一瞬にして全てを焼き尽くす業火など、有り得ぬと今は信じている。
「良いですか、王子。確かに城も街も、あの焔で焼かれたでしょう。しかし、必ず生き延びた者はおります」 「…本当?」 「あの広大な土地を、早々は灰にできるものではありません。ましてや、…一体何人が我が国で暮らしていたとお思いです?少なからず、逃げ、―――復興を願い、待つ者がいるはずです」 「―――そう…」 「建物はいくらでも作れます。人は生まれ、育ちます。ただそこに、慕うべき主君を持つのは、自然の流れに任せる事はできません。誰でも良いことはない。相応しい者がつくのです」 「…アーニィは、それが、俺だと…思うの?」 「私だけではありません。我が国の皆が、そう思っているのです」 「そう、かな」 「ご自分ではなかなか分からないでしょうが…」 アーノルドは少し困った様子で、抱き締めたままのジャッキーを撫でた。 「貴方こそ、グラスランドの後継者に相違ない。―――これが国民の総意だと、信じていただけませんか」
ジャッキーの脳裏に、気さくな城下人が浮かぶ。 いつも笑顔の屋台の店主。 無邪気に遊ぶ子ども。 些かおせっかいな宿の女将。 そして、 愛してくれた城内の大勢。 家族、友、そして。
二つの体は一瞬離れ、再び接触した。
「お、うじ―――」 「アーニィ…アーニィ、お願い、居なくならないで…お前まで、俺の傍から、消えないで…」 そうだ、生まれた時から在ったのだろう。 この存在、匂い、想い。 大切なものを一遍に何もかも失ってしまったけれど、お前だけはまだ、ここに居てくれる。 お前が壮絶な願いをかけてくれるというなら、自分は―――
「アーニィ…いつか、一緒に、帰ろう」
その時まで、二人とも、何があっても生き抜くのだ。 今この瞬間、堅く抱き締め合ったことを、忘れずに。
きっと、君は泣かないんだね。 僕等はちっぽけな二つの人間に過ぎなくて、 ましてや僕なんかは、いつも君に守られてばかりで。 だから、君は泣けないんだね。
ごめんね、アーニィ。 君だって、同じくらい、悲しくて悔しいんだってこと…。 気付くのが遅くて、ごめん。 けれど、その代わり、さ。 今は、僕が君の分まで、泣かせて欲しい。
「アーニィ―――!」 飛び込んだ腕の中で、一生分とも思えるほど、涙が溢れた。 そうして、彼は、震える手で、
ずっと―――抱いていてくれた。
夜が明ける。 目が痛くなるまで涙が流れて、 感覚が麻痺するくらい撫で続けて。 白と黒、対の二頭が首を廻らす。 稜線がよりくっきりと、存在を誇示する。 峰の間からゆっくりと、白くて朱い、恒星が顔を出す。 カレは容赦なく世界を照らし、 二人を現実に生かす。
新しい日が、始まる。
++++++ 幕間・終幕 浮遊大陸編へ続く
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Date: 2005/09/26(月)
No.4
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