Legend of Seed.

〜Intermezzo〜
担当:雪里


インテルメッツォ4  2005/09/26(月)
インテルメッツォ3  2005/09/26(月)
インテルメッツォ2  2005/09/26(月)
インテルメッツォ1  2005/09/26(月)


インテルメッツォ4


 一瞬にして全てを焼き尽くす業火など、有り得ぬと今は信じている。

 「良いですか、王子。確かに城も街も、あの焔で焼かれたでしょう。しかし、必ず生き延びた者はおります」
 「…本当?」
 「あの広大な土地を、早々は灰にできるものではありません。ましてや、…一体何人が我が国で暮らしていたとお思いです?少なからず、逃げ、―――復興を願い、待つ者がいるはずです」
 「―――そう…」
 「建物はいくらでも作れます。人は生まれ、育ちます。ただそこに、慕うべき主君を持つのは、自然の流れに任せる事はできません。誰でも良いことはない。相応しい者がつくのです」
 「…アーニィは、それが、俺だと…思うの?」
 「私だけではありません。我が国の皆が、そう思っているのです」
 「そう、かな」
 「ご自分ではなかなか分からないでしょうが…」
 アーノルドは少し困った様子で、抱き締めたままのジャッキーを撫でた。
 「貴方こそ、グラスランドの後継者に相違ない。―――これが国民の総意だと、信じていただけませんか」

 ジャッキーの脳裏に、気さくな城下人が浮かぶ。
 いつも笑顔の屋台の店主。
 無邪気に遊ぶ子ども。
 些かおせっかいな宿の女将。
 そして、
 愛してくれた城内の大勢。
 家族、友、そして。


 二つの体は一瞬離れ、再び接触した。


 「お、うじ―――」
 「アーニィ…アーニィ、お願い、居なくならないで…お前まで、俺の傍から、消えないで…」
 そうだ、生まれた時から在ったのだろう。
 この存在、匂い、想い。
 大切なものを一遍に何もかも失ってしまったけれど、お前だけはまだ、ここに居てくれる。
 お前が壮絶な願いをかけてくれるというなら、自分は―――

 「アーニィ…いつか、一緒に、帰ろう」


 その時まで、二人とも、何があっても生き抜くのだ。
 今この瞬間、堅く抱き締め合ったことを、忘れずに。





 きっと、君は泣かないんだね。
 僕等はちっぽけな二つの人間に過ぎなくて、
 ましてや僕なんかは、いつも君に守られてばかりで。
 だから、君は泣けないんだね。

 ごめんね、アーニィ。
 君だって、同じくらい、悲しくて悔しいんだってこと…。
 気付くのが遅くて、ごめん。
 けれど、その代わり、さ。
 今は、僕が君の分まで、泣かせて欲しい。

 「アーニィ―――!」
 飛び込んだ腕の中で、一生分とも思えるほど、涙が溢れた。
 そうして、彼は、震える手で、

 ずっと―――抱いていてくれた。





 夜が明ける。
 目が痛くなるまで涙が流れて、
 感覚が麻痺するくらい撫で続けて。
 白と黒、対の二頭が首を廻らす。
 稜線がよりくっきりと、存在を誇示する。
 峰の間からゆっくりと、白くて朱い、恒星が顔を出す。
 カレは容赦なく世界を照らし、
 二人を現実に生かす。

 新しい日が、始まる。






++++++
 幕間・終幕
 浮遊大陸編へ続く
Date: 2005/09/26(月) No.4


インテルメッツォ3

 貴方は、私を。
 ―――恨みますか?



 「そんな、こと…」
 「構いません。王子がそれで…許せぬと、それで、明日を生きられるというのなら」

 しかし、譲れないのは。
 例えどう思われても、己は貴方の傍を離れないという事。
 恐ろしかった。
 多分目の前の青年は、恐怖よりも悲しみが大きいのだと思う。
 自分は、何よりも恐ろしい―――彼を失うかもしれないという、その想像が。

 「王子―――」
 声、は。
 耳という受容器官を通してではなく、脳に直接染みた。

 指先の力すらなくなっていたジャッキーは、突きつけられる力に、為す術もなく甘んじるしかなかった。
 そして気付く。
 己が身を抱きすくめる、その身体こそ―――震えている事に。

 「私が何をも感じていないと…恐ろしくも、悲しくも、悔しくも…ないとお思いですか」
 「アーニィ…」
 「何故こうなったのか、何故我々は故郷を失わねばならなかったのか。…分からない!ですが―――だからこそ!…私は、貴方を護らねばならないのです。何に換えても!」

 愛する主君、愛する友―――貴方に伝えたいと思う。
 私一人の身勝手な一生の誓いを。



 ふとした瞬間に頬を撫ぜる微風…その時は、小さなベッドを覆うレースが、小さく小さく…祝福する様に、風がそよいでいた。

 「さあ、」
 促されて、一歩前へ進み出る。恐怖や不安によるものではない、緊張感。
 母―――国のそれであり、且つ又、唯一無二の我が子の―――が、優しい微笑で頷く。
 「貴方がこの子に仕えてくれるなら、安心ね」
 父の手が背中に触れる。
 「お前が、王子をお護りするのだぞ―――何があっても、この先…お前の生の限りだ。いいな、アーノルド」
 「はい、父上」

 そうして少年は、出会った。
 恐る恐る差し伸べた手…まだ細く短いその指を、更に小さな…手の平が、握り締める。きゅう、と吸い付くような感覚。
 あぁ、目眩がする。
 「僕が、」
 君を護る―――例えどんな運命に見舞われようとも。

 赤子に何が見えただろう―――しかし、確かに。キラキラと輝く空色の瞳は、幼い騎士を捉え…笑んだ。

 光と風と、大いなる祝福に満ちた―――幸せな日々の始まり。




 あの日あの時、自分は見、思い、願ったのだ。

 彼、ただ一人の為に、と。



 「王子―――貴方は、生き延びて、いつか我が国を再建して下さる、」
 「・・・・・」
 「それは私だけではない。我が国の、全ての者の願いのはずです。今は何一つ分からずとも、きっと道はあります」
 「あ、アーニィ…でも、俺、」
 か細い声。だがそれは、希望の一筋なのだ。だから、絶やすわけにはいかない。
 「信じてください、どうか…。私は、私は貴方を決して裏切らない。貴方の傍を離れない。貴方が…生きていてくださる、その限り」
 その為ならば、何をしても自分は。

 御身の代わりに泥を啜っても
 御身の代わりに身を裂かれても

 私は貴方を生かしてみせる。
 そうさせる、光なのだと。
 貴方はいつか、知ってくれるだろうか―――。






++++++
 インテルメッツォ4へ続く
Date: 2005/09/26(月) No.3


インテルメッツォ2

 遥かに見える稜線の輪郭が、薄らと浮かび上がっている。
 モノクロが僅かに色を帯び、グラデーションを描きだす。
 押しやられた夜空は狭そうに、尚も輝こうとする星々を敷き詰めて、ゆっくりと巻き込んでいく。


 グラスランド城が影にしか見えなくなる程の距離を移動して。
 おざなりな街道は細く、身幅ほどしかない。他は一面、名も知らぬ草が生い茂り、所々に忘れられたような木が点在している。
 白馬を降りたジャッキーは、そのまま地面に崩れ落ちた。草々に埋もれるように。
 「…王子…」
 馬の半歩分、先を進んで歩みを止めたアーノルドは、そうと振り返る。
 動かないジャッキーを見て取ったアーノルドは、遅れて馬を降り、すぐ傍に膝を折った。
 「どこか具合でも―――」
 肩に手を添えると、弱々しく首を振る。
 「―――ですが、この辺りで馬を休ませましょう。王子も」
 静かに言葉を続けようとしたアーノルドだったが、眼前をジャッキーの白い肌に占められた勢いで口を噤んだ。
 「っ…なんで…そんなに冷静なのさ!アーニィは…なんで?帰る場所、ないんだよ!?」
 「王子」
 「城も、街も…なくなっちゃったんだ、よ…?」
 張り詰めていた涙が、瞼で途切れ、頬を伝う。
 記憶の中の焔は、どれだけ涙を注いでも消えない。
 暗い瞼の裏で、轟々と音を立てている。
 「何…何なんだよ、もう…俺、解かんな―――ちっとも、解かんないよ!」
 ぎり、と友の腕を掴む。引き締まった二の腕は容易に指先など食い込まないが、ジャッキーは渾身の力で握り締めた。
 「父上も母上も、アーニィの父上も…みんな、もう居ないんでしょう?街だって燃えてた、みんな死んだんでしょう?」
 「・・・・・」
 「俺が理解してるのは、何もかも燃えたって事と、俺とお前が今こうやって逃げてきたってことだけだ!」
 「―――私も同じです」
 「じゃあ、何でそんなに落ち着いてるんだよ!」

 今は黒く見える双眸がぎらぎらと光るのは、滴る涙の所為なのだろう。

 「これが夢だって分かってるとでも言うの?だから、そのうち目覚めるから、慌ててない?」
 「違います、王子。…夢ではありません」
 「アーニィ―――お前、」
 ふと逸らした視線の先で、二頭の馬は寄り添って草を食んでいる。
 軽装なのは、馬も人間も同じだった。部屋に戻って悠長に旅支度をしたわけでもない、当然の現実だ。焔に追われる様にして背を向け、何から逃げるのかも良く解からず、ただ、少しでも遠くへと思って馬を走らせてきた。
 絶句したまま愕然とアーノルドを凝視するジャッキーの視線は、あの焔以上に熱く感じる。熱すぎて、痛い。

 たった二人、放り出されたような、この草原に。

 「…私は」
 表情を殺ぎ落とした横顔は、ぞっとする程綺麗だった。
 「―――王子、私は…私の、何よりも、遂行しなくてはならない、ことは」
 顔だけでなく、声からも―――表情は無い。

 頬に流れた涙の筋が、風に撫でられて冷たい。

 「あ、」

 「城や街ではなく、親や国でもない。それ以上に優先するのは、何よりも―――貴方、ただ一人だ」

 左右の耳を突き抜けて、風が吹く。

 「貴方の命を護る為だけに、私は存在する。だから、私は貴方をあそこから逃した。そして、今後も、貴方を生かす為に生きる」

 それは、己のエゴなのかもしれない。
 彼の生命の為ならば、と―――彼が愛するものをすら、見殺しにできる。
 いつか…いや、今日限り。
 彼は己を恨むかもしれない。
 それでも…


 「それでも、私は―――貴方を、何からも、護ってみせる」





+++++
 インテルメッツォ3へ続く
Date: 2005/09/26(月) No.2


インテルメッツォ1


 何故僕等は泣かなければならなかったのだろう。
 何故、悲しい現実に甘んじなければならなかったのだろう。

 僕は弱かった?
 君も弱かった?

 そうさ、僕等は強くなんてなかった。
 所詮剣は一寸先にしか届かない。
 明日を視ることなんてできやしない。
 だから、僕等は走るしかなかった。

 力を持つには幼すぎた。
 力を求めるには優しすぎた。

 だから、僕等はここから走り出す。


 もうすぐ夜が明ける。
 悪夢の一夜は過ぎ去る。
 そうして、真実の恐怖が押し寄せる。
 太陽なんて本当は残酷なのだ。
 見たくないものすら、白日の元に晒す。
 僕等はそれを見なくてはならない。
 瞼を閉ざしても、涙は堪えられないのだから、
 それならいっそ、
 真白い現実を見つめて泣き叫ぶのを選ぶ。
 そうしたら、きっと。

 その先をようやく見ることが叶うだろう。



+++++
 インテルメッツォ2へ続く
Date: 2005/09/26(月) No.1


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