柏崎刈羽原発

 2007年7月、新潟県中越沖地震が発生した。柏崎刈羽原発も、被害を受け、その影響は様々な方面に及んだ。
  東京電力前バス停(15k)    一日数本のバスだけが、その名も「東京電力前」(左の写真参照)を通っている。自家用車なしには生きられない僻地、それがこの一帯である。  
   よく整備された余裕のある道路が走り、空は青い(右の写真)。しかし、通過するものはあまりないし、歩く人はいない。   道路(8k)  
  敷地を覗く(17k)    その道路の片側では、茂みというか林というか、そういう感じの緑あふれる敷地が有刺鉄線の向こうに広がっている(左の写真)。  
   そして、その所々には、立入禁止を示す掲示がある(右の写真)。   立入禁止(20k)  
  外から見る建物(9k)    そしてその反対側には、外から見える建物がある(左の写真)。  
   ここに、外部に公開された「サービスホール」があるのだ。われわれ取材班は、門(右の写真)の中へと踏み込んだ。   サービスホールへの門(7k)  
  開館の表示(14k)    そこには、営業時間が終わっていないことを示す掲示がある(左の写真)。  
   ファンシーなキャラクターが描かれた看板が、客を迎えている(右の写真)。   いらっしゃいませ(11k)  
  敷地内の図(11k)    さらに、場内の案内図(左の写真)が、外部向けの施設がすべてではないことを示している。  
   部外者用玄関には、もっともらしい標語が書かれている(右の写真  安全と安心(12k)  
  注意書き(12k)    しかし、ある種のお客さんを歓迎しないこともまた、明示されている(左の写真)。  
   そんな玄関先には、記念撮影用向けの物体が置かれていたりもする(右の写真)。   記念撮影場(12k)  
  でんこちゃん(11k)    建物の内部では、東京電力の管轄外では無名なでんこちゃんが迎えてくれる(左の写真)。  
   受付とその付近の展示地帯から、常設展示がある一帯へ向かうと、通路には売店と喫茶店がある(右の写真)。ちなみに、喫茶はやけに安い。   売店のある通路(9k)  
  隔壁の模型(8k)    そして、最初に目に入るのは、隔壁の模型である(左の写真)。  
  炉心の模型(8k)    その後、炉の縮小模型(左右の写真)を取り囲むように階段を上がることで、展示を見ることになる。   炉の模型(10k)  
   そこかしこでやけに目立つのは、「クイズラリー休止中」と貼り紙をされたディスプレイである(右の写真)。   クイズラリー休止中(4k)  
  だいじょうぶ?(8k)    そして、地震関係の展示も、ある(右の写真)。白い紙が、何かを覆っている。  
  地震と原発(16k)    そこには、原発の地震対策について、いろいろと書かれている(左の写真)。  
   しかも、駄目押しするかのように、それでも大丈夫であるという主張がなされ…ようとしている(右の写真)。   揺れと原発(11k)  
  貼って隠す(7k)    しかし、その重要部分は、事実によって翻された。
 具体的には、過去この付近に来た地震とその大きさを●●●●●を調べて調査し、また、これから起こるかもしれない地震を地質学的に評価し、それらの最も大きな地震が来ても、●●を●えて耐えることのできる郷土(一般のビルの3倍程度)で作っていることです。  ●●●、この付近で想定される最大級の地震が来ても原子炉は十分耐えることができます。
 …と、ある程度判読できる部分は、隠されていた。この他にも、紙の前に物が置かれていて判読すらできない部分が、あった。
 
   この建物の最上階は、展望室である(右の写真)。   展望室(8k)  
  展望その1(6k)    しかし、木々と空と海と鉄塔と送電線が視界に入るばかりである(左の写真)。  
   原発の構造物は、かろうじて遠くに見えるものもあるとか、その程度である(右の写真)。   展望その2(7k)  
  本体正門付近(8k)    ところで、原発の入口は、先ほどの道路からは直結していない、低いところにある(左の写真)。  
   原発に用のない車は、この位置をほとんど通らない。それでも、否、むしろそのためにこそ、こちらの道路も太い(右の写真)。   本体正門付近で麓を望む(7k)  
  斜面を下る(9k)    われわれ取材班は、復旧工事が続く斜面を降り、町へ向かうのであった(左の写真)。  

(2007年8月下旬取材)

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