†…… †

 親しくなればなるほど、その人を理解でき、その人も自分を理解してくれる。

 だから、最初あった丁寧さや慎重さなどは影をひそめ、その人のパーソナリティが前面に発揮される。それはとても素晴らしい事だと思うけど、本当にそれで一生、付き合えるのだろうかと僕は首を捻る。

 多くの人がそうだろうし、僕ももちろんそうなのだけど、人は多くの出会い、そして別れを経験して、生きている。それは避けることができないもので、出会い別れがあるからこそ、人は一期一会を大切にするわけだと思う。

 

 別れの原因は色々あるだろう。

 気持ちのすれ違いや環境の変化、死別など…。

 原因は多種多様だ。

 その原因の中で一番勿体無い別れ方はたぶん、親しくなったことで起こる馴れ馴れしさや図々しさによる別れだ思う。

 相手を理解してるから、また相手も理解してくれているから。

 そんな思い込みをして、友達に接していると、徐々に不満が溜まっていき、結果として別れてしまうだろう。僕もたぶんそんな失敗をしていると思うし、たぶんみんなもそういう別れが一つや二つはあると思う。

 僕が長く付き合っている人たちを思い浮かべると、親しいながらも相手を尊重し、違う意見になっても相手を見下すことなく、純粋に議論したり、笑いあえたりする人たちばかりだという事に気づく。

 その人たちと強い絆で結ばれているという気持ちはあるけれど、同時に僕はその人たちの理解できない部分を許せているような気がする。そう、僕はその人の短所や長所、理解できるところや理解できないところなどすべてを認め、それで付き合っているように思えるのだ。

 他人を完全に理解する事なんて不可能だ。

 たくさんの違う部分があるからこそ、「僕」は「僕」であることができるのだし、「あなた」は「あなた」であることができるのだと思う。多くの部分で分かり合えるだけでもとても素晴らしいことなのだ。わかりあえなかったとしても、それは悲しむべきことじゃない。

 「うん、意見が違うのはわかったよ。それでいいじゃないか。」

 と笑い飛ばせばいいのだ。

 親しくなる事で相手に過度に甘えてしまう事も別れの原因になるだろう。

 たとえば、連絡を怠れば、いつかは友達の場合は旧友となってしまうし、恋人同士ならそれが自然消滅という形になってしまう。また相手の優しさに甘えることばかりで、その人の気持ちを顧みなかったり、相手の優しさが当たり前だと思ってしまえば、きっと優しさはそのうち消えうせ、それで相手も遠ざかってしまうに違いない。それはとても哀しいことだと思う。だって、どちらも絆を強く感じていたはずなのに、その絆の強さのせいで、別れてしまうなんて事なんだから。

 

 一度、まわりを見渡してみよう。

 友達、恋人、家族…。

 たくさんの人に僕たちが囲まれていることに気づくと思う。

 その人たちの人数分だけ僕たちは愛されているのだし、大切にされているのだ。

 その人たちにかける言葉は何かな?

 「ありがとう」

 「愛しているよ」

 「がんばろうな」

 などなど、人によって違うとは思う。

 でも、その言葉たちが僕たちの感じる彼らとの大切な『絆』なのかもしれない。


PAGE TOP