世話になった女将に礼を言い―――約二日分の食料を分けてもらった―――二人は、清々しい空気の中、再び馬上の人になった。
「たくさん寝たのが良かったのかな、体が軽いや」 「それは安心しました」 「アーニィ、昨日遅かったよね」 「え?ええ…」 「部屋に戻ってきたのは分かったよ、ちょうど眠りが浅い時間だったみたい」 「そうですか」 もしや起こしてしまったのかと一瞬危惧したが、杞憂だったらしい。 「で―――どこへ行くの?」
「ウンターミネルバという街をご存知ですか」 「―――あぁ、グラスランドの端っこだろ」 「そこへ向かいましょう」 きっぱりと言うのが逆に疑問なのか、ジャッキーは馬に揺られながら隣のアーノルドを見た。彼は真っ直ぐ前を向いたまま、 「城下の次に大きな街です。物も情報も集まる。それと…あそこは、かの『霧の森』のすぐ傍です」 「霧の森って…あれだろ、魔女が住んでるっていう」 「ええ。魔女魔女と言われていますが、彼女は―――いや、魔女としか言い様がないのか」 「アーニィ、まさか魔女と知り合い?」 「知り合いというか…王子だって、会った事があるのですよ」 「えぇ?嘘、」 「嘘など申しません。彼女は、グラスランドの代替わりと世継ぎ誕生の折りに、城に来るのです」 「―――へえ!あ、じゃあ俺が生まれた時に…?」 「そうです」 そういうアーノルドの口調は断定的だが、二人の年齢差が一つに過ぎないのだから、それだけの理由では、彼が魔女を見知っている証拠にはならない。しかしジャッキーはそれまで思い至らず、とりあえずの納得を表した。 「きっと彼女は現状を知ってはいると思いますが…我々が今後どうしたら良いのか、助言を乞うには適当な存在だと」 「…あぁ、分かったよ。で、どれくらいかかるの?」 「そうですね…ウンターミネルバまではこの調子でいけば、三日といったところでしょうか」
幸いに快晴。 馬も人間も体調は良い。 細い街道を進みながら、二人の話はほとんど止まらなかった。
街中にある場合の、二人の身分。 呼び方、服装、言葉遣い。 確実に毎晩ベッドで眠れるとは限らない事。 野宿する場合気を付ける事。
アーノルドが一晩考え、気付いた限りの事を述べる。 必要な事・改善せねばならぬ事はたくさんあった。 何よりも、我慢を強いることが多すぎる。 今はまだジャッキーも素直に頷いているが、実際直面したらどうか分からない。 そうなった時に自分がどこまでフォローできるか―――アーノルド自身の不安は小さくない。
「俺、さ」 「王子…?」 会話が途切れた後、ジャッキーが口を開いた。 「多分、色々戸惑うと思うんだ。それで、アーノルドの手を煩わせたり、困らせたり、悩ませたり…いっぱいあると思う。だから、先に謝っておく。―――ごめんなさい」 驚いたアーノルドが馬上で振り返る。彼を静かな面持ちで見つめ返すジャッキーは、どこまでも真剣だった。 「でも、アーノルドが一緒で本当に良かった。俺一人じゃ、何にも分からなくて出来なくって…だから、ありがとう」 「王子…そんな、ことは」 「きっと俺は甘いから…ちゃんと、怒って。そして、教えて。俺…できるだけ、頑張るから」 まだ、何も分からないけれど。 でも、君が傍にいるのだから。 「何からすればいいのかさっぱり分かんないし、正直途方に暮れてるんだけどさ。…でも、何かしなくちゃならないんだよね。そうじゃなきゃ、」 別れの言葉すら言えなかった両親。 逃がす為に残った騎士たち。 ―――炎に飲まれていった、多くの人の。 「俺、自分が許せなくなるから。…きっと」 生きて、生きて。 生きろと叫んだ者を裏切りたくない。 何故こんな運命、と嘆くのは容易い。 もう嫌だと投げ出すのは、何時だって可能だ。 でも、まだ、―――だから。 自ら捨てることは、しない。
「―――もう…また……俺ってこんなに泣き虫だったかな…はは、ごめんアーニィ、ちょっと…あぁ、」
泣きながら前を見つめる姿は、真っ直ぐだった。 泣きながらも進める彼は、強いと思った。
+++++++ 「混迷の瞳」終 浮遊大陸編2 「出会いの上澄」へ続く
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Date: 2005/10/07(金)
No.7
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雪里@うっかり
2005/10/07/15:30:04
No.8
浮遊大陸編、かなり長くなりそうです。 何せ、メインのキャラがまだ出てこない。 サブタイトルは予定になかったのですが、急遽つけることに…そうしないと延々数字が続いて、「浮遊大陸編32」とかになっちゃいそうで(笑)。 城を出た二人、まずは最寄の村に辿りつきました。 そして出会ったムウマリュ。…誰ですか、フラノイじゃんとか思った人は(笑)。 この二人は、またいつか出てきます。 ムウマリュ出会い編がすでにあったりして…書くかは未定。 さて、次からはガンガンキャラクタを出していきたいと思います。 まずはアサタリ☆お楽しみに〜v
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