『 週刊 Hanko 』 496号

明信じいちゃんが亡くなりました


 2003年5月11日 午後11時35分
 祖父 齋藤明信が,老衰のため亡くなりました。93歳でした。

496a.jpg (8434 バイト) No.492でもちょっと書きましたが,あれから食欲がどんどんなくなり,大好きなラーメンも,その後1度しか食べることができませんでした。4月の末には何も食べなくなり,最後の一週間は,呼びかけてもほとんど反応がなかったので,覚悟はしていたのですが…。
 思えば最初に脳梗塞で倒れたのが9年前。結婚した一カ月後で,家には私しかいませんでした。慣れない家で,初めての病人を前におろおろしました。その後,私一人の時に限って何度か倒れ……。だから,最期の時にも私しかいなかったら…,もし誰も間に合わなかったらどうしよう…と,そればかりがずっと気掛かりでした。
 でも,その日は夕方から様態が急変し,夜にはパパがかけつけ,お父さんも,私の両親も付き添ってくれて(私は子供を連れて家に帰りましたが),4人が見守る中,全然苦しまずに眠るように逝ったのでした。それが何よりの,私の慰めでした。

 私にとっても,子供たちにとっても,初めての「家族の死」。おじいちゃんと長い付き合いの人は「大往生」だからあまり悲壮感はないのですが,特に夏希はこたえたらしく,納棺の時,おいおいと泣いて大人の涙を誘っていました。

 春歌は常にマイペースで,告別式の時は親族席の最前列で,隣のおばさんによりかかって一眠りしていました…。そういえば,去年の親戚の結婚式でも寝てしまったんだよねー…。と評判でした。

 私はン十年ぶりに着物を着て大変だから…と,周りの人が真希をちやほやして御機嫌を取り続けてくれました。その結果,一日じゅう好物の「柿の種」とジュースで過ごしてしまい,最後には1リットルのジュースを,座り込んでラッパ飲みしていて呆れました。お骨拾いの時は,渡されたお箸をいきなりくわえて,一瞬どよめきに包まれました。^_^;

 告別式には 200人もの方が来て下さり,丸々2日がかりの葬儀も無事終わりました。東京から来てくれた弟たちは,あまりの盛大さに驚いていたようです(簡素化しようという声は出ているのですが,なかなか…。ご近所の方々には,本当にお世話になりました)。

496.jpg (16699 バイト) そして再開した普通の毎日。
 幼稚園を出て,最初の信号を左に曲がると家。右に曲がると病院。毎朝春歌を送った後,「ちょっとひぃじいのとこ,行ってみようね」と言いながらウィンカーを出していたので,今はその信号を通るたび,真希が「ひーじーのとこ,いってみよっか」と言います。そのたび,胸のあたりがキュンとなります。
 夏希は「写真で会えるからいい」と割り切ったようです。ここ数年,子供たちと一緒のおじいちゃんの写真を意識して撮って来ました。ひぃじぃが,3人のことをうんとかわいく思っててくれたことを,写真を見て心の中にずっと刻み込んでおいてほしいなーと思います。

   *   *   *

 9年間の介護の間,多くの方々にお世話になりました。
 アドバイスを下さったり,介護の経験談を聞かせて下さった方々。私の貴重な情報源でした。私よりもっと大変な人がいると知るだけでも励みになるものです。ありがとうございました。

 在宅介護支援センターの方々には,定期的な訪問以外にも緊急で来ていただいたりして,お世話になりました。下の世話でもなんでも,いつもニコニコ楽しそうにお付き合い下さって,頭が下がりました。私の精神的な負担をいつも軽くしてくれて感謝でした。

 在宅介護と育児で一番大変だった時に助けてくれた,K医院の先生を始めスタッフの皆さん。本当にありがとうございました(責任持って定期的に往診して下さる貴重な先生です)。特にK先生の一言に何度感銘を受けたことか。老人福祉に対する姿勢に感動し,たくさん学びました。年配の方々の根強い支持を受けているようですが,いまや私も熱いファンの一人です。

 長いことお世話になった,老人健康保健施設の方々。おじいちゃんのオムツ外しに,かなり閉口していた時もあったのに,最後まで「つなぎ」を使わずに頑張って下さって,申し訳ないと思いつつ心から感謝してました。若いスタッフが多いのも心強く,皆さん親切で,安心してお任せできました。

 そして,実の祖父母には何もできなかった私に,介護を経験させてくれたおじいちゃん。元々気がきかない上に,育児中で思うようにお世話できなくて,たくさん我慢をさせちゃったよね。ごめんなさい。何も言わずに許してくれてありがとう。天国で,先に亡くした大事な家族と会えたでしょうか。たくさんお話して下さい。

 多くの方々に支えられ励まされたおかげで,介護に対して悲観的にならず,やりたいことをやりながら(それは読者の皆様が一番よく知っている!?),おじいちゃんと付き合ってくることができました。本当に,本当に,ありがとうございました。(._.)

 今,おじいちゃんの部屋の片付けや,遺品の整理をしています。意外とカッコいいスーツやコートが出てきて,へ〜…と眺めたり,お父さんからおじいちゃんの思い出話を聞かせてもらったり,私の知らないおじいちゃんに出会えて,ある意味楽しい作業です。
496c.jpg (11334 バイト)
 今回のことは私にとって大きな節目になりました。今まで手抜きだった家事…は,これからも子供を口実に手を抜きっぱなしかもしれませんが,^_^; おじいちゃんや沢山の方々から教えてもらったことを,これからの人生に生かしていかれたらなーと思っています。496b.jpg (2595 バイト)

 最後に,春歌の一言。
 「ひぃじぃちゃんはさぁ,天国で『新しい人が来た!』ってパーティ開いてもらってるんじゃないの?」
 ほんとにそうだといいなと思いつつ…。

2003. 5. 16  斎藤 範子(Hanko)



☆感想のお便り、お待ちしてます。 hanko.saito@nifty.ne.jp

『週刊 Hanko 』 メニュー →
Abu Saito TOP PAGE →