鈴木踏切

  足寄駅(6k)    ちほく高原鉄道、足寄駅(左の写真)。かつては国鉄池北線の駅であり、古くは網走本線を名乗っていた路線の、それなりの主要駅である。  
   仰々しい入口(右の写真)があるあたりは、近年になって資金が投入された状況を物語っている。   足寄駅入口(6k)  
  足寄駅の遺物(7k)    そんな駅に、国鉄時代の遺物もまた残されている(左の写真)。  
   その二階には、地元出身歌手に関する展示が若干ある(右の写真)。   展示1(7k)  
  年表(5k)    そこには、年表までもが掲げられている(左の写真)。この地が余所者を呼び込むよすがは、知名度のあるこの歌手くらい、なのだろうか。  
   もっとも、われわれ取材班の標的は、この、見る人も少ない展示(右の写真)ではない。   展示2(5k)  


  大誉地駅1(7・6k)    足寄町の中心部から直線でも20kmほど離れた大誉地地区。そこに、古い駅(左の写真)がある。  
   外観を見る限り、すべてが昔風の駅である。語源はともかく、あてられた漢字の字面(右の写真)は、気宇壮大さに溢れる。   大誉地駅看板(5k)  
  大誉地駅窓口跡(6k)    駅は無人であり、かつての窓口はポスター掲示スペースと化している(左の写真)。  
   古びた木製の椅子が並ぶ待合室(右の写真)は、恐らく、暖房が消えたこと以外は昔のままなのだろう。そう、「あの人」がこの地に暮らし、離れるまでの時代と。   大誉地駅待合室(7k)  
  大誉地駅前トイレ(5k)    ここで近代的な外観を示すものは、駅前の公衆便所(左の写真)くらいしかない。  


   「あの人」に最も身近だったであろう踏切(右の写真)は、その中心にある駅から足寄方向に1km強戻ったあたりにある。   踏切付近(6k)  
  踏切前(8k)    その目印は、広告塔(左の写真)だ。もっとも、その点を除けば、何の変哲もない田舎の踏切にも見える、かも知れない。砂利道が続くだけの、何もない踏切だ(下の写真)。

踏切(8k)
 
  踏切から納屋を望む(8k)    ここから見える建物が、今では人手に渡った、「あの人」の生家だ(左の写真)。  
   その家にしか行けない踏切は、その家の人の名を取った。しかし今、この踏切に、その名を示すものは残されていなかった。有名になりすぎたが故に盗まれでもしたのか。   踏切と旧宅(13k)  
  やまりん本社(8k)    朝焼けに包まれて走り出したやまりん(左の写真)からの道に疲れながらも、鈴木踏切の名が書かれたものをひたすら探した、われわれ取材班であった。この踏切は、後に廃止されている。  
(2003年9月上旬取材)

周辺地図: やまりん  足寄駅  踏切行き方
参照:ちほく高原鉄道
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