香川市民劇場例会感想文集

2008年9月例会加藤健一事務所 詩人の恋
感想文
◎期待していた加藤健一事務所の演劇。素晴らし
かったですね〜。
たった二人で息もつかせぬ展開を見せこの長丁場
を最後まで飽きさせない技量に感動しました。
 己の表現力に技術に、お互いが自信を持ってぶ
っつかりあう。凄まじい葛藤があると思うのです
が、そこのところは少しあっさりしすぎかなとも
感じましたが。
 シュ−マンの有名な歌曲が次々と披露され、愛
の喜びから失恋の悲しみさらにその苦しみを振り
返る原曲の雰囲気がすばらしい声量とともに歌わ
れ、ハイネの詩の訳詞も付いていてよく分かりま
した。
 さすが読売演劇大賞の優秀作品賞を取っただけ
のことがあると思いました。
 舞台装置は簡素化され、照明もスポットを使用
して楽しく見せかつ聞かせる演出は見事の一語に
尽きると感じました。
 今日は帰って押し入れの中を探し、レコ−ドを
取り出してこの歌曲を聞いて、今受けたこの感動
にもう一度浸ってみたいと感じさせられました。
 隣の席の女性は岡山西大寺のサ−クル代表の人
で、岡山ではやらないので高松まで見に来た、期
待通りの素晴らしさだったと話してくれました。
それくらい期待されていたこのお芝居を私たちも
見ることが出来たことを感謝する一日でした。
 このナチス、ユダヤに関するくだりは今の若い
人が聞くといささか退屈するのではないかと心配
しました。それではいけないのです。戦争が如何
に人の心を傷つけるか、深い傷はいつまでも癒え
ないことを加害者被害者ともに十分知っているの
になぜ、今も紛争が絶えないのだろうかなどと考
えてしまいました。 何時藻男 70代以上男性

◎「詩人の恋」を見て、数年前に行ったダッハウ
の情景が浮かんできました。霧雨の中、夏休みと
いうこともあって多くの若者が訪れていました。
サナトリウムと見間違うような白い建物を見た時
思ったことは、「これが残っているのはすごい」
「絶えざる努力をしない限り、なかったものにさ
れるだろう」ということでした。今回のお芝居の
中で、「真実を伝えていない」と激怒する場面が
ありましたが、真実は、見ようと努力しない限り
向こうからはやって来てはくれないと思いました。
その中で何が起こったか・・・・・二度と起こさ
ない、あってはならないと思いました。
東京で見逃した「詩人の恋」が見られラッキ−で
す。「審判」も見逃したので、是非どこかで見た
いです。         ひばり 40代女性

◎マシュカン先生という存在そのものに、時の流
れが凝縮そして体現されていました。
 身も心も捧げた人間にしか決して到達しえない
深い境地を疑似体験させていただいたこと、本当
にうれしく思います。
総合芸術としての演劇そのものの力を久しぶりに
体感させていただきました。また、例会に来よう
と思います。本当にありがとうございました。
                 40代男性
◎「詩人の恋」について
これはいくらか奇妙な印象批評となります。この
芝居をみて、これは名技であり、二人芝居の典例
だと感じました。また、台本の緻密さと、人間復
活(失意にある両人がともに生き返り、共生の思
いに到達する)への見事な会話がシュ−マンのリ
−トによる、ピアノと歌とがピアニストと歌手の
逆の組み合わせ、つまり失意のピアニストは歌唱
から、歌手のほうはピアニズムから鼓舞と高揚を
得るというリ−トの構成力と神秘を私に予感させ
たからです。しかし残念ながら、一回限りの芝居
の初見からは、これを私の目と耳と身体の全体か
らこれを感得できたとは言えないのです。その点
では接近は実に困難で、これは難解な芝居だなあ
、との思いのみがかけぬけました。
所が私はもともと音楽好きの人間であるため、シ
ュ−マンのこの曲にいくらか通じていたこともあ
り、「詩人の恋」16曲は失恋にはじまり、失恋
に終わる、シュ−ベルトの「冬の旅」とはことな
る、故意の成就が詩の世界に飛翔する形での、不
思議なオプティミズム(これは底ぬけのオプティ
ミズムとことなるもの)をもっているとみている
ことから、この芝居の深い意味を間接的に読み取
っていることに由来します。
 しかし、これを芝居の舞台そのものから感得す
るためには、両人(マシュカンとスティ−ブン)
のせりふと歌曲の部分とが入りくんだ形で全てを
知っているか、理解しているかが決め手であると
思われ、それは一度の舞台で分かる筈はないと思
われました。
 これは脚本を幾度もよみかえし、また、シュ−
マンの「詩人の恋」を耳の奥にたたみ込んだ人間
にしか感得できない芝居ではないか、と私は何度
も何度も考え込むことになり、今は家で、レコ−
ドによってこの歌曲を毎日、聴き、その歌詞とピ
アノの音をつかむべく、がんばっています。この
歌曲を知らない人、ナチズムとユダヤ人問題に無
関心な人にこの芝居は理解不可能だと思い、見事
な芝居だと「推理」しつつも、これほど高踏的な
芝居も少ないと感じています。
 要するに、二つのこと、すなわち一つ目はリ−
トの曲は、声楽とピアノは二重奏であって、ピア
ノはたんなる伴奏でなく、両者が独立しつつ、お
互いが助けあい、反発しながら、お互いを必要と
していること、二つ目はこれは「詩人」の恋であ
り、一般人の恋ではない、マシュカンとスティ−
ブンが二人とも芸術家であること、このことが重
要であり、さいごの「棺」のところもそのことが
重大なフォ−カスであると思うのです。一回の上
演によって予備のない観客にこの芝居はほとんど
近づきがたいと強く思いました。
 芝居というもののありようを強く考えさせられ
ました。また、オペラでもミュ−ジカルでもない
「音楽劇」というものとは何か、これも問題です。
              バ−コット 男性