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プロローグ |
| 1998年8月31日、中国南方航空のボーイング747から見た広州は高層ビルが建ち並ぶ大都市だった。
「これからは不便な暮らしが始まるぞ」と覚悟していた私の気負いが、少し挫(くじ)かれた。 私は三重県教育委員会から、中国広州市にある大学という大学へ派遣された日本。専家というのは専門家、日本の中学・高校のAltにあたる。三重県は中国の河南省と姉妹提携を結んでおり、その関係で県立高校の教師を2年の任期で2人ずつ中国の大学に派遣している。 前回まで、河南師範大学と北京師範大学が何代か続いたが、今回は河南と広州への派遣となった。河南師範大学へは鈴鹿市の稲垣逸夫先生が単身で赴任されている。 広州市は中国で最も豊かな省、広東省の省都。人口約650万人、面積は熊本県とほぼ同じ。北京・上海に続く中国第3の都市だ。 香港・マカオ、そして今、急速に発展している経済特区シンセン、珠海などを結ぶ中国南方の中心都市で、毎年、春と秋に世界的な交易会が開かれることでも有名である。改革解放の進む中国でもっとも活気のある街と言えるだろう。 曁南大学は、華南地方でもっとも古い大学だ。現在では中山大学の方が有名だが、曁南大学も文・経済・理工・新聞(ニュース)・観光・華文(中国語を学ぶ外国人のための学部)の七つの学部を持つ由緒ある総合大学で、国の重要な大学として重点大学に指定されている。 そして、この大学の最大の特徴は華僑の受け入れをしている大学であること。中国本土で華僑が学ぶことのできる大学は福建省にある華僑大学と、この曁南大学しかない。 私は、中国で最も発展のすさまじい街の、外国との風通しのよい大学で二年間、日本について教えることになり、昨年、小学生の息子と娘、3歳の娘、妻を連れ、赴任した。 改革解放が進み、広州は目覚ましく発展している。 一人っ子政策の一期生たちが大学に入るようになり、どうも学生たちの意識も今までと大きく変化しているらしい。 また、今年は建国50周年、マカオの返還と大きな節目を迎える。その中で広州の学生たちが、何をどのように感じ、学んでいるのか、この一年間、見てみたい。 |