翌15日、土曜日、タイムトライアルの日である。これも奇数、偶数2グループに分かれて、20分間ずつ2回行われる。2回の内のベストラップで日曜日の予選ヒートのグリッドが決まる。当然、そんなマシンでタイムがいいはずがない。ビリだ。しかし、あきらめずにベストを尽くして走った。そんな僕の気持ちが通じたのか、メカニックも頑張ってくれている。が、マシンは良くならない。
 10月16日、日曜日、いよいよ本番である。マシンの問題は解決されていないままだったが、前夜はぐっずりと眠れた。サーキットに着くと、いつものようにみんなが笑顔で迎えてくれる。しかし、少し様子が違う。フランス語なので何を言っているのかわからないが、どうもマシンを換えてくれるらしい。「ついて来い!」と言うので行ってみると別のテントにハクスバーナの2サイクル360cc(260ccをボワアップしたもの)があった。わざわざ僕のために借りてきてくれたらしい。メカニックいわく、「排気量は小さいが、パワーはKX500よりある」。僕は目の前がバラ色になった。ひょっとしたら、バイルやシャンボーンについて行けたりするんじゃないか、なんて思ったりもした。やる気、元気、共に100倍である。
 フリープラクティスが始まり、心を弾ませながら、僕もコースインした。インフィールドでタイヤを暖めながら、マシンの操安性を確める。「グッドじゃないか!」心の中でそう叫んだ。このハスクバーナはまさにスーパーバイカーズマシンなので、サスペンションを前後共ローダウンしてある。モトクロス仕様そのままのKXとは雲泥の差であった。
 しかし、そんな思いも束の間、裏ストレートにかかったとき目が点になった。世の中そんなに甘いわけがない。360ccが500ccよりもパワーがあるわけがないのである。大は小を兼ねると言うが、小は大を兼ねない。このとき本当だと思った。笑顔でコースインしたはずの僕であったが、1周目の最終コーナーを立ち上がったときには顔面蒼白だった。
 プラクティスが終わり、ピットへ帰りメカニックにマシンのことを伝えると「やっぱりな」というような表情をしていた。結局、KXとハスクバーナとどちらで行くかと聞かれたので、同じパワーがないなら車体のいいハスクバーナで行くと答えた。
 予選ヒートの前、トランスポーターで着がえていると、メカニックに呼ばれた。また、マシンを換えてくれるという。今度はハスクバーナの4サイクル610ccだ。これは、シャンボーン兄弟を始め、ほとんどのライダーが乗っているマシンだ。これだ! 僕が求めていたものは!スタートまで5分もなかったので、ハンドルとレバー類だけ合わせて、大急ぎでウエイティングエリアへと向かった。と、その瞬間ラジエータホースから水、じゃなくてお湯が吹き出した。フランスまで来て、予選も走らずに終わってしまうのかと泣きたくなったが、メカニックの必死の作業のおかげで、何とかスタートには間に合った。
 スターティンググリッドは最後列だった。「後ろは気にする必要ない。攻めるだけだ」そんなことを思いながらまずまずのスタートを切った。ストレートでも快調な伸びをしていたので「これなら行ける!」と、鬼の追い上げを確信した矢先、急にエンジンが吹けなくなった。3周目のことだった。残り7周をこの状態で走りきり、チェッカーを受けるときにバイルに抜かれた。ラップ遅れだ。悔しかった。
 頑張って走ってるのに何でこんなに不運がつきまとうのだろうか。ピットに帰り、マシンを調べると、電気系のトラブルだということがわかった。すべてをこの後すぐ始まるラストチャンスにかけるわけだが、電気系すべてのパーツを換えようとしたところ、ローターを止めてるナットがゆるまない。時間がない。レースが始まってしまうので、そのまま行くことにした。
 走る前から結果はわかっている。だけど僕は全力を尽くした。もちろん自分のためでもあるし、僕のために頑張ってくれたメカニック達のためにも…
 僕のフランスのレースはここで終わった…。
 トランスポーターでツナギを脱いでいると、メカニックやチームの人達がこう言ってくれた。「今回は本当に申し訳ないことをした。来年はもっといいマシンを用意する。そして、早めにフランスへ来て一緒にテストをしよう」
 僕もそのつもりだった。今回のこの結果が実力だと思われるのは非常に悔しいので、もう少し早めに準備をして、また来年必ず来る。その思いでいっぱいだった。
 決勝は走れないが、ある意味では走れなくてもよかったと思った。それは、決勝までバイルの走りをまともに見れなかったからだ。というのも、バイルはゼッケン1で奇数組だから、ずっと僕と同じレースを走っていたためだ。見たのはフリプラクティスで抜かれる瞬間だけ。あっという間に見えなくなってしまったし…。
 だから、決勝は、僕の目はバイルに釘付けだった。スタートからぶっちぎるだろうと予想したが、やや出遅れた。代わりに抜群のスタートを見せたのは、ハスクバーナに乗るステファン・シャンボーンだった。しかし、バイルはあっという間に追いつき、あっという間に抜いた。だが、シャンボーンもいいペースで後ろについている。この2人、マシンも違うが、乗り方も全く違う。ハングオンスタイルのバイルに対して、足出しリーンアウトスタイルのシャンボーン。シャンボーンの方がアグレッシブでかっこういいが、やはりバイルには勝てない。
 バイルの走りというと、全くムダがない。その上ミスがない。同じペースで100周でも200周でも走ってしまうような気がする。周を重ねるごとにシャンボーンはジリジリと離されてしまい、最終的にはぶっちぎられた。3位にはシャンボーンのチームメイトで、同じハスクバーナ契約ライダーのルビオ。4位にシャンボーン弟。デマリアは6位に終わった。
 想像以上にレベルは高かった。それもそのはず、シャンボーン兄弟のようにスーパーバイカーズで飯を食っているライダーがいるくらいだから…。ヨーロッパでは、スーパーバイカーズが一つのカテゴリーとして成り立っている。フランスでは年間15戦位レースがあり、ベルギーやスペインでも開催されているそうだ。
 驚いたことに、シャンボーン兄弟はモトクロスもロードレースもやったことがないそうだ。つまり、スーパーバイカーズから始めて、今や、真のスーパーバイカーズ職人となっているのである。当日、お客さんも満員だった。コーズサイドをびっしり埋めて、ものすごい盛り上がりをしていた。これでは、いやでもライダーのテンションは上がってしまうだろう。
 今回、フランスでレースをして、結果こそ悲惨なものであったが自分自身いろいろな意味で本当にいい勉強をした。ワークス体制で何もかもそろって行くのなら話は別だが、プライベートで行く場合、メカニックが外国人だとすれば言葉の問題(特に英語の通じない国)、レース場での食事(オニギリや幕の内は売ってない)や飲み物等。レース以外の所で神経を使わなくてはならない。レース以前にしなければならないことが多いのである。今回、そのことをつくづく痛感した。
 フランスを立つ日、パリ市内で1台のXRを見かけた。そのXRには前後とも17インチのホイールとスリックタイヤが組み込まれていた。改めて、スーパーバイカーズ人気の強さを見せつけられたような気がした。日本でも町中でスーパーバイカーズ仕様のマシンを見かけるくらい、メジャーになればいいなと思うと同時に、そんな人気のあるメジャーなレースを走ることができて、幸せだなと思った。チャンスがあれば来年も再来年も来て、いつかバイルやシャンボーンと勝負できるようになりたい。今のところ、相手が大きすぎて想像もつかないが、決して無理なことではないと思う。そう自分の心に決めて、フランスを後にした。

すぺしゃるさんくす:「えかきやたま」さん、「ダートクール」誌、ぽち&マッ謙治

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