| 第三セクターえちぜん鉄道は、京福電鉄の営業を継承し、永平寺方面を除く全線を復活させた。 |
| 予定された範囲の全線で運行が開始された2003年10月から約半年後、福井駅(左の写真×3)は、塗り直され、工事が続いている雰囲気であった。 |
| 北陸本線を挟んだ地下道入口にも、案内が出ている(右の写真)。 |
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| もっとも、このあたりの風景は一変した。北陸本線福井駅が高架化され、微妙な空き地ができた(左の写真)。 |
| 新幹線に対応することを前提に、北陸本線の駅は、完全に改築されたのである(右の写真)。 |
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| 新しい福井駅の通路からは、えちぜん鉄道の建物が少し遠くに見える(左の写真)。 |
| 線路という邪魔者がなくなったため、地下道も閉鎖されたようである(右の写真)。 |
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| ともあれ、改札前には人がいる(左の写真)。閉鎖中(右の写真)と比較すれば、違いは明らかである。 |
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| そんなわけで、福井駅には、電車が適当に入ってくるようにはなっている(左右の写真)。 |
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| 季節柄、電車の前面には飾りまでがあった(左の写真)。 |
| われわれ取材班は、とりあえず福井口駅(左の写真)を訪れた。 |
| 駅前の自販機までもが、ロゴ入りになっている(右の写真)。 |
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| 待合室も小奇麗に整備され、色々な掲示がなされている(左の写真)。 |
| そればかりか、ネット環境までもが整備されている(右の写真)。 |
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| しかし、古いままのホームは、相変わらず狭い(左の写真)。 |
| それでも、塗りなおせるところは何とかした形跡が、そこかしこにある(右の写真)。 |
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| ここから勝山方面へ向かう途中、覆いに包まれた事故車を見ることができた(左の写真)。 |
| ところで、列車はワンマン運転である(左の写真)。しかし、日中は、「アテンダント」が乗務している(右の写真)。案内をしたり、切符を売ったりするのが、その仕事のようだ。 |
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| そんな車内には、運賃表示機があるわけだが、なぜか板に覆われているものがあった(右の写真)。 |
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| われわれ取材班は、追分口駅(左の写真)に立ち寄った。 |
| 市街地の外れで、民家の中を抜けたところの駅は、小さい(右の写真)。 |
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| その駅のホームも狭い(左の写真)。ちなみに裏も工場と住宅くらいしかない。 |
| われわれ取材班は、かつて東古市と名乗っていた、永平寺口駅(左の写真)を尋ねた。 |
| 相変わらずの表示機が、名前のところだけシールを貼られ、改札口の上にある(右の写真)。 |
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| 開業当時のパンフレットらしきものが、そのへんに貼られている(左の写真)。 |
| 青少年も、なんか、動員されたっぽい雰囲気が伝わってくる(右の写真)。地元が一体になってどうこうという時には、大概こういうものが出てくる。 |
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| 沿線の温泉へは、割引切符で行くことができるようだ(左の写真)。売る気がある品揃えを進めていることは、わかる。 |
| ホームには、会社名の入った小旗(右の写真)がはためく。全駅にあったかどうかは、定かでない。 |
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| そして線路には、そこだけ新しいATSの機器がついている(左の写真)。二度の事故を経て、さすがにそういうことになったのだろう。 |
| ホームの先の方には、電車が見える(右の写真)。車庫になっているのか廃棄物なのかは、不明である。 |
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| それはそれとして、京福の塗装を塗り替えられていない電車が、相変わらずこのあたりに放置されている(左の写真)。こちらはおそらく廃棄物なのだろう。 |
| 一応の復活は果たされた。しかし、まだ傷跡も見える。莫大な投資に見合うだけの結果が得られるのか。真価が問われているえちぜん鉄道を、われわれ取材班は、乗車券(右の写真)を眺めながら去った。 |
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周辺地図:
福井
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