| バブっていた時代に、そこいら中でテーマパークが企画された。北海道中央部のかつての産炭地である、ここ芦別に建設されたカナディアンワールドも、その一つである。1998年秋、我々取材班は、この施設が赤字に耐えられず閉鎖されたとの情報を受け、われわれ取材班は現場へ急行した。 |
| 街は、寂れまくっているふうでもないが、人通りは一応ないではないといった程度である。札幌方面と直結するバスはそれなりにある。が、メインストリートでも静かな感じ(左の写真)の、地方都市である。デパートは見あたらない。スーパーっぽいものはなくはない。しかし商店街に人気はない。平日の昼間だから当たり前かも知れないが。 |
| つぶれたっぽい建物(右の写真)が珍しくもないあたりは、産炭地にはよくあることである。しかし、閉鎖された職安に移転先の掲示すらないのはどういうことなのだろう。それはいい。まぁいい。われわれ取材班は、たぶんこのへんだろうという、同じ第三セクターが経営する「北の京芦別」へと歩いたのだ。 |
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| 北の京芦別は、遠くから見てもよくわかる大規模構造物を幾つも抱えている(わかりづらいが左の写真)。遠くから歩いて逝くとしても、目印はある。だから、迷いにくい。 |
| しかし! 事前調査がデタラメだったことが判明したのだ。道路沿いに何気なくある看板(右の写真)が、そのことを教えてくれた。 |
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![]() | 「北の京芦別」は、バカでかい仏像が見えるし、せいぜい2〜3kmくらいしか離れていない。だから安心していたんだ、取材班は! しかし!各種施設は全部同じ場所にあるわけではなかったのか。そんなの聞いてないぞ。だいたいなんだよ、ここまででもけっこう歩いたのに。駅から10kmもあるじゃねぇか! |
| 芦別温泉へ向かう道路との分岐部の看板(上の写真×2)を見て、我々取材班は、現場入りを諦めた。地図を確認すると、芦別温泉の更に先は、本格的に何もない山奥なのだ。タクシーを拾うのも無理そうとあっては、どうにもならないと判断したのだ。 |
| ちなみに、「北の京芦別」の入り口は、いい感じに錆び付いていた(左の写真)。手を入れるどころじゃない感がモロ出しである。人間の出入りも、ほとんどない。駅前との間の無料バスも、空気を運んでいた。 |
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| 門に向かって左の方を見ると、なにか巨大な建物が作られていた(左の写真)。この建物は補助金か、それともバブル時代の計画が残っているのか。 |
| この「北の京芦別」に隣接して、北海道大観音(右の写真)がある。バカでかい。しかし、参拝する人の姿は、見えない。本格的に、人の出入りがないのだ。 |
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| コンセプトからしてようわからん「北の都芦別」(左の写真)に入場料を払う気すら起きない取材班は、撤退を決定し、それはもう遠慮会釈なしに市街地へと戻るのであった。 |
| 昼間しか駅員がいない小さな駅にくる列車は、とてつもなく少ない。しかしそれでも街の中心らしく、北の京っぽいオブジェが、駅前にある(左の写真)。 |
| 駅前の観光案内板(上左の写真)は、それなりに手を入れられていて、比較的新しい情報もないではない。しかし、事態の変化に追いつき切れていないのか、そこではカナディアンワールドが生き残っていた(上右の写真)。 |
| 駅のホームは、荒れ果てている。闇雲に長いホームの向こうは、草の生えた空き地が広がる。かつて石炭が掘り出されていた時代、ここから貨物列車が発っていたのであろう。しかし、今や、そこには何もない(右の写真)。 |
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| ホームにある観光地案内板(左の写真)からは、カナディアンワールドが抹消されている。やはり、本当に、閉鎖されてはいるということだ。白い紙を貼っただけというのも、金がないっぽい感じがストレートに表現されまくっている。合掌。 |