香川市民劇場例会感想文集

2004年6月例会地人会公演 雁の寺

感想文

◎「戯曲と小説」

 戯曲になると小説とは随分違うと思いながら芝居

を見た。芝居では小説とはまた違って生身の人間が

直ぐそこで動く。具体的で臨場感にあふれている。

小説では「なんでもあげる。うちのものなんでもあ

げる」といった。すると慈念は躯ごと力を入れて、

里子を押し倒した。格子戸の外に風が出て、庭木の

葉ずれがはげしく鳴った。

というくだりが戯曲(芝居)では、

里子 うちの躯をあんたにあげるわ。あんた。

   あての躯と好きなようにおし。あてがあんた

   にあげられるもんは・・・なーんもあらへん

   ・・・あての躯をすきなようにして・・・・

   ぬくもりおし・・・。

(帯をといて、胸をひらき、慈念をかき抱く。慈念

突如として、里子にだきついてゆく)

闇ー−−−。

と、きわめてリアリズムで生臭い。

 水上勉の小僧時代の経験や見聞が土台になってい

る。実話ではないにしろよくぞまあ禅宗の伽藍生活

をしっかりと書いたものだ。

慈念の出自からくる心に秘められた希求は「餌をふ

くませている母親雁の心」なのであろう。

 それにしても慈念が哀れである。

嵐広也は慈念を懸命に演じた。しかし、慈念と年齢

が余りにもかけ離れすぎている、体形も。無理があ

る。慈念はやはり15,6才の小坊主に見えねばな

らぬ。高橋惠子の里子は、「ぞくっ」とするほど美

しかった。見事に里子を演じて見せた。

                 長月 男性

 

◎まず高橋惠子さんの妖艶な美しさに圧倒されまし

た。

 そして、約3時間、情緒ある中にもスピ−ディ−

な展開に退屈せず見ることが出来ました。

 金内喜久夫氏の達者な演技は定評のあるところで

慈念を演じた嵐広也くんは、名門嵐芳三郎氏のご次

男という血筋の良さを除いても大変な熱演であった

と思う。端正な美貌の持ち主である。今後に、大い

に期待したい。         菜の花 女性



◎ドキッとしました。里子が庭先で足袋を脱ぎ捨て

素足の美しさを惜しげもなく慈念の眼前にさらけ出

した場面を見てでした。昭和10年前後では女性が

男性の目の前でこのような仕草を見せることは殆ど

無かったのではないかと考えたからです。今の時代

電車の中ででも脚をおっぴろげて下着まで見えるよ

うな座り方をしている高校生から妙齢の女性を見慣

れた者としては隔世の感を覚えました。

 全体にその昔のエロチシズムが溢れていて、しか

し、いやらしくなく上品な流れで当時の社会?男女

のあり方を彷彿とさせると感じました。

 慈海を殺したのは、里子への愛情からでしょうか

?それとも自身への虐待に耐えかねてでしょうか?

いろんな解釈を与えてくれた結末に楽しさを見出す

ことが出来ました。

 それにしても本音と建前の社会は、政治だけでは

なく宗教の世界(しかも禅宗の)にまで蔓延してい

たのかと考えるときいささか寂しさを禁じえません。

                    男性



◎今回初めての参加で「雁の寺」を観て感激してい

ます。観劇後、家に着いたのは10時50分で、そ

れから一通りの家事を済ませて眠ったのが、いつも

より大分遅くなりました。明日の仕事大丈夫かな!

という心配も、翌朝のスッキリとした目覚めで吹き

飛んでしまいました。その日一日、頭も体も軽く、

楽しく仕事が出来たのも例会のお陰だと思います。

今後も、気分をリフレッシュして仕事へのエネルギ

−にしたいと思います。本当に「感謝!」です。

          グレ−プフル−ツ 女性



◎今日6月2日の演劇は大変面白かった。若狭の地

形上、昔から貧しい地域で人々が苦しんでいた事が

よく解った。特にしわ寄せが女の上にかかって来る

ことも理解できる。高橋惠子さんの動作がうまかっ

た。さすが大女優さんだと思った。若坊さんに扮し

た慈念さんもうまい方だと思った。地方では度々見

ることは出来ないけれど続く間は観覧したいと思い

ます。お世話をしてくださる方々のご苦労に感謝し

ながら一筆感想をお知らせいたします。

 水上勉作の「雁の寺」はずっと前に読んでいたの

に忘れていたのを思い出しとてもよかった。

               20年会 女性






◎この芝居は映画化されたのを見たことがあった。

芝居の方は映画より数段まとまりが良かった。この

芝居は三つの層から成る芝居だと思った。

@青年(少年)僧の母を慕う芝居

A青年僧の老僧侶への憎悪(虐待)に対する反発、

 そしてそれに対する殺人

Bそれを完全殺人たらしめた松本清張的解決

いずれの主題も興味があり過不足なく表現されてい

たとは思うが、最近の事件、佐世保の小学校の事件

を考えるとき、Aの青年僧(若しくは)少年僧の鬱

屈した気分を良く表現したものと見た。

                     

◎これはさすがに重たい作品であり、氏族社会、部

族社会、あるいは祭政一致の社会の人間の悲劇、上

下の亀裂を深く考えさせた。高橋がいなければこの

芝居は成立しないほどの適役。しかし、嵐も金内も

高橋に次いで適役、しかも好演であった。陰鬱な風

景における悲惨な美と愛の刻印は確かであるが、個

人の自立と人権をうたう今日の社会の若者にはどう

見えるであろうか。原作の暗示する母子像(裏返し

て父子像)を現代の青年はどう受けとるのか、聞い

てみたいと思った。

 舞台については群像のシ−ンはもっと自然な日常

感があれば一層よかったと思うし、場面転換の頻度

が多すぎて、客席のわれわれの感情移入を途切れさ

せ没入の妨げとなったのは残念である。水上文学は

「文学」であって、その原作を超えての芝居として

の完成度を果たすのは容易ではない。

             バ−コット 女性



◎最初に雁の寺を魅き付けたのは舞台と装置。

「本来無一物」の掛け軸は正に作者水上勉さんの出

発点であり、この芝居の原点と想えてくる。

 舞台は回って、背高でもの申しそうな釈尊像が暗

闇から現れる。それは住職、慈海と襖絵の雁一家に

何かを諭しているように見えた。

 次に注目したのは、寺に入り込んできた元祇園芸

者里子役の高橋惠子さん。テレビではたまにしか視

ることはないが、この小舞台を大々的に弾ませる魔

力がこの人にはある。老住職を巧みに操る色気、孤

独の共感から嵐広也さんの慈念へのほとばしりでる

母性本能と欲情を交差させながら、実に歯切れよい

口調で語りかける姿に、これぞ名優と思わせるに充

分な夜だった。         さおり 男性



◎金内喜久夫さん演ずる慈海和尚、良かったですね

え。僕が原作を読んで抱いたイメ−ジ通りの存在が

舞台に出現しています。坊さんという聖職者として

の面と一匹の雄としての面が混合している慈海とい

う人物が単なる悪者じゃない!と金内さんが実に上

手く演じていました。もうちょい太っていれば最高

でしたね。

 それにしてもまあ、慈海和尚の食通なこと!なん

か・・・池波正太郎の小説みたい・・・。

 ただまあ不満をあえて言うならば、昭和8年の好

色僧侶が「軍国主義」なんていう単語を口にすると

はとても想えません。もっと俗っぽくてHくさい表

現で軍国主義に相当することを言わせて欲しかった

ですねえ。

 そうそう忘れていました。高橋惠子さんは美しか

ったですなあ。仕草も一つ一つ実になまめかしかっ

たし。14才の少年にとっては刺激が強すぎますよ。

慈念は毎晩何度もオナニ−していたのでは・・・と

妄想してしまいます。

                ちきり 男性



2003年度「四国市民劇場賞」贈呈式

「まくあい」355号でお知らせしたように、03

年度の四国市民劇場賞は「はだしのゲン」に決まり

ました。その贈呈式が、5月23日(日)に東京の

俳優座劇場で行われました。

ミュ−ジカル「港町ちぎれ雲」の熱気冷めやらぬ中、

終演後、四国からの参加者と「はだしのゲン」の役

者・スタッフが劇場の客席で再開し、なごやかな雰

囲気の中で贈呈式が行われました。

 表彰状と副賞が、主宰の木山さんと主演の田中実

幸さんにそれぞれ贈られました。副賞は、ゲンと新

次が原爆ド−ムを背景に麦畑の中を元気に走る姿を、

徳島の藍染めで描いたすてきなタペストリ−で、劇

団のみなさんからも「美しい」と感激の声が上がり

ました。会員のみなさまにお見せできないのが残念

です。贈呈式には、香川から三宅と崎山が参加しお

祝いしました。            事務局