Legend of Seed.

機械の国編
担当:かない芹香


機械の国編・2  2005/06/29(水)
機械の国編・1  2005/06/28(火)


機械の国編・2


優雅なナイフとフォークの動きが、その瞬間ピタリと止まる。

「…は?今…今、なんと仰いました、母上?」
「ですから『結婚』です、イザーク」

己の発した言葉で動かなくなった息子に、エザリアは再び同じ言葉を繰り返した。

「貴方が今まで、この母の言葉を聞いてくれなかったのは―――貴方に相応しい姫君を探せなかった、わたくしの所為。ですから、貴方に相応しい、美しい姫を選んでもらうために舞踏会を開くことにしたのですわ…明日の晩、」
「わっ―――私は、そのようなことは聞いておりませぬ!」
「明日の晩の舞踏会で、貴方の姫君が必ず見つかるでしょう―――ああ、直ぐに結婚とは言いませんことよ?貴方にも姫にも、」
「母上!」
「心の準備が必要でしょうから。先ずは『婚約』という形で、民にも発表するのが宜しいわね」
「母上!!」

白いテーブルクロスの上で、銀の食器たちが音を立てて踊る。大きなテーブルの上に叩き付けられた手が発した音に、ワインを注いでいた侍女の動きが止まった。
そこでやっとエザリアの言葉が途切れ、イザークはテーブルの上に突いた手をゆっくりと元に戻した。同時にゆっくりと息を吐き出し、己を落ち着かせる。

「何故、そのような―――突然なことを申されるのです!」
「突然などでは無くてよ、イザーク?今まで何度も言っていてよ?」

既に食事どころでは無いイザークの向かいで、至って平常にデザートのフルーツタルトを優雅な手付きで口に運びながら、エザリアは微笑んだ。

「ですからっ…私は何度も申し上げた通り、騎士としてこの国を―――」
「貴方は騎士である前に、この国の王子としてのお役目を果たさなければならぬと、何度言ったら分かるのです?」
「…ッ…!」

一転して、ピシャリとイザークの言葉を断ったエザリア―――威圧感に、イザークは押し黙らざるを得ない。
エザリアはナプキンで口元を拭くと、沈黙する息子に向かって微笑を浮かべる。

「よろしいこと?イザーク。貴方はいずれ、このわたくしの後を継いで王となるのですよ?何時までもそのような我儘は許されぬこと―――」
「…承知しております…ですが、母上!」
「分かっているのなら、これ以上、わたくしに心配をさせないでいただきたいわ」

氷のような美しい微笑みを残してエザリアが席を立つと、広い部屋には一人イザークだけが残されたのだった。








「―――いいじゃん、美しい姫の一人や二人貰えば、」
「黙れディアッカ!私は―――!!」
「う、わっ!…っと、危ねぇな!―――ま、義母上の言うこたぁ、正論だろ?どうせいずれは、お前が国を継ぐんだしさ」
「煩い!」

叩き付けるが如く、目の前を凪いだ刃を、寸での所で飛び退き避ける。
それ以上追撃が無いことを確かめて、ディアッカはやっと一息ついた。そして、目の前の憮然とした顔―――それ以外のイザークの表情など、滅多に見れるものでは無い―――呼吸と、肩上で切りそろえられた銀髪を乱した義弟を見る。

「何が気に入らないっつーんだよ?」
「この事態の何処を気に入れと言うんだ!」
「…」

母親譲りのアイスブルーの瞳が、目の前の己を切り裂かんとばかりに鋭い光を放つと、ディアッカは沈黙するしかない。
こうなった義弟は、自分が何を言おうと頑として聞き入れないことを、ディアッカは今までの年月で経験として知っていた。



イザーク・ジュール。
現帝:エザリア・ジュールの胎から生る、この帝国の正統なる後継者、第一帝位継承者。
卓越した剣の腕を持つ騎士としても名高い青年。
その氷のように整った容姿に似合わず、気性が些か荒いことを知っているものは少ない。

そして、その真実を尤も良く知るのは自分に間違いない―――ディアッカはこっそりと心の中で嘆息した。
自分の父がイザークの母…女帝・エザリアと結婚した時から、ディアッカはイザークの義兄として、そして王子の第一の側近として生きてきたのだ。
それはイザークの性格その他諸々を理解するには充分すぎる時間。
その時間は、イザークに生涯仕えても構わないと思わせた。―――元より帝位など興味は無い。

だからこうして共に居る日々は楽しい。
それがディアッカがここに居る理由の全てだった。



「『結婚』なぞ…考えられぬわ!」
「…だから、今回考えろって言ってんだろ、義母上はさ…わざわざ舞踏会まで開いて、」

抜き身のまま握っていた剣をするりと腰に下げた鞘に収めて、イザークが吐き捨てると、同じように愛用の大剣を収めながらディアッカが肩を竦めた。褐色の肌に流れる汗を拭いながら、ディアッカはイザークの様子を窺った―――奥歯をかみ締めている。
多分、頭では分かっているのだ。幼い頃より、次代の王となるべく育てられた、―――気高い彼のことだから。

真面目に騎士の道を邁進してきた彼にとって、色事など程遠いものだったことも、この頑なな態度の要因だろうが。
つまり、イザークは苦手なのだ―――女性が。
そう考えたら笑いがこみ上げてきて、ディアッカの口調も思わず軽くなる。

「まぁ、『美しい姫』を集めてるって言うくらいだぜ?期待できるんじゃないの?」
「…だったらお前が結婚すればいいだろう」
「それとこれとはハナシが違うだろ」
「…」

表情をさらに歪めて、喉の奥で唸りに似た声を出す―――『分かっているが納得できない』を全身で示すイザーク。
むっつりと押し黙ったまま、やがて、くるりと背を向け、修練場を出て行こうとしたので、ディアッカは彼を呼び止める。

「おい、イザーク!」
「…何だ」
「『白銀の騎士』の運命の姫君が見つかるといいなー!」


城に響き渡る怒号―――それは割といつもの風景であった。


Date: 2005/06/29(水) No.2


機械の国編・1


ひび割れた大地にも、逞しく生きる者があった。

かの者たちには作物を育てる肥沃な土地も、溢れ出る泉も与えられることは無かった。

しかし、かの者たちにはその手と智慧があった。


荒野に集いしは、強く賢き者。

その力と智慧持ちて、やがて築かれるは機械の大国。





「…凄い…凄いね!ね!?アーニィ!」
「ええ、噂には聞き及んでおりましたが…これほどとは」

森を抜けた先に広がっていた荒野を歩きつづけ、辿り着いた街に足を踏み入れた途端2人は感嘆の声を洩らした。

溢れかえる人々、故郷の国では見たことも無い大きな建物と見慣れぬ町並み。
目の前の食堂らしき建物に人が出入りするたびに、扉が音も無く開いては、またひとりでに閉まる。
一体どのような仕掛になっているのだろう…ジャッキーには想像もつかず、ただ首を捻るばかり。
自分にとって、扉というのは手で押したり引いたりするものだったからだ。

「ねぇ、あの扉は何でひとりでに動くのかな?開けたり閉めたりする人が居るのかな?」
「あれは…私も良くは存じませぬが、この国では機械とやらを使った技術が発達しているとのこと。その力を利用しているのではないでしょうか?」
「へぇ…凄いなぁ…。他の町とは全然違うね、人も沢山居るし…」
「当たり前さぁ、この国は世界一なンだからさぁ!」

ただただ目を丸くするばかりのジャッキーが人波に攫われぬように、アーノルドは寄り添って歩きながら、主の疑問に答えを返す。
その会話に突然割り込んできた、歌うような調子の声に、2人は思わず振り返った。

「あんた達、旅人かい?」
「―――ああ、」

明るい金の髪の上に乗っているのは、羽飾りのついた帽子。背中に楽器のようなものを背負っている―――アーノルドは警戒し、ジャッキーを庇うように半歩前に出た。
そんなアーノルドを気にかける様子もなく、その青年は気安い様子で尚も話し掛けてくる。
「俺もさ、歌を歌いながら世界を回ってるンだ」
「じゃあ、あなたは…吟遊詩人?」
「詩人、だなんてガラじゃないけどサ。俺は俺の感じるままに歌ってるのさ」
少し芝居掛かったセリフも、この男には何故かさらりと馴染む―――そしてそんな男を警戒することもなく、にこにこと会話をしている主…ジャッキーの様子を眺め、アーノルドは小さなため息をついた。

「ねぇ、何でこの国が世界一なの?他の国は?」
「…な〜んにも知らないのか?ヤレヤレ、困ったね…アンタ、」
無邪気な様子で尋ねるジャッキーに、尋ねられた青年は少々大げさ(これが彼の普通なのかも知れない)に驚いた様子を見せる。
そして不躾に顔からつま先まで視線を流して、わざとらしくため息をついた。
「一体、どこの世間知らずの王子様だい?」
「えっ、…お、俺は…」
「お父上に命じられ、遊学の途中なのです。ジャッキー様は産まれた街から出たことがございませんでしたので。私は従者のアーノルド。」
「…ふ〜ん、お坊ちゃまの漫遊旅か」
「あっ、ああ!だから、この国にも来るの初めてで…」
正真正銘一国の王子であるジャッキーは、確かに少し世間を知らず―――男の冗談に戸惑う主を素早くフォローするアーノルド。
まさか本当に王子がこのように異国をフラフラしてるとは誰も思うまいが、何処の誰とも知らない男に身分を明かす訳にはいかない。
アーノルドの言葉になんとか調子を合わせることは出来たジャッキーを、目の前の男はそれ以上詮索をすることは無かった。
「な〜るほどね。…ああ、俺はミゲル・アイマン、さっき言った通りの歌う旅人サ。」
そう名乗って―――ミゲルは片目を瞑って寄越す。
「この国は世界で最も富める国―――機械の国さ。その研究された技術で、どの国よりも強くなった。」
ま、実際に街を歩いてみりゃ、嫌でも分かるさ。
言って、くるりと背を向ける。

「いゃ〜、しかしアンタら運がいいな!どうせ知らないで来たんだろう?―――イイもん見れるぜ?」
「?」
「何か行われるのか?…やけに人が多いように思うが」

街の中を歩き出したミゲルに、そのままついて行くジャッキーを追って―――無論、警戒したままに―――アーノルドは辺りの人ごみを見回した。
いくら最も栄える国の城下町とはいえ、街はまるでお祭り騒ぎの様相である。

「まるでお祭りみたいだね」
「正解!その通りさ、お坊ちゃま」
アーノルドの心情をそのまま声に出したジャッキーに、勢い良く振り返ったミゲルが指を突きつける。
その仕草に驚いて固まってしまったジャッキーを尻目に、ミゲルが語り始めた。

「祭りさ…なんたって、この国の王子サマが未来の花嫁を探してるんだからな!」
「王子の花嫁…?」
「そう、事の始まりはなぁ―――」



かの国の王子は、それは端整なお顔に、流れるような白銀の髪、そして宝石のような瞳をお持ちのお方。
さらには勇猛果敢な騎士でもあらせられます。
その剣は星のように流れ、その姿は見るものを魅了せずには居られません。

若き王子は、白銀の騎士と称えられ、数多の姫君が心を奪われました。

しかし王子はどの姫も娶ろうとは致しません。

王子はやがて王になられるお方、王には妃が寄り添うもの。
母である女帝様が、何度仰られても、王子は首を振るばかり。


―――わたくしは騎士として、世界一のこの国と母上をお守りしたいのです。


女帝様は考えました。

我が王子に相応しい、世界一美しい姫が居たならば、王子の心も変わるであろう…



じゃららーん。

いつの間にかギターを弾きながら歌い始めたミゲルの周りに、聴衆が集まっていた。
人々は頷きつつ、ミゲルに向かって銅貨を放る。
やがて歌が終わると、ミゲルはギターを元の通りに背負い、放られた銅貨を布袋に収めた。

呆気にとられていたジャッキーも慌てて自分の懐を探ったが、アーノルドに視線で制される。

「っつーことでだな!明日の夜に、姫君を集めて舞踏会が行われるんだとよ。だから今、その姫たちや何やらが集まってきてて、賑やかなのさ」
「成る程、」
「王子は…そうだなぁ、坊ちゃんと同じ年頃かねぇ。―――王子ともなると、何かと大変さ。アンタみたいに旅なんぞしてられないんだろうな」
「あ、…そ、そうだね…」
ミゲルがそう言って笑いかけるのには、流石に複雑な思いを抱くジャッキーであったが。
「え、っと―――あっ、ねぇ、ミゲル!」
「ん?」
「その―――王子様に会ったり…出来ないかなぁ?」
「…ハァ?何でよ?」

力を求めよ。

国の再興の為、世界に散る力を。

―――なんて言えない。

「ん…と、」
「―――そのような名高い騎士であり、また王子である立派なお方には、私もお会いしたいと思いますよ」

口篭もるジャッキーの横で、淀みなく言って微笑んだ―――アーノルドに、ミゲルは成る程、尤もだというように頷いた。

「ま、会ってみたいとは思うけどねぇ…実際、一国の王子なんぞにゃ早々会えないわな」

―――今、一国の王子を目の前にしているが。
言える訳の無い言葉を飲み込むアーノルドの横で、当の王子・ジャッキーは、そうだよね、などと同意している。

「でもお妃候補が決まれば、そのお披露目でパレードをやるとか言うハナシだし…遠くからなら見られるかもな?」
「遠くから…」
「ああ―――『世界一美しい姫』なら別だけどな!ははっ、」

言って、ミゲルが笑い声を上げた。

Date: 2005/06/28(火) No.1


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