽区 (2007.10.06) -

写真A (2007.10.06) ----------------------------- 写真B (2007.10.06) ---------------

写真A: 植栽区30m沖付近に形成されたヒルムシロ群落
写真B: 苗床=人工の移行帯で生育するヨシ、深い部分にマコモが混在している

2007年7月21日(土)信濃町公民館野尻湖支館において 「車軸藻シンポジウム in 野尻湖」が開催されました。

2006年11月11日(土)長野市飯綱高原 アゼイリア飯綱にて開催された上信越高原国立公園(妙高・戸隠地域)指定50周年記念式典において、野尻湖水草復元研究会は次の業績により環境省長野自然環境事務所長より 表彰されました。

2006年11月05日の調査 晴れ 気温 21 ℃ 水温 17 ℃
野尻湖水草復元研究会では毎月一回湖上、湖底の調査とメンテナンスを行っています。11月5日(日)今年最後の調査と「冬ごもり」の作業を行いました。水深 4.5m の実験施設の中では、ホシツリモ *5 が 20cm 、イバラモ*4 が 50cm 程に成長しています。  

*4 いばら‐も【茨藻】 イバラモ科の淡水産一年草。池沼に生え、高さ約50センチメートル。茎はまばらに分枝。葉の縁に鋭いとげ状の鋸歯があるからいう。夏、水上部に黄緑色の小さい花を開く。雌雄異株。「広辞苑 第五版 (C)1998,2004 株式会社岩波書店」

*5 ホシツリモ (Nitellopsis) ホシツリモ属の仲間は主にヨーロッパからアジアにかけて分布し、3種が含まれるが、よく知られているものはホシツリモ Nitellopsis obtusa の1種のみである。(中略)
属名である"ホシツリモ(星吊藻)"は、"星状体"と呼ばれる星形のムカゴ(無性生殖器官)が、藻体から吊り下がるように形成されることから名付けられた。(中略)
雌株と雄株が存在し雌雄の生殖器官が同一個体に形成されることはないが、自然界にいおて生殖器官が形成されることはまれで、繁殖はほとんどが星状体による無性生殖によるものと考えられている。「"しゃじくも"加藤氏より」

2005年秋に植えたヨシ、マコモは残念ながら冬の間に枯れてしまいましたが、2004年秋に苗床に植えたヨシが繁茂しました。

2005年4月10日に水深 50cm の苗床に土嚢に入れ移植した8株のヨシは、防波堤の甲斐もなく、波で土嚢内の土が洗い出されて土嚢が浮き上がり壊滅しました。そこで、野尻湖の水位が 50cm 程低くなった9月23日にマコモ、ヨシの秋植えをしました。マコモは、4月17日に採取した株の一部を鉢植えにし、鉢いっぱいに根が張るように一夏培養してから土嚢に野尻湖の砂で植え付けして苗床に置き鉄の棒で押さえました。波で洗い出されることも無く、充分な水分もあり、晩秋までに苗床に根付くと思います。
ヨシは、芙蓉荘の前の実験区内の湖底より採取し、鉢では培養せず直接土嚢に植え付けし同様に苗床に移植をしました。マコモもヨシも越冬して春に芽を出す事を期待しています。

2005年4月10日(日)の作業
防波堤作業 19年ぶりの大雪も消え天候に恵まれた4月10日(日)野尻湖水草復元研究会を中心にボランティア15名の参加により野尻湖北岸水草植栽区の苗床に防風、防波堤工事及びヨシの移植を行いました。
防風、防波堤工事は、2004年度の反省を基に波、流木等から苗床を守るために、昨年秋に作った防波堤柵の 1m 沖に、新たに 10cm メッシュ金網で高さ 90cm 長さ 12m の柵を作り防風網と木の枝で補強をしました。これらは、水草が育ったら撤去する予定です。

移植作業は、北側 50m の陸上で自生していたヨシの株を約 20cm ブロックで土の付いたまま採取して自然素材の土嚢袋に入れ、昨年 50mc に土盛りした苗床に8株移植しました。土嚢の中の土が少なく波で浮き上がり流れ出ない様に、今年は沢山の土を入れる事にしました。ヨシが根付いた後には、土嚢袋は自然に分解されますので自然環境にも適しています。またトウモロコシ等の澱粉を主原料とした生物分解素材(数ヶ月〜数年で地中のバクテリアにより、水と炭酸ガスに分解)のシートとロープを用いてヨシの株を包み水深 70cm の湖底にも7株移植しました。更に波で株が浮き上がらない様に土嚢で押さえました。今回の作業には生分解性のシートとロープを使用しましたが、野尻湖の水で分解される様子も観察する予定です。

2005年4月17日に、野尻湖付近の農業用水池からマコモを9株を採取して、野尻湖北岸水草植栽区苗床の、水深1m の防波堤柵の外に3カ所、内側に6カ所に、移植しました。苗床も水位が 30cm に成りましたので、土嚢で上から押さえマコモの株が浮き上がるの防ぎました。
9月には水深 1m では4株が根付き穂も確認できましたが、水深 50cm の苗床では4月10日に移植したヨシ8株の土が波で土嚢から洗い出され壊滅しました。

2004 年4月10日渇水期を利用して、野尻湖水草復元研究会を中心にボランティアの参加により、野尻湖北岸水草植栽区(地図・実験施設1)の一部に水深 50cm 程度になるように、幅 90cm 高さ 60cm 長さ 6m の土嚢などで土を盛り上げました。そこに100m ほど東側の湖岸に自生していたウキヤガラ *1 、カンガレイ*2の苗と一緒に、野尻湖周辺の陸上で採取したヨシの株を約20cmブロックで50個ほどを、波で流されないように土嚢の中に入れて植えました。最初に根付くための苗床(=人工移行帯)を作ってやるわけです。ヨシは水面上に茎や葉を出すことが出来るので根付き、地下茎を利用して分布を拡大していきます。芙蓉荘前の実験では移植後4〜5年間で水深50cmを越える部分でも成長が見られました。近鉄前植栽区でもヨシがより深い部分へ進出出来れば、土嚢などによる盛り土は不要になるかもしれません。
今回は自然素材の土嚢袋を用いて土盛りをしました。ヨシが根付いた後には、土嚢袋は自然に分解されますので自然環境にも適しています。化学素材の土嚢袋では、 作業前 ヨシの芽や地下茎が突き抜けるのは難しいといわれていますが、自然素材を利用することにより、そのような障害も大幅に減ると思います。

*1 ウキヤガラ(Bolboschoenus fluviatilis)
全国の湖沼、ため池、河川などの浅水域から水辺の湿地に群生する多年生の抽水植物。太くて丈夫な地下茎が横走し、地上茎の立つ 節は径2〜4cm の木質の塊状となる。棹の断面は三角形で高さ 80〜 150cm 。花の咲く初夏の頃によく目立つ植物である。
  *2 カンガレイ (Schoenoplectus mucronatus)
全国の湖沼、ため池、河川、水路などの浅水域から水辺の湿地に群生する多年生の抽水植物。棹は叢生して大きな株になる。棹の 長さ 50 〜130cm 、幅4〜8mm 、断面は鋭三角形。基部は鞘に包まれるが葉身は退化して見られない。花期は6〜10 月。
「角野康郎 著 日本水草図鑑 文一総合出版 より」

野尻湖では湖岸部の形も変化に富んでいます。今回の活動は、いろいろな形態の湖岸部でヨシ植栽が出来るようにするための試み にもなります。

2004 年4月は、晴天が数日続き気温も20度に成り、盛り土の表面から 10cm ほどのヨシの芽が数本顔を出しました。4月24日には、土嚢の隙間から 4cm ほどのウキヤガラの芽が出ました。4月27日には、低気圧が発達しながら日本海を東進し、未明から南よりの大波が野尻湖北岸水草植栽区岸壁を襲いました。 波で流木等がヨシの苗床に打ち寄せ、杭が抜けたり、出たばかりのヨシ、ウキヤガラの芽が折れてしまいました。
2004 年5月30日(日)に信濃町出身で、現在は静岡県三島市在住の大学生 中村 天(たかし)君が参加してヨシの追加植栽を行いましたが、6月21日の台風6号 により、苗床の土留めの板が半分流されてしまいました。ヨシも水面のところで、切れて流される被害に遭いました。この場所は、野尻湖で最も南風と波の強く当たる地形です。秋に防風、防波堤網の設置作業をしましたが、いずれにしても今年の実験は大失敗です。今後の移植作業は、他の場所で土嚢に根が張るまで期間を設けてから土嚢ごと移動するとか、杭と土留め板の強化など、今年を反省して来年に向けて技術的な対策を考える必要があります。

2000年〜2003年 野尻湖北岸水草植栽区 (地図・実験施設1)は野尻湖水草復元研究会およびボランティア参加により 2000 年に設置されました。 2001 年には面積の拡大作業を行い、最初の3倍の 450u となっています。 この中にヨシ、ヒメガマ、フトイなど、7種類、80ブロックの苗を植え、成長の調査を行ったところ、ヒメガマやフトイなどは根付いて活発に成長していますが、ヨシは 2003 年秋の段階で3株まで減少してしまいました。この植栽区は一番浅い岸側では、夏期の満水で水深が約 1m です。また野尻湖は冬期間に 2.5m 程度の水位低下があります。文献等で示されるヨシの分布水深よりも深いことは当初、心配だったのですが、やはり水深約 1m では移植したヨシが根付くことが難しいことが示されたことになります。ヨシの苗は移植のストレスでやや衰退します。そして活着後、最初の1〜2年目に水面上に茎を出すことが出来ないため、十分な栄養を蓄える事が出来ず、次第に衰退してしまうようです。

1994 年 4月 22日、芙蓉荘前の実験施設に試験的に、ヨシを移植しました。1996 年 6 月、 実験施設 1 にホシツリモをヨシ、ガマ、セキショウモ等の水草と移植しました。ホシツルモは、水温が 20 ℃以上に成ると成長しましたが、冬期に渇水するため越冬出来ませんでした。





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