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・毛海 敬 スケッチ帳・福井の山・その1
ワンゲル仲間の画廊〜故・毛海敬スケッチ(元、福井大学工学部助教授・FUWVOB会員)没後10年の記念に公開されたスケッチ集から 「福井の山と半島」に関連したものを紹介しています。 その後遺族関係者から再度提供されたスケッチを追加しました。
野坂山[敦賀市] ← map ← 画像をクリックすると拡大します
このスケッチは「福井の山と半島」に掲載されています。 敦賀市街地から見る 野坂山とは印象が違うが登り口の粟野(関峠)からは富士山のように見える。 彼は野坂山が富士山のように見えるポイントを探したのかも知れないが、確認することが出来ず残念。 →野坂山の写真検証〜 (関峠付近より)〜 権現山と柳集落[鯖江市] →map
六呂師山荘にある資料の中から権現山と柳集落のスケッチや写真が出てきたが、これらは写真と似ているので写真を元にスケッチしたと思われます、
なぜか「福井の山と半島」に掲載されているスケッチとは微妙に違うので少なくとも4枚のスケッチが描かれたことになる。左上のスケッチが「福井の山と半島」に掲載されているものに一番近い。→スケッチの元になった写真
この2枚のスケッチは山の輪郭がはっきり描かれているが、おそらく編集部の「山のスケッチ」という意向で描いたものかも知れない。彼の関心はその他のスケッチの傾向から建物に視点があるので何枚も描いた上で彼の主張を通したのかも知れません。山がはっきり描き込まれているものと集落の家屋がはっきり描き込まれたものがありこの辺から「山を描く」から「家屋を描く」方向に転換している様子が伺われる。 遠景を弱く、中心近景部を明確に捉える絵画構成上の原則を採ったのか家屋などの構築物に対する関心が強くなったのか分らないが?その後の旅行のスケッチには克明に描かれた建物のスケッチが多い。
「権現山と柳集落」のスケッチまた発見!・・・・「福井の山と半島」の編集資料を整理中に下図のスケッチ2枚が挟んであったのを偶然見つけた。やや太目のサインペンで描かれている。この光景よほど気に入っていたのか? 2005.01.30 白山への道[大野市] →map
九頭竜川の支流、上打川を遡り、白山三ノ峰経由で白山に登るコースには願教寺山や小さい橋がいくつかあるのでスケッチと矛盾しない。左:白山への道 S42.7.25 右:願教寺山 S41.6.12 白山と別山[大野市] →map
左:白山別山 S42.7.26右:白山山頂より S42.7.26 穂高・御岳などを眺めたものだろうと思う。 白山と中宮[石川県] →map
左:白山剣ヶ峰 S42.7.26右:白山中宮道 S42.7.26 白山を大野市・鳩ヶ湯〜三ノ峰〜別山〜白山大汝峰〜中宮道と南北に縦走するハードなルートの要所でスケッチしている様子が読み取れる。 白山大汝峰[石川県] と取立山[勝山市] →map
![]() 左:白山大汝峰 S42.7.26 右:取立山 S42 中竜鉱山 と真名峡[大野市] →map
左:中竜鉱山(旧中龍鉱山坑口) S41.6.12〜「福井の山と半島」の真名上流コースに掲載されています。右:真名峡 S41.6.12 鷲ヶ岳 と永平寺 →map
左:鷲ヶ岳右:永平寺山門
毛海家より額装して寄贈されたスケッチで彩色された後期の作で、現在は六呂師山荘に飾られています。
いずれも加越国境の山から見た白山などです。
彼とのワンデリングについては、思い出がいっぱいあります。お互いにスケッチが好きで、一時休憩には必ずペンを走らせたものでした。 彼はインクボトルとペンをザックにぶら下げており、まるでキセルと煙草入れを持った職人あるいは行商の筆と帳簿を思い起こせられたものです。 私も彼に負けじとクレヨンでスケッチを続けました。。彼はB5サイズ位のスケッチブックを愛用していたようです。 私は葉書サイズのものでした。。お互い帰宅後に水彩で色づけをしたものです。。 ある時彼の発案で、とある喫茶店に展示させてもらったのが良き思い出です。県庁の近くで、彼たちの仲間が良く通った店と聞きました。。 専攻する学科の違いからか? 彼とはワンゲルでのスケッチぐらいのつき合いしかありませんでしたが、安島は梶浦(松島)とともに小学頃から自転車で良く出かけた所です、タコやウニを捕ったり。。古い石器も発掘されたり。。。。良いところです。 もう少し深いつき合いをしておけばと、悔やまれて成りません。。。。町田市 大嵜 紀彦 01.11.26
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