前回(2003年)のメキシコカンクンでのWTO第5回閣僚会議で韓国農民の李京海さんが「WTOは農民を殺す!」と叫んで焼身自殺をした。この時は、アメリカとアフリカなどの後発途上国(LDC)の農業輸出国との間で、折り合いがつかなかったからだ。それは、アメリカやEUでは自国農業の保護のために、輸出補助金を出していて、公正な貿易が行われていないからという理由であった。
今回香港で開催された第6回閣僚会議では、日本を含め先進国がLDC諸国からの産品の輸入について無税無枠の支援を打ち出し、交渉を打開しようとした。結果からいえば、カンクンの時のように決裂はせず、閣僚宣言がまとめられたことを評価すべきである。しかし、中味とすれば詳細な点は2006年の4月30日までにモダリティーを確定し、7月30日までに、数字を含めた合意をするということで、スタート地点に立てたということである。
閣僚会議が開催されていたコンベンションセンターから2キロほど離れたヴィクトリア公園を中心として、アジアを中心とした農民や世界のNGOが、連日集会・デモ、ワークショップを開催し、「Down! Down! WTO!」「K0ng Yee Sai Mau!(抗議世貿)」の声が響き渡った。特に韓国農民団の迫力はすごかった。デモは整然と行われ、中国での反日デモのように香港の商店が直接被害を受けるということは一切なく、韓国農民団はWTO閣僚会議へ直接農民の声を届けようとし、それを止めようとした香港警察ともみあい、催涙弾が打ち込まれ、この煙によって被害を受けた香港市民はいた。連日テレビではデモの様子が生中継されたり、新聞もデモの報道が中心となっていたのであり、香港のマスコミは自由に報道をしていたというべきである。韓国農民団は、コンベンションセンターへのバリケードを破り、約1000人が会場前で座り込みをし、翌日女性やIDカードをもっている人は開放されたが、900人余が拘留された。その中には日本からのNGOのメンバー4人も入っている。
世界の農民は手をつないでいた。WTOが工業国の利益や、アグリビジネスを行う多国籍企業の利益を保護するものであり、農業や農民がその犠牲となっているという点で一致していたのである。つまり対立は、先進国対開発途上国ではない、あるいは先進国同士の対立でもなかったのである。対立点は、多国籍企業とそれを支援する政府対労働者・農民なのである。
また日本の、途上国向けの100億ドル開発援助の中味はおおいに問題がある。一つ目は3年間で100億ドルといっても新規のものは少ないか無いに等しく、これまでのODAを組み替えたものであり、これまでのODAは日本の企業に還流していること、二つ目に途上国からの研修員の受け入れは、国内での体のいい低賃金労働力となっていること、三つめに無税無枠の輸入措置は、途上国の農業が輸出指向となり自立的な発展を阻害すること、同時に日本が今以上の米の輸入は受け入れられないということなど、途上国の発展に対して基本的な解決にはならないことである。
毎日行われたNGO向けの政府レクチャーで農林水産省の担当者が「これは途上国へWTOに顔を向けさせる人参である」と言ったことに本質があるばかりでなく、香港でも流れているNHKのワールドニュースで、日本の来年度予算で外務省がアフリカ向けのODA予算を要求したことに対して、財務省が3%の削減を求めていることが、この期間中に流されるなど、人参にもならないだまし討ちまがいの援助表明であることはあまりにもひどいことを付け加えなければならない。
こうした問題がありながらも、閣僚宣言はまとめられた。日本にとって、今後課題となることは山積している。一番大きいことはもちろん農業分野である。アメリカなどから批判の大きい、米の関税率を下げろという圧力は今後一層強くなる。現在ガットウルグアイラウンドで決められた例外なき関税化により、米は国際価格が下落し最低輸入量として76万7千t国家貿易以外、現在778%の関税がかけられわずかだが輸入されている。今後日本の米生産をどのように守るのかという視点から、いくつかのハードルがある。
一つは、上限関税問題。アメリカが主張している上限関税を75%にしろという要求は、今回は、付属文書で賛成・反対の意見があるという程度の表記で、閣僚宣言には盛り込まれなかったが、4月末のモダリティー確立まではまだ紆余曲折があるかもしれない。
二つは、重要品目の主張がどうなるか。日本はコメなどを重要品目として、一般農産物の関税引き下げとは切り離して柔軟な対応をすべきという主張で、今回の宣言案に重要品目という概念を入れることはできたが、その品目の数や削減率については今後の課題となっている。
これまで以上に、関税引き下げの圧力が高まることが予想される中で、WTOが認めている国内補助金をどう充実させるのかは喫緊の課題である。日本と同じG10の韓国でさえ、コメの直接所得保障を行っている。平成19年度から実施される経営所得安定対策の、個人4ha以上、法人20ヘクタール以上では、家族農業が支えてきたコメ生産は今後おぼつかない。ましてや、関税引き下げが避けられないとすれば尚更である。
韓国農民ほどのパワーが、残念ながら今の日本の農民にないのかもしれないが、貿易の自由化は、今後サービス(公務サービスを含む)の自由化など、労働者に関わる課題もたくさんある中で、労働者と農民の連帯した戦いが求められる。![]()