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大学・・・厳しさとは |
| 1999年11月1日(月)掲載 |
| 名張西高等学校で進路の担当をしていた時のことだ。 大阪のある短期大学の先生がたくさんの資料を持って、その短大の紹介にいらっしゃった。西高の進路指導室には、このようなお客様が多いときには10人以上おみえになる。 その文学博士である老教授は、公立の大学を退官されたあと大阪の短大に迎えられ、その日は県内の高校を「営業」にまわっておいでなのだ。 たまたま大学時代、その先生の書かれた本を読んだ記憶があった私は、その旨を申し上げると、博士は営業そっちのけで、ご自分の研究についてお話をされ、そのあと、こんなことをおっしゃった。 「ところで、いったい、君たちはどんなつもりで、私の短大に学生を送っているのか。講義中の学生は私語はもちろん、化粧をしている者、物を食べている者までいる。席は当然、後ろから詰まって、前に陣取るのはいつも同じ顔ぶれの数人だ。私の講義を聞こうという学生は、学内で数人なのだ。それなのに、短大の事務局は私にこんな営業まがいのことをさせようとする。私を無視し、講義などまったく受ける気のない学生のために企業に就職のお願いにまで行けと言う。今の高校生は、大学や短大で学問するつもりで進学しているのか!君を含め、日本の高校の教員はどんな進路指導をしているのか!」 お話をされているうちにだんだん興奮され、こういう話になってしまった。気を利かせた事務の方がお茶を代えに来て下さったので、博士は落ち着きを取り戻され、「先生が私の本を読んで下されたと伺い、つい失礼なことを申し上げた。」と丁寧におっしゃってくださった。そして「このあたりの地理に不案内なので、申し訳ないがこの会社への道順を教えていただけないだろうか。」と、事務局から渡されたのであろう、これから訪問しなければならない企業のリストを出された。 お帰りになった後、その短大の該当する学科を調べたが、西高からの進学した卒業生は近年おらず、とりあえず胸をなでおろした。しかし、このような状況がその短大に限ったことでないことは周知の事実である。 ありがたいことに、曁南大学では席は前から詰まっていく。私語も時々はあるが、声のする方を振り向くと必ずなくなる。冗談が通じた時には必ず笑ってくれる。お世辞であろうが、時々「先生の授業はとても楽しい。」と真顔で言ってくれる。強要しているわけではないが、欠席は事前、あるいは事後に必ず理由を届ける。毎日のように質問にやってくる。たまには飲茶に行こうと誘ってくれる。私たちが、ことばがわからなくて不自由をしていないかと、訪ねてきてくれる。 勉強に取り組む姿勢も真剣である。たとえば、新聞や雑誌は大変貴重な教材となるので、日本の航空会社の広州営業所から機内で読まれた新聞をもらってきて、学生に渡しているが、その読み古された古い日付の新聞や雑誌を学生は大事に読む。読んでわからない単語を書きとめ、辞書を調べる。それでもわからないところは質問にくる。すべてこんな具合だ。しかも、単位の認定は厳しく、入学時35名だった4年生は、今21名になっている。 教師も努力しなければならない。この大学には学生が教師を評価する制度があるからだ。かなり厳格で、先学期評価の低かった日本語科の同僚は、今学期から第2外国語の教員となった。最悪の場合、職を失うこともあるらしい。公平を期すため、大学は教師が学生におもねるようなことが決してないように注意・監督し、学生には教師の研究の深さ、知識と指導力のみで判断するよう強く求めている。 学生と教師の間は日本の大学より身近で和気藹々としているが、授業には緊張が漂っているのだ。 |