| 1999年3月。そう、衝撃的な自殺事件から一ヶ月と経たぬ間に、われわれ取材班は、現場へ急行した。案内図(左の写真)をみてもわかる、広大な三重大学へ。 |
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一連の事件の現場となった生物資源学部は、一目で分かる大きく新しい建物が目印である。(右の写真) 玄関先には、駐輪場が広がる。(下の写真)
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右の写真を見るとわかるように、玄関には、立入禁止の貼り紙(下の写真)がある。
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| だが、裏口をキャッチした左の写真の通り、表玄関以外には、これほど厳重な貼り紙はなかった。 |
| ところで、この建物の内側は吹き抜けになっていて、中庭がある。途中のテラスからは、研究室らしき所が覗ける(右の写真)。 |
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| この建物を改めて外から見ると、向かって右(右の写真)には大きな木が一本あって、その手前は駐車場である。向かって左(左の写真)は、箱庭状で、生協などへの道路が通っている。ちなみに裏は、端の方が2階建てになっていて、飛び降りには不適である。 |
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| 事件の明瞭な痕跡としては、古い掲示物(左の写真)くらいしか残っているものがなかったようである。現場の正確な位置を特定することを試みた取材班であったが、花束の一つも残されておらず、どうとも手を打てなかった。まさか学生に教えてもらうわけにも行かないという、任意捜査の限界を思い知らされる取材班であった。 |
| 構内を歩くと、農場で実習する学生たちがいたりして、それなりに人がいる。理系に休日はないのである。この学部の初めての出来事を記念する一角も、あった(右の写真)。 何も知らずに見れば、ひたすらにのどかな風景が広がると言ってもよいだろう。 |
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| 我々取材班は、そんな現場を離れ、次なる現場へと向かった。広い空は、生物資源学部の巨大な建物の上にもあった(左の写真)。 |