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強力な地震で盛り上がったマンホール(左の写真)にまつわる話は、当時けっこう世間をにぎわしたものだ。現場は釧路市内ではなく、すぐそばの釧路町である。郊外型スーパーとかのあるそこそこに開けた一帯の、主要道路脇の歩道と緑地帯が現場だった。植え込みとか駐車場とかが周囲の様子をしのばせる。 こんな状態のマンホールというかある種のオブジェが、数十メートルの間に多数あったものだ。 |
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言うまでもなく、これらは撤去された。現地に当時の状況を伝えるものは残されていない(左の写真×2)。 (本項のみ2003年9月取材) |
| 釧路方面はどこもかなり大変な状態で、道路に地割れができているところは珍しくもなかった(右の写真)。 |
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| また、有名どころ以外でも、崖が崩れた新興住宅地等でもマンホール盛り上がり現象が見られた(左の写真)。 |
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傾いた店の閉店セールも見られた街ではあるが、やはり消防本部(右の写真)が機能できなくなったという点は、見過ごせないだろう。撮影時の光線とフィルムの都合で見づらい写真になったが、建物が破壊されているのは確認できるのではないだろうか。 |
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![]() | この消防本部は、けっこう手早い復興工事の対象になっていた。(左の写真) |
| 釧路のロシア化も進んでいた。ロシア語表記の看板を出す免税ショップ(左の写真:クリックで部分拡大)まで、街中にあるのだ。少し前までこっち方面はロシア人立ち入り禁止だったというのに。稚内のアレといい、変われば変わるもんである。 |