†…旅にて… †

 旅の途中、電車に座っていると、思い出すことがある。

 アンネ・フランクという少女のことだ。アンネ・フランクは、「アンネの日記」の作者で、ユダヤ人として生まれた。第二次世界大戦の中を精一杯生きた少女だった。当時 のナチスドイツのユダヤ人迫害から逃れるため、オランダのアムステルダムにある隠れ家の屋根裏部屋にこもり、彼女とその家族は生活をしていたが、ついにナチスに捕らえられ、強制収容所に送り込まれた。そして終戦の一ヶ月前、アンネ・フランクは若くして飢えたままチフスにより死を迎えた。その彼女が捕まるまでの日々を、自分の言葉でつづった日記が戦後父親のオットー・フランクによって公表され、「アンネの日記」として世界中の人に読まれるこ とになったのはご存知でしょう。

 

 アンネ・フランクは、オランダからドイツの収容所に送 られる列車の中で、瞳ですべてを吸い込むように景色を見ていたという。まったく身動き一つせずに。流れゆく景色を嬉しそうに微笑みを浮かべながら。

 このことをいつも旅先で思い出す。この時のアンネという少女の胸にあった気持ち、窓をじっ と眺めていた瞳、嬉しそうだったという表情、それを考える。

 

 アンネは、それまで長く屋根裏部屋に隠れて、外に一歩も出ずつらい日々を過ごした。やっと出た外の世界。しかし、それもわずかのことで、列車が止まれば、今度は間近に死が迫ったまた辛い収容所生活が待っていた。

 家から収容所までのわずかな時間であるほんの小さな旅を、列車の窓に通り過 ぎるなんでもない景色たちを、少女は窓から覗ける景色を見つめることによってしっかりと脳裏に刻み込んでいたのだろう。少女は人生の生きる実感をこのとき、感じていたのかもしれない。彼女にとってはこの少ない時間でも大切な大切な旅だったに違いない。僕はよく旅先でアンネのことを考え、そのときの様子を、心に浮 かべてみる。しかし、彼女の顔はどうしても微笑ませることは僕には難しかった。できたとしても、どこか白々しい笑顔になってしまい、僕は自分が平和な時に生まれたことをここで痛感するのだ。なんて、自分は恵まれているんだろうって。そして、自分が乗っている列車の中でアンネの気持ちに少しでも近づきたいと思う。そうすると、僕の胸にはなんとも言葉で言い表せない、自分でも正体の説明つ かない、せつない、苦しい、悲しい思いがよぎるのだ。

 アンネという少女の列車が、長い苦しい生活から一瞬離れて、やっと見つけた喜びの対象が、列車の窓の景色だということなのだろうか?それなら、 とてもせつない。 

 流れゆく景色。

 

 たぶん、アンネの見た風景はなんで もない住宅、農村の風景などが、次々に窓の外を流れたものだろう。

 同じように列車に乗りながら、ぼくはしっかり平和を楽しんでいる。だからこそ、一人の少女に突きつけられているものがあると思う。僕はそうして戦争のことを考える、平和のことを考える、旅で考える。

 アンネの顔が浮かぶときがある。アムステルダムで見たアンネの家が無言で語りかけてくることがある。その家にあった落書きが、ポスターが哀しそうに存在していたことを僕は思い出す。それらは自分のしわがれた心を突きつけられるように、存在を主張する。

 僕はずっととりとめのない一人旅を続けている。ボックス型の4人掛け(ヨーロッ パでは6人掛け)の列車の向かいのシートにリュックを置き、 それに向かって両足を伸ばしているときが、あいかわらずいちばん好きだ。車内で出会う人も、駅ですれ違う人も、窓の景色 も、すべてが過ぎ去るあの時間がいちばん好きだ。

 アンネも微笑んでた。

 僕も微笑めるだろう。

 そしていつか彼女が笑った本当の意味を僕は知れるのかもしれない。


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