その11 別所哲也、カムバ〜ック!

     別所哲也。映画における別所哲也といえば、私が思い出すのは日本が生みだしたSF超大作『クライシス2050』('90年)。チャールトン・ヘストン、ジャック・パランスらハリウッド大物俳優らと堂々共演(しかし映画はトホホのホーホケキョとなりの山田君)、この映画で別所哲也は「どーだ、俺は英語ペラペラなんだぜ」とばかりにメチャメチャ得意気に英語を喋り、スター俳優たちに混じって妙なオーバーアクションをしていたのが涙ぐましくも印象深かった。


    以来、私は、別所哲也はとりあえず英語ペラペラなんだな、という認識はしていたのだが、特に好きだとかかっこいいとかはあまり思ったことがなく、彼に関しては、ちょっと口元がエッチくさいな、くらいのコメントしか頭に浮かんでこなかった。
が、そんな私の別所さんへの認識を根底から覆す事件が…


    それは忘れもしない’98年のアカデミー賞授賞式のこと。
この年のアカデミー賞といえば、『タイタニック』がノミネートされた14部門中堂々11部門を制覇、『恋愛小説家』の主演ふたりが主演男優・女優賞をアベック受賞するなどして、いつもにも増して世界中の注目を集めたことが記憶に新しい。
もちろん日本でも授賞式の日は朝から大騒ぎで、あちこちのラジオ・テレビ局が特集を組んでいた。そんな中、NHKから現地レポーターとして会場に派遣されたのが、他でもない別所哲也であったのだ。


    ワクワクしながら中継を見ている私たちに、別所哲也はいきなりかましてくれた。
「おおっと、キャメロン監督の隣には、リンダ・ハミルトンの姿も見えます。
『ターミネーター』で一緒に仕事をした縁で応援に駆けつけたのでしょうか?」
私はここで一度ズッコケた。リンダ・ハミルトンはジェームズ・キャメロンの妻だっ(当時)。普通の人がそんなことを知らなくても別に良いが、仮にも日本を代表してアカデミー賞のレポーターやるんだったら、監督賞の最有力候補にあがってる人の妻が誰かっちゅうことくらい勉強していかんかい。
ま、あたしも大人よ、このくらいは許してやるとしよう、と気を取り直したのも束の間、別所哲也のパワーはまだまだこんなものではなかったのである。


    数々の賞の発表が終わり、まとめにはいろうとしていたアカデミー特集番組だったのだが、日本のスタジオと衛星中継でつながった画面にアップで出てきた別所哲也は、「主演女優賞を受賞したヘレン・ハントは、以後のギャラが6億ドルに跳ね上がるでしょう」とのたまったのだ。

・・・・・・6億ドル?

    「6億ドルですか?…日本円で
6億円ではなく?6億ドルですか?」と、びびった司会者が生放送・全国ネットしかも衛星中継でのとんでもない間違いを必死で別所さんに気付かせようと何度も確認をするのだが、別所さんは何度そう訊かれても自分の間違いにはまったく気付かず、「はい、6億ドルです。」とにこやかに力強くのたまったのであった。
ちなみに『タイタニック』の製作費は2億ドルで、映画史上最高額。現在、ハリソン・フォードクラスのハリウッドトップスターの最高ギャラが、だいたい2500万ドル。すごいじゃん、ヘレン・ハント。


    『タイタニック』の制作費の3倍、6億ドルもらうからには、ヘレン・ハントも、脚本監督プロデュース全部こなした上で、タイタニック号の扮装して氷山に体当たりしながらエキストラも含めたキャストを全部自分でやるとか、それくらいはしてもらわないと…
別所哲也、英語は喋れるが、計算はどうも苦手だったらしい。


    こうして全国のみなさんに大ボケぶりを披露してしまい、当然と言えば当然だが、今年の3月、アカデミー賞のレポーターは別所哲也ではなかった。授賞式のもようは滞りなくお茶の間に伝えられた。
だが、私は何か物足りないものを感じていた。彼の6億ドル発言に「別所さん、あんたは…」と、絶句してしまった私であるが、別所さんがいないならいないでなんかすごく寂しい。私は別所さんがいなくなって初めて、彼のボケボケレポートぶりをけっこう楽しんでいた自分を発見してしまったのだった。


    別所哲也のいないアカデミー賞なんて、クリープを入れないコーヒー(古い)のようだ。テレビ局の方々、お願いだから次
回のアカデミー賞授賞式には是非また別所さんを派遣して下さい。あのボケぶり、クセになりそうです。