先んじて室内を確認したアーノルドは、暫くそのまま動かなかった。 「…アーノルド、」 「―――王子…入られぬ方が、」 「―――!それって、…父上は?母上は?!」 敷居を跨ぎ、室内を隠す形で立っているアーノルドに掴みかかり、ジャッキーは無理矢理体を半分捻じ込んだ。 「あっ―――」
彼は、ベッドの上に晒されている遺骸を見ているだろう。庇うように重なった二つの体。しかし彼らの首は体から離れた所に転がっている。 アーノルドはそんな彼の表情を見るに堪えず、視線を別に向けたが―――そこに、変わり果てた父親を見つけて、彼もまた絶句した。
いつも、強く気高かったひと。 彼の剣技を讃える逸話は国内に留まらないと言う。 騎士団長を父に持った自分は、悩みも迷いもせず、父と同じ道を選んだ。 その広い背なに、力強い腕に―――憧れて。 何よりも、誇りだった。
その、父が。
真っ二つに折れた、父愛用の剣が―――何よりも残酷な事実を、アーノルドに突きつけていた。
「ちちうえ・・・ははうえ・・・」 ばさり、と音がして。 振り返ったアーノルドは、ベッド脇に跪いてそろそろと両親に手を伸ばしかけているジャッキーを視認し、固まっていた四肢を慌てて動かした。 「王子―――」 「こんな…こんな事って、」 「王子、お気を確かに!」 肩に手をやるが、ジャッキーは振り返りもしない。 「死んじゃった?ねえアーニィ、二人共死んでしまったのかな?そうだよね、だって…首、ないんだもの…生きてる、わけ、ないよね―――」 「…そうです、お二人共亡くなられております」 「―――っ……あ、あぁ―――」 触れる事なく引き戻された手はそのまま我が身を抱く。
何故。 何故何故何ぜなぜなぜなぜ どうして!
もはや何を考えていいのか分からず、混在した激しい感情が突き上げるままに、彼は叫んだ。
何が起こっているのか。 ほんの数時間前から巻き起こり続けている、悪夢。 次から次へと。 何ひとつ目覚めぬまま、膨張していくばかり。 このままでは―――迷い込んで、二度と目覚める事が叶わないのではないか。
湧き上がる絶望を打ち消そうと、目の前に唯一ある存在を抱き締める。 「なりません王子!戻っていらしてください―――此処へ!」 壊れた人形の如く、狂気めいた悲鳴をあげる彼を自分の方へ向かせ、必死に呼びかける。空虚な瞳から透明な涙が零れ続け、頬を捉えたアーノルドの手をも濡らす。 「貴方まで失いたくはない―――!」 ぱん、と乾いた音。 平手打ちを喰らったジャッキーは、やがてぼんやりと眼前の男を見つめた。 「…あーのるど…―――アーニィ?」 「そう、私です。―――王子…行きましょう」 「行く?どこへ?」 「……逃げるのです」 「逃げる…?なんで、」 心底不思議そうな彼を引っ張り、無理矢理立たせる。そのまま手を引こうとすると、急に反発する。 「父上たちをこのままにできない」 「お気持ちは分かりますが―――」 国王夫妻を抹殺したのならば、遅かれ早かれ唯一の後継者たる彼にも魔の手は伸びるだろう―――想像に難くない。 ならば、一刻も早く彼を安全な場所へ連れて行かねばならない。 安全な場所―――一体そこが何処なのか、分からないとしても。 ここで怯え竦んでいるわけにはいかないのだ。 しかしジャッキーは強固に拒否し、アーノルドの手を振り解こうとする。 「王子!」 「死んじゃった事は分かってるよ!でも―――でも、俺一人でなんて逃げられない!」
「お前は何よりも王子の安全を優先させねばならぬ。それがお前の生きる理由なのだ」
「…お前が、王子をお守りするのだ」
「よいな、アーノルド。お前は私の息子…騎士の何たるかを、ゆめゆめ忘れるな。―――行け!」
「―――ご無礼を…!」 体を引き寄せ、囁きながら彼は決断を下した。 アーノルドの肩に乗った顎ががくりと落ち、鳩尾に受けた衝撃に見開いた目が、すぐに閉ざされた。 崩れ落ちた体を背負い直し、アーノルドは歩き出す。 部屋を出る間際、暫し彼は立ち止まった。 父が敗れたのはあの異形だろうか---―だとしたら、例え魔法の助勢があったとしても、自分一人で撃退できたはずもない。もしかしたら、自分達が辿り着く前…この部屋に現れた異形は、一体ではなかったのかも知れぬ。自分が闘ったものとは違う個体だったのかも知れぬ。―――そう思わなければ、彼は父親の敗北を受け容れることなど、できそうにない。 命尽きる瞬間まで、剣を手離さなかったに違いない。…そうなのでしょう、父上。 答える声などない事を承知の上で、問い掛け。 彼は、二度と振り返る事なく部屋を出た。
++++++ 序章〜後「未来への逃亡」へ続く
|
Date: 2005/06/23(木)
No.6
|
|