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 ◇「心臓を貫かれて(上・下)」 マイケル・ギルモア (文春文庫)  ◇

+-+- あらすじ -+-+

 僕の兄は罪もない人々を殺した。何が兄の中に殺人の胎児を生みつけていったのか?…四人兄弟の末弟が一家の歴史に分け入り、衝撃的な「トラウマのクロニクル」を語り明かす。
 暗い秘密、砕かれた希望、歴史の闇から立ち現れる家族の悪霊
 …殺人はまず精神の殺人から始まった。

+-+- 感想 -+-+

 読後感はただ呆然としてしまった。読後感と表現してはいけないかもしれない。その感触は常に僕のまわりに「悪霊」として、まとわりついていた。ただ先が気になって、落ち着いて、その悪霊と僕は読書中は向き合っていなかったのかもしれないし、ただ悪霊の輪郭をうまく把握できていなかったからかもしれない。しかしずっと僕は読みながら、徐々に自分が深い底なしの沼に呑み込まれるような錯覚に陥った。

 一家の置かれた状況はどうしようもないモノだったんだなと感じた。極限の状況で一家は何を見て、そしてどう変遷していったのか。その結果がその一家にどのようなモノを運んできたのか。僕はすごく複雑な気分になった。これは別に特別な事じゃない。僕はそう感じたからだ。

 

 あの時代のアメリカにもたくさんあったし、今の時代の日本にもある。ただ形態が違うだけだと…。あるシーンでデュイエンというムショ仲間がゲイリーの事をこう評し、僕をはっとさせた。

 「本当はまっとうな人間だったはずなのに、どこかですっかり狂っちまったんだ。ほとんどはあいつ自身の自業自得だった。それは認めるよ。でも全部が全部あいつのせいじゃなかった。そんな事あるもんか。」

 これは特別な事ではないからこそ、当たり前の真実だからこそ、僕をひどく動揺させた。僕はそれに似た状況を過去に見た事があり、僕はそれがふと心に蘇ってきたからだ。
そうなんだ。誰もそんな事をはじめから望んでいるわけないじゃないか。
それなのにまわりの奴らは僕を知ろうとしない。ただ目を閉じ、耳をふさぎ、怯えるだけだ。

 アメリカを震撼させ、実質的に死刑を復活させた事件の犯人の弟:マイケル・ギルモアが書いた。死へ至る病を引き起こす環境。家族を含めた、愛するもの達へのレクイエム。僕はこれほどまでに愛憎が表裏一体となった文章を知らない。感覚が麻痺しているように感じられる文体はそこに純然たる憎しみと愛情が渦を巻いている事を示し、ジレンマに耐え切れなくなって、針がフレてしまったような感じだった。

 とにかくこの本から多くの僕達の暗部が照らし出され、そして僕達は知らず知らずのうちに、その暗部と向かい合わなくてはいけなくなってくる。それはとても辛いけど、それに対して無知である恐ろしさよりはずっと楽だと思った。

 

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