| 2005年のニュース |
| 2005/12/18 WTO香港閣僚会議に労農会議から2名派遣 12月13日から18日にかけて、香港においてWTO第6回閣僚会議が開催された。長野県労農会議は、米のこれ以上の関税の引き下げに反対するため、平和フォーラムの派遣団の一員として矢崎真治県労農会議事務局長と中川博司社民党幹事長を派遣した。 13日は、閣僚会議が開催されているコンベンションセンターから2キロほどのヴィクトリア公園で民間監察世貿(Hong Kong People's Alliance on WTO)が主催する集会に、世界中の農民や、WTOに反対するNGO約7000人が結集した。特に前回のメキシコ・カンクンで開催された閣僚会議で李京海さんが「WTOは農民を殺す」と焼身自殺をした韓国農民団は1500人が参加し、中心的な役割を果たしていた。集会の後、コンベンションセンターへ向けてデモを行い、香港市民は何事が起きたという雰囲気だった。埠頭での到着集会では韓国農民が海に飛び込み、泳いでコンベンションセンターへ行こうとしたが、海上で待機する香港警察に救い上げられたし、路上ではバリケードをはる警察ともみあいが続いた。 14日以降は、ヴィクトリア公園を中心に、「WTOと農業問題」「農村女性の問題」「輸出補助金の問題」「水問題」などなど、様々なワークショップや集会が開かれた。また連日外務省や農林水産省、財務省、経済産業省の職員からその日の動きについてレクチャーを受け、農民の思いや日本のODAの問題などについて意見を言った。 明日は閣僚会議の最終日で、宣言がまとめられるという17日夕方、韓国農民団のデモ隊はコンベンションセンターへバリケードを突破し、座り込みを始めたが、翌朝には約900人が拘留をされ、そのうち14人が不当にも起訴をされることになった。 閣僚会議は、18日深夜宣言を発表、アメリカやEUの輸出補助金を撤廃すること、後発途上国へ先進国が支援を行うことを条件に、貿易の自由化に向け来年4月30日までに具体的なモダリティーを確立することを決定した。 |
| 2005/11/29 部落解放長野県民共闘会議第29回総会開催される 11月29日部落解放長野県民共闘会議第29回総会が開催された。今年3月16日に狭山差別裁判の第2次再審棄却に対する特別抗告が棄却され、怒りを新たに第3次再審闘争に立ち上がることを意思統一した。 来賓挨拶で山口わか子社民党県連合代表は「衆院選で小泉が勝って、何をやってもよくなった。特に人権感覚がマヒする社会になることを危惧する。すべてが自己責任で片付けられ、差別ということも言えなくなってしまう。差別を怒りをもって訴えていくこと必要。憲法を守り広げることは差別を無くすことだ」と訴えた。 総会後、竹之内健次部落解放同盟長野県連合会執行委員長から「差別の現実」と題して、「差別は気持ちの持ちようではない。差別は現実である。生まれたふるさとを堂々と言える社会にするため、差別が厳しくあることを具体的に訴えていく必要がある」と話した。 |
| 2005/11/26 美浜原発国民保護実動訓練抗議監視行動 11月26日、福井県敦賀市内において全国で初めてとなる国民保護法に基づく実動訓練が行われることに抗議する集会が開催され、長野県原水禁から3人が参加した。最初に島田広弁護士から「国民保護法・国民保護計画の問題点」について、「福井の国民保護法制のスピードは全国1早い。県段階では今年度中の計画策定が義務付けられているが、福井では7月に決定し、明日実動訓練が行われる。想定されているのは原発への攻撃だが、本当に原発に対するテロ・ミサイル攻撃がされれば国民保護対策は機能しない。自衛隊が参加することで『自衛隊が守ってくれる』というイメージを国民に植え付け、「守ってもらうのだから協力するのはあたりまえ」という意識を浸透させることが目的だ」と指摘した。続いて、原子力資料情報室の西尾漠氏から「武力攻撃による原子炉災害が想定されているが、安全審査の対象外としていることが問題。万一原子力災害が起きれば、いかに安全に住民を避難させるのかが最優先されなければならないのに、今回の住民参加はわずか70人。避難船として海上保安庁の船が使われること、バスによる避難の先導を自衛隊の装甲車が使われることにこそ、今回の目的がある」とした。翌日の27日、全国から参加した50人は、朝6時から15時まで実動訓練の監視行動を行った。警察の検問状況、住民避難状況、避難所での活動状況などを監視したが、美浜町内でさえも自衛隊の装甲車が走っているのを見て「今日は何があるの?」という感じで、国民保護法に基づく実動訓練が、とても国民のために行われていると言う印象はなかった。 |
| 2005/11/24 WTO農産物市場開放阻止!集会 11月24日東京・憲政記念館講堂で、12月13日から香港で開催される「WTO閣僚会議」に向けて、特に農業交渉で農産物の市場開放がされないよう、生産者と消費者一体となった戦いを進めるため開催された。主催は、「全国農民組織連絡会議」と「フォーラム平和・人権・環境」。 社民党を代表して、菅野哲雄衆議院議員は「来年からコメ生産農家の担い手育成に向け、個人4ha、営農組織20haの規模以上を耕作するものには補助金を出す制度になるが、大規模化では、しょせんヨーロッパやアメリカに太刀打ちできない。全ての販売農家に直接所得保障をしなければ、日本の農業は生き残れない。WTO閣僚会議は何も決めさせないことが重要」と訴えた。長野県からは、県労農会議のメンバーなど5人が参加した。 |
| 2005/11/23 きんろうフェスティバルが開催される 11月23日に長野市城山公園において「勤労フェスティバル」が開催された。これは、86年国鉄闘争支援の一環として取り組まれた「国鉄まつり」がスタート、88年から「きんろうフェスティバル」に名称を変えて19回目となる。労働組合や市民団体が、物資販売・うどんそばの販売・竹細工など思い思いに工夫したテントを設営、ステージでは子供向けのウルトラマンガイアショウー・紙芝居・音楽などの他、毎年大好評のミニSLの運行など、盛りだくさんの中味で、1万5千人の市民が一日楽しんだ。 特に今年のテーマは「戦後60年、これからの日本」とし、沖縄パネル展や憲法9条を守る運動などを紹介した。社民党は、地元長野支部協の党員が中心となって「沖縄そば」「無農薬野菜」を販売、約100食用意した沖縄そばは午前中に完売する盛況ぶりだった。 |
| 2005/11/18 第8回農林業を考える集い 11月18日「長野県労農会議」(山口わか子議長)と「緑の県民会議」(森田恒雄議長)が主催する、「第8回農林業を考える集い」が伊那市で開催された。講演では宮田村の平沢正典経済産業課長から「宮田村の農業と自律の村づくり」と題して、農地の所有と利用を分離、いわゆる『宮田方式』について学んだ。宮田村では、昭和56年から村内全農家が参加する農地利用委員会と生産組織の集団耕作組合が一体となって、地域営農システムをつくってきた。近年、耕作者の高齢化、担い手不足、07年からの担い手育成補助金制度導入に向けて、営農組合に移行していくことが課題となっている。続いて、上伊那森林組合を視察。ここでは、県産間伐材の利用促進に向け、ペレットを生産している。ペレットとは、間伐材を「おが粉」にし、ストーブの燃料となる製品で直径6o・長さ15oのものである。現在、木質バイオマスエネルギーとして注目されている。また、県労農会議として12月12日〜19日にかけて香港で開催されるWTO閣僚会議に矢崎真治県労農会議事務局長と中川博司社民党幹事長を派遣することが報告された。 |
| 2005/11/13 脱原発2005in信州 「市民集会・脱原発2005in信州」が、11月13日に長野市・県労働会館で開催された。10月26日「原子力の日」にちなんで、10年位前から原発の恐ろしさを知ってもらうため、さまざまな活動をしてきたが、今年は原子力資料情報室の澤井正子さんから「子どもらに残していいのか?放射能汚染の未来を!」をタイトルに青森県六ヶ所村核燃料再処理施設の実態について講演を聴いた。 講演の概要は・・・人口1万人の青森県六ヶ所村に、全国52機の原発から年間800トンもの使用済み核燃料より、ウランと8トンという膨大なプルトニウムを取り出し、再び原発で再使用するという再処理施設がようやく完成した。93年から今日まで12年間で膨大な土地を使い燃料貯蔵プールや再処理工場が完成し、04年12月から劣化ウランを使って約1年間の予定で試験を始めた。この間には、不正工事や総点検のミスによる漏洩がみつかり、総計291箇所もの補正工事の必要性が暴露された。 再処理工場はたとえ事故がなくても、日常的に大量の放射能を放出しなければ運転できない。工場敷地内にある巨大な排気ガスからは数種類の気体状放射能が吐き出され、六ヶ所村の沖合3キロの海中まで引かれた放出管からは、多様な種類の放射能が廃液となって海中に捨てられるという最悪の原子力施設である。さらに再処理工場は、死の灰の塊である使用済み核燃料を扱うので核施設として臨界や被爆の危険性を持っている。また、核兵器に用いられるプルトニウムも簡単に作られてしまうため、特に周辺の外国からは恐怖の目で見られている。これほど危険な状態であるにもかかわらず、この12月から実際にアクティブ試験(総合試験)が使用済み核燃料を使って行うことが決まっている。試験とはいっても使用済み核燃料を使う以上本稼動と同じであり、死を伴う臨界事故の危険性はますます高まることになる。 問題は再処理工場にあるプルトニウムの利用計画は世界中どこも進んでいない。つまり、推進はしても実際には使えないというのだから、何のための再処理建設なのか?非常にずさんな再処理施設が建設され稼動しようとしているのだ。 その上なんとも理解しがたいのが再処理工場の建設、事業コストが89年当初は7600億円であったものが着工後10年経って何と11兆円にも膨れ上がり、05年の原子力大綱では核燃料サイクル推進の方針によって電気料の上乗せすることが決定されたのである。 再処理にかかる関連施設の分まで入れると19兆円となり、この天文学的金額は私たちの電気料で支えることになるのだという。恐らくこんな身の毛もよだつような事実を国民の何人が知っているのだろうか。電力会社も政府もこれほど危険な原発関連施設の計画を、責任を持って中止する気力もない中で、本気で止められるのは私たち市民しかいない。原発施設がなくても自然エネルギーで十分に電力は賄えることをみんなで声を出していこう・・。恐ろしい再処理施設の状況を聞いて参加者の中には思わず声を出す人も・・。私たちはあまりにも原発について無知であり、政府や電力会社から原発は二酸化炭素を出さないクリーンな施設だと思わされているのではないだろうか。原発反対を唱えているのは社民党だけである。原発についての情報をもっと伝えていく責任を感じた。(報告 山口わか子) |
| 2005/11/3 第42回護憲大会に4000人が結集 憲法公布59周年の11月3日、さいたま市大宮ソニックシティで「戦後・被爆60年、平和・人権・民主主義の憲法理念を実現する第42回大会」 が会場あふれる4000人の参加者のもと開会されました。 総会はまず、江橋崇実行委員長が「私たち市民は東アジアの平和構築のために何ができるのか。(この大会で)方向性と決意を表したい」と主催者あいさつ。つづいて浪江福治埼玉県実行委員長の地元あいさつ、福山真劫事務局長の基調提案、高橋均連合副事務局長、細川律夫民主党衆議院議員、福島瑞穂社会民主党党首の連帯あいさつなどが行われました。社民党からは、又市幹事長、渕上副党首、現地実行委員でもある日森衆議院議員が参加しました。開会総会後の問題提起では、1963年に起きた「狭山事件」で服役、再審を求めている石川一雄さんが妻の早智子さんと登壇し、「代用監獄をなくしていかなければならない。42年前の取り調べが録音されていたら、冤罪とはっきり分かってもらえた」と司法改革を訴えました。 また、東京国際大学の前田哲男教授が「平和基本法の確立に向けて」と題して提起しました。 つづくシンポジウムでは、「東アジアの平和と憲法のこれから」をテーマに3人のパネリストが討論。北京外語大日本学研究センターの周維宏さんは「平和憲法がなければ中日国交回復は実現しなかったのではないか。その精神を守り続け、アジア共存の国になってほしい」。 東京大客員研究員の李鍾國さんも「日本の戦後民主主義が韓国や台湾の民主化に影響を与えた。市民の力が重要で、どんどん拡大していく必要がある」と指摘した。 NGOピースボート共同代表の櫛渕万里さんは「9条は東アジアの平和と安定のために必要な財産。アジアの2000万人の犠牲の上に成り立っており、9条の在り方について隣人の声を聴くことが大切ではないか」と訴えました(以上フォーラム平和・人権・環境HP参照)。 翌日は、「非核・平和・安全保障」「教育と戦後補償」「人権確立」「地球環境」「民主政治・地方自治」の5つの分科会などが行われました。 各県代表が参加する運動交流部会で、福山事務局長は「憲法を変えさせない戦いとともに、世界有数の軍事力保持、海外派兵、米軍の駐留展開という現実との戦い=憲法理念を実現させる取り組みを通じて護憲勢力の総結集をはかる。日米軍事同盟の強化・自衛隊の米軍指揮下への組み込みに反対する集会を3月までに中央で開催する。原子力空母母港化反対署名・青森六ヶ所再処理工場稼働阻止署名の徹底、イラク侵略・占領統治の継続族反対集会の開催などを重点課題として取り組んでいく」ことを提起、全体で確認された。 第1分科会 第2分科会 第3分科会 第4分科会 第5分科会 全国基地問題ネットワーク学習交流会 |
| 2005/11/3 信州護憲ネット第10回市民の憲法講座が開かれる 1946年11月3日日本国憲法が公布されてから59年目、信州護憲ネットの憲法講座が松本市勤労者福祉センターで100人が参加し開催された。 まずイラクの情勢がますます悪化する中で、劣化ウラン弾の砲撃を受け、次々と小児ガンに苦しむ子どもたちの命を守ろうと現地で活躍している日本国際ボランティアセンターパレスチナ事務所代表で日本イラク医療支援ネットワークの事務局長佐藤真紀さんから現地の様子がスライドを見ながら報告された。 「イラクには数回行っていたが人質事件以来マスコミを含めイラクには入れず2005年の3月以来はヨルダンやシリアから支援活動を行っている。 1991年の湾岸戦争以来アメリカの先制攻撃、掃討作戦に至るまで最も悲惨な被害を受けているのは子どもたちである。私もイラクで見た子供たちの目はいつもきらきら輝き済んでいるのに何故犠牲にならなければならないのか、何とか助けることはできないのかと考えた。湾岸戦争で劣化ウラン弾による放射能が子どもたちの体を白血病という病が蝕み、その上経済制裁により日本では完治する治療薬も手に入らず、治療もされないまま50万人の子どもたちが殺された。 アメリカ軍はイラク住民の白血病と劣化ウラン弾との因果関係を否定し続けている。しかし劣化ウラン弾はものすごい破壊力がありどんなに固い建造物でも一発で貫通、内部に劣化ウラン弾が飛散し放射能を撒き散らしながら焼く尽くすことは、イラクで実証済みである。 私は、日本が唯一の被爆国として苦しんだ原子力の恐ろしさを全世界に伝えていく責任がある。と同時に、白血病で苦しみ、不足している治療を何とか手助けしたい、澄んだ目の将来を夢見ている子どもたちの願いを叶えさせてあげたいと日夜活動している」。と報告された。 声楽家で憲法9条意見広告の会呼びかけ人である狭間壮さんが戦争を憎む思いを込め、素晴らしい歌と平和憲法の素晴らしさを訴え、参加者の心を魅了した。 憲法前文の持つ国民の意思、9条が世界に平和を広げていく原点であること、3日付の市民タイムスに掲載された「いま!憲法が新しい」意見広告約800人では少ない。もっと運動を広げていこうと訴えた。 |
| 2005/10/12 沖縄平和ツアーを実施 長野県護憲連合は、戦後・被爆60年企画として沖縄ツアー(団長 飯田敬次長野県平和人権環境労働組合会議議長、事務局長中川博司社民党県連合幹事長)を実施し19名が参加した。10月10日玉城村の糸数アブラチマで追体験、新垣文代さん(沖縄バスの平和ガイド)の自身の体験を含めた平和講演、魔文仁の丘と南部戦跡を歩き、11日は普天間基地を見下ろす嘉数高地、安保の丘、辺野古命を守る会の皆さんとの交流、12日は第32軍司令部跡、平和記念資料館、ひめゆりの塔、魂魄の塔、荒崎海岸と再び南部戦跡を見学した。初日の平和講演では、新垣文代さんは「両親と兄弟を殺された沖縄戦を生き抜いてきた父親の子どもとして、沖縄戦を知らなければならないと勉強をはじめた」「沖縄戦は軍人よりも住民の犠牲が大きかったこと、14歳の防衛隊がいたこと、集団死があったことなど33年が経過して証言しはじめた戦争体験者のことばを伝え続けたい」と語った。 2日目は、おりしも辺野古への普天間基地の移設問題で、「陸上案」「縮小浅瀬案」「沿岸案」などが出されており、沖縄県議会全会派が「浅瀬案に反対」、国は新たな「沿岸案」で米側と交渉を進めるということが伝わる中での行動となった。「辺野古命の会」との交流では「辺野古へは、非暴力だけれども絶対工事を止める強い決意で戦い抜く」と辺野古における戦いの報告を聞いた。この他、沖縄平和運動センターの役員の皆さんとの交流会など、強行軍の日程だったが、参加者は「基地の無い沖縄を取り戻す戦いを自分のものとして共に戦いたい」と決意を新たにした。 |
| 2008/8/19 県連合自治体政策フォーラムを開催 ■県下各地の自治体議員24名が参加8月19日〜20日、ビレッジ安曇野(豊科町)において1泊2日で開催された自治体政策フォーラムには社民党公認・推薦の自治体議員の他、それぞれの議会で会派を組んだり、テーマ毎に行動をともにする仲間の自治体議員24名が参加した。「介護保険法と障害者自立支援法」と「地方自治と議会改革」という2つの講座と「議会改革の課題」についてそれぞれの実情を報告してもらい議論を深めた全体討論の2部構成で行った。昼食を挟んでのきつい日程であったが中身の濃いフォーラムとなった。 ■2つの講座−大いなる刺激 第1講座「介護保険法と障害者自立支援法」は社民党全国連合政策審議会の小林わかばさんが講師を務められた。ともに様々な問題点を持っており、利用者をはじめ、地方議会から法案に対する反対や慎重審議を求める請願に基づく意見書が国へ提出された経過がある。「介護保険法」はすでに成立してしまったが、国会における審議経過と社民党の主張について詳しく説明していただいた。 法案は成立したが保険者である各市町村の取り組みについて議員がしっかりチェックするとともに政策提言していく重要性を再認識させられた。 第2講座「地方自治と議会改革」の講師は地方自治研究所の辻山幸宣氏である。大学院の教授でもある氏の講演はいささかアカデミックな感もあったが、随所で胸に落ちる物があった。また、物を造り拡大していく社会から維持し、そして壊していく縮小社会が始まっている指摘は的を得ていると実感した。 ■全体討論−「議会改革」について全議員から活発な意見 議会改革について、まず県会・市議会・町村議会の報告をしていただいた。県会については、田口・永井両県議から、市議会については岩田須坂市議から、町村議会については佐藤松川村村議から議会改革の取り組みと併せて議会の現状報告をしていただいた。持ち時間を超過する熱のこもった報告が続いた。報告に対する質疑の時間も取ったが、折角の機会でもあったので出席全議員の議会報告をしてもらった。それぞれに、様々な課題があることが鮮明になるとともに日々奮闘されている実態がわかり、大変良い勉強になった。 取り組みの現状もまた、いわゆる改革の実態もまちまちであるが、議会という村社会の慣習が住民の常識とかけ離れていては議会改革などできるわけがない。困難ではあるがともに頑張る決意を確認できた。■次に繋げる 衆議院の解散総選挙、お盆明けなど慌しい時期の開催となり、議員の参加が少なかったことは残念であるが、時のテーマについて勉強し、それぞれ県下各自治体議会の実態を知り合うことは大変重要である。 合併、逼迫する財政、住民自治、指定管理者制度、民営化・民間委託など様々な課題について連帯し、それぞれの議会における活動に少しでも役立つことができるような「自治体政策フォーラム」になるように努めたいと思っている。 ご参加いただいた方々に感謝するとともに、次回に向け関係各位のご協力を心からお願いし、報告とします。(自治体議員団会議事務局長 池田 清) |
| 2005/8/12 衆議院総選挙山口わか子県連合代表を擁立 社民党長野県連合は、12日常任幹事会を開催し、第44回衆議院総選挙に長野第2区から、山口わか子県連合代表の擁立を決定した。 県連合は、定期大会以降すべての小選挙区で「候補者擁立委員会」を設置、候補擁立について議論を行い、6月県連合幹事会で「重点擁立区を1,2,5区として、具体的に候補擁立を進める」こととしてきた。しかし、十分な議論を行う前に、今回の衆議院解散総選挙なった場合、「三役として責任を持って1人は擁立する」ことを5日の常任幹事会で確認。解散総選挙となった翌日三役会議で「準備期間が短い中で、新人の擁立は困難。知名度のある山口わか子代表に戦ってもらいたい」と出馬を要請してきていた。 ■9.11小泉自民党政治の自爆の日に そもそも、今回の衆議院解散総選挙は、郵政民営化法案が参議院で否決されたことを受けて、お門違いの衆議院を解散すると言う小泉首相の暴挙であり、本来内閣総辞職が筋である。しかし、弱者いじめの小泉構造改革を終わらせるための絶好のチャンスとして社民党は衆議院総選挙を、山口わか子予定候補者を先頭に全力で戦い抜こう。 ■県総合選対を結成 同じ12日、県労組会議も「2区山口わか子、比例区は社民党」の方針を決定。引き続き県総合選対(選対委員長 森田恒雄党代表代行)を結成し、超短期間の選挙戦を戦いぬく意思統一を行った。 |
| 2005/7/19 社民党北信越ブロック自治体議員団研修会を開催 社民党北信越ブロック自治体議員団会議は、7月18、19日に新潟県佐渡市において、臨時総会と夏季研修会を開催し、新潟、富山、石川、福井、長野から40名余が参加した。歓迎の挨拶をした小杉佐渡市議は「新潟県で一番先に1市9カ町村が合併をした。実際には7割が反対だった。相川町では住民投票条例が否決されたが、独自のアンケートでは合併に賛成していた人は21%だった。今、多くの市民が『合併に騙された』と言っている。400億円の特例債をあてにして700億円の事業計画を立てたが、そもそも自前資金は無く頓挫している。今後、どうするのか議論していくが、30年前美しい海岸線がコンクリート壁に変わってしまった。福祉中心の政策に転換させていきたい」と述べた。 臨時総会では、桝口幹事長からこの間の経過が報告され、この臨時総会において長野県議員団会議議長の森田恒雄県議を、北信越ブロックの議員団会議の議長に新たに選出した。新森田議長は「アメリカ追随の小泉政治にストップを、衆院選北信越ブロックから1名の当選を勝ち取ろう」と挨拶した。 研修会では社民党政策審議会事務局次長の小林わかば氏から「介護保険法と障害者自立支援法の概要」について説明。「今後、各自治体における第3次介護福祉計画の策定や障害福祉計画の策定の中で、どれだけ被介護者や障害者の立場に立って、実態に基づいた計画を立てさせるのかが課題となる」と課題が提起された。続いて、小川晃北信越ブロック事務局長から、緊迫した政局について報告がされ「北信越ブロックとして1議席の奪還に向け比例で30万票の獲得を目指す。7月中、遅くても8月中に衆議院選挙の候補者の決定を」と、各県連合が擁立を急ぐよう方針が示された。 |
| 2005/7/16 歴史認識を考える集会 日朝長野県民会議は、7月16日松本市朝鮮初旧中級学校で「歴史認識を考える集会」を開催した。講師は、東京学芸大学の君島和彦教授。君島氏は、「新しい歴史教科書をつくる会」が主導し扶桑社が発行する中学用歴史教科書の記述について、スクリーンで具体的に紹介。約100人が熱心に聞き入った。扶桑社の教科書では、太平洋戦争を「大東亜戦争」と記述し、「日本は、占領した各地で軍政をしいた。現地の独立運動の指導者たちは、欧米諸国からの独立を達成するため、日本の軍政に協力した」と記述がされ、侵略戦争があたかもアジア諸国の独立運動に寄与したかのように誤解する表現があることを指摘し、君島教授は「戦前と同じ天皇中心の歴史観に基づいている」と批判した。 |
| 2005/7/14 日本イラク医療支援ネットワーク報告集会 7月14日松本市Mウィングにおいて、日本イラク医療支援ネットワーク(JIM−NET)の報告会が開催された。JIM-NETは、昨年8月日本国際ボランティアセンター(JVC)や日本チェルノブイリ連帯基金(JCF)など6団体が、イラクのガンや白血病の子どもたちを救うため、医療支援の調整と専門性を強化するためつくられた組織である。昨年11月には、県庁講堂で鎌田實JCF理事長が講演を行い、支援を訴えてきた。 今回は、アンマンから帰国したばかりのJVCイラク事業現地調整員の原文次郎さんとJIM−NET医療調整員で医師の井下俊さんが報告した。原文次郎さんは「イラク戦争が終了してから現地の治安は悪化し、イラク国内に滞在することはできなくなっている。滞在中培った医師や病院と携帯電話やメールで必要な医療器具や物資を送っている」と話した。続いて、井下医師からは「バグダッドにおける急性リンパ性白血病の生存率は極めて低く、その原因は@感染病、A低所得のため治療費が払えない、B薬剤不足がある。生存率向上のため必要な支援を行っていきたい」と報告した。また、JIM-NETの事務局は、今後JCF内(松本市浅間温泉神宮寺)へ移すことも報告された。募金先 郵便振替口座:00540-2-94945 口座名:日本イラク医療ネット |
| 2005/7/13 中野次郎さんの墓標を建立 −朝鮮人犠牲者の追悼碑を守る会・10周年記念事業− 中野次郎さん、この方は朝鮮半島の出身で日本名を「中野次郎」と名乗っていました。当時の朝鮮半島は日本の植民地で1940年(昭和15年)に施行され、朝鮮民族の伝統と文化を踏みにじる「創氏改名」により日本名に改名されました。今では朝鮮名も出身地もわからないのです。この方は、1944年(昭和19年)から始まった長野市松代の大本営地下壕の工事に当時の西松組に雇われて従事し、同年像山壕の工事中に倒れ(病気・怪我は不明)長野日赤病院に入院加療しましたが、その甲斐も無く死亡されました(当時ほぼ1年余の突貫工事で約300余名の朝鮮人犠牲者があったと言われています)。その遺骨は西松組のたっての要請ですぐ近くの西寺尾の「恵妙寺」の一角に埋葬されました。戦後に恵妙寺の前住職が遺族に遺骨の引取りを連絡しましたが「貧しくて取りに行けない」と連絡が有り、その後音信が途絶えて遺族の所在も不明のまま「仮埋葬地」に現住職・中西智教師の手によりお地蔵様が安置されたままでした。 今年は、松代大本営朝鮮人犠牲者の追悼平和祈念碑が建立されてから10年を迎えました。追悼碑を守る会は10周年記念事業の第一段として「中野次郎さんの墓標建立事業」に取り組み、7月13日恵妙寺霊園の一隅に新しい墓標と韓日両国語でその由来を記した墓誌を前に、恵妙寺中西智教師読経の下厳かに慰霊祭が行われました。そしてこの度、中野次郎さんの分骨を故国天安(キョナン)市近郊の望郷の丘に埋葬することが決まりました。 私たちは、今戦後60周年の時を迎えています「過去を正しく見つめてこそ、未来が切り拓けます」身近なこの大本営地下壕の造営に朝鮮の人々がどのように携わり犠牲になったのか、その一つの証として「中野次郎さんの墓標」の建立の意義を噛み締めたいと思います。*追悼碑を守る会は、正式には「松代大本営朝鮮人犠牲者追悼平和記念碑維持管理委員会」です。会長は塩入隆氏、事務局長は原山茂夫氏です。(報告 三上孝一郎) |
| 2005/7/9 9の日行動&ピースウォーク 「憲法を護り第9条を輝かせよう」と、政党や考え方、宗教の違いを超えて、7月9日(土)午後1時30分から3時まで、非核・平和・憲法を護る上小地区の会(上小労組会議など)と有事法制反対・憲法を守る上小地区連絡会(上小労連など)は、一日共闘で「9の日行動」&「ピースウォーク」を行った。当日は、上田市海野町交差点に100名が結集し、街頭宣伝とビラ配布をし、通行中の市民に「YES平和憲法、第9条を輝かせよう」と訴えた。その後、上田市役所へ移動し集会を開催、市役所からJR上田駅までデモ行進を行い、上田駅前でも集会を開催した。 |
| 2005/7/9 全林野長野地本が中部地本へ 7月9日全林野長野地本は、森林管理局の再編に合わせて、名古屋地本と統合し、全林野中部地本としてスタートするため、解散大会に続きレセプションを開催した。大会に参加した組合員110人、来賓として70人が参加した。挨拶にたった池田正治地本委員長は「長野地本は1953年に発足してから53年になる。1998年国有林改革法が成立して以来、木材生産機能重視から公益的機能重視に転換し、2001年森林・林業基本法により森林の有する多面的機能の発揮へと修正した。こうした背景の中での再編。今後ともご支援をお願いしたい」と挨拶。中央本部河田書記長は全林野のこの間のたたかいを振り返り「雇用問題、振動病対策、森林施業にかかわる問題に取り組んできた。25年間のたたかいの中で、全国7営林署体制に到達した。林野庁の一体的管理を残し、一人の生首も切らせずに7000名体制をつくってきた。再編はしたが全国一枚岩で戦い続けて欲しい」と挨拶した。レセプションの最後に全林野長野地本の旗納めが行われた。一週間後の15日には中部地本の結成大会が開催される。 |
| 2005/6/30 私鉄県連が国民保護法で県へ申し入れ 長野県私鉄労働組合連合会(藤森秀一委員長)は6月30日、有事法制である国民保護法に基づき県が進めている「指定地方公共機関」の指定手続きについて、長野県に対し「情報公開、説明責任が果たされていない」とする意見書を提出した。県では国民保護法に基づき今年度中に策定しなければならない「国民保護計画」について、2月に国民保護協議会設置条例を制定、8月の協議会立ち上げに向けて、武力攻撃事態等において政府方針に協力する責務を有する地方指定公共機関の指定作業に入っているが、県内の運送事業者、鉄道バス会社に対して指定を打診していることから、労働組合の立場から申し入れたもの。この日は私鉄県連、長野電鉄労組、アルピコ川中島労組らの代表が出席、運送事業者として住民の避難や物資・資材の運送に関わることから、「計画作り、指定地方公共機関の指定にあたり情報公開、説明責任を果たすこと、有事業務への従事を強制するなど基本的人権が侵害されないようにすること、有事業務を拒否した労働者を不利益扱いしないこと、労働者の安全確保を第一とし指定事業者の判断を尊重すること」などを申し入れた。対応した県危機管理・消防防災課長は「法でも人権の制約は必要最小限にとどめるものとされている。指定地方公共機関が作る業務計画は、自主的なもので、安全を無視して協力は要請できない」とする一方、「労使関係に言及はできない」とも述べた。また指定候補30数法人の法人名も「公開できない」とし「指定の了解を得た段階で公表したい」とするととどまった。法では、指定された事業者について「正当な理由がない限り、協力に応じなければならない」とされていることから、法が発動された場合、事業者の自主性、労働者の安全確保が無視され強制に及ぶことが危惧される。若林茂・県連書記長は「スケジュールや指定候補法人名も公表されないまま、一部の法人が指定を了承しているが、労組には何も説明されない事例もあり、このままでは労組としても当該労働者の安全確保ができない。こうした進め方自体が実際に危険な業務にあたる人間の基本的人権を守っていない」と強く批判、「今後、労使間でしっかりと協議し、会社から県に対し、人権の尊重、安全確保について意見を提出するよう働きかけを強めたい」としている。(報告 布目裕喜雄長野市議) |
| 2005/6/25 YES!平和憲法フェスティバルで佐高信氏が講演 6月25日長野市JAアクティーホールにおいて、戦後60年・被爆60年企画として長野県護憲連合主催の「YES!平和憲法フェスティバル」を開催し、350人が参加した。午前中は、高木敏子さん原作の「ガラスのうさぎ」を上映、「日常から戦争への不安や、戦争の恐ろしさの気持ちが、全く消えてしまうことの本当の恐ろしさを感じた」(参加者感想)など、若い人たちにも戦争の悲惨さが伝わったようだ。午後は、東まどかさんのコンサートを聞き、続いて憲法行脚の会の、佐高信氏の「誰が憲法を潰そうとしているのか」と題して講演が行われた。佐高氏は、「条文が変えられることも大変なことだが、日常の中で言論の自由が奪われていることにしっかり文句を言っていかなければならない」と90分にわたり訴えた。参加者からは「新聞報道で知らされない政界の内幕や米軍の話など笑っているうちに、憲法の大切がよくわかりました」「身近な生活の中に憲法が生かされ、その憲法が危険にさらされていることが良く分かる話でした」など、あらためて平和の大切さを確認し、憲法を守るために行動を起こしていくことを確認した集会となった。この他、会場では「原爆」「イラク」のパネルも展示した。 |
| 2005/6/24 塩尻でも9条を広げる会を結成 「憲法9条を守り広げる会」が、4区内では、岡谷・茅野に引き続き、塩尻市でも結成された。これは、社民党塩尻支部協議会が、労働団体、民主団体、個人などに呼びかけてきたもので、6月24日に塩尻総合文化センターにおいて、約40名が参加して結成総会を開催した。総会では党、労働団体、民主団体、個人から4人の代表を選出し、さらに会員を広げるため、事務局体制を確認した。今後会では、一人10名の「改憲のための国民投票法案に反対する署名」、護憲連合のTVCMへの賛同カンパ、9条にちなんで毎月「9の日」の街宣活動に取り組むことも決めた。また、8月15日の終戦記念日には、市内18ヶ所の寺院に「平和の鐘」の依頼をすることも確認した。総会に先立ち、長野市の松代大本営追悼碑を守る会の原山茂夫さんが「戦後60年、今こそ草の根を広げる時」と題して記念講演を行った。 |
| 2005/6/22 第18回反核平和の火リレーがスタート 長野県平和友好祭実行委員会主催による第18回反核平和の火リレーの出発式が6月22日佐久市役所前で行われました。出発式では宇都宮傭夫副実行委員長が主催者を代表して、「戦後60年・被爆60年の今年、憲法が変えられようとしています。反核平和の思いを県内にひろげていきましょう」と挨拶、来賓の中川博司社民党県連合幹事長は「戦争体験が風化していると言われているが、沖縄はイラク戦争の基地となっている。現実の問題として平和の問題を胸に元気に走りつないで欲しい」、県労組会議平山芳夫副議長は「憲法を変えさせない運動の先頭に青年が立って欲しい」とそれぞれ挨拶しました。また4月の市議会議員選挙で当選した山崎茂部落解放同盟県連書記長、佐久地区労組会議清水清利議長も激励に駆けつけました。佐久市は4月1日に合併があり、新たに結成された自治労佐久市職労青年女性部長が、この日走るランナーを代表して決意表明を行いました。 出発式に引き続き、今年最初の要請行動になる佐久市にたいして佐久地区実行委員会から要請書が三浦大助市長に手渡され、三浦市長は「私は、戦中を過ごし仲間の多くが予科練に行った。誰よりも平和を願う一人です。ぜひ皆さんにがんばってほしい」と激励の挨拶がされました。 第18回反核平和の火リレーは、広島市平和公園で燃え続ける「平和の灯火」を手に、6月22日から7月22日まで県内103自治体への平和行政の要請を行いながら、約1600kmを3000人の青年女性のランナーで走り抜き、7月30,31日に開催される第51回長野県平和友好祭典に届けられます。沿道で見かけたら是非とも大きな声援を送ってください。 |
| 2005/5/24 元東ドイツ首相ハンスモドロウさんの講演会を開催 5月24日長野市・県労働会館において元東ドイツ首相のハンス・モドロウさんを招いて「EUの拡大−その問題点と将来性」について講演会を開催した。主催は、長野県平和人権環境労働組合会議と社民党で第3回労働政治講座として。モドロウさんは、「EUが中東欧に拡大をしているが、格差が著しく、西欧から資本が移動し、労働者全体の利益を損なうことになっている。EU憲法は、軍事拡大化を加盟各国に求めており問題がある。EU連合は、平和を志向すべきであり、社会的平等と公正を大切にし、民主主義の拡充に努めるべきだ」と述べた。 |
| 2005/5/20 各地で憲法講演会を開催 【松本】5月20日松本地区護憲連合による第1回憲法講演会が、勤労者福祉センターで開かれ、社民党・労組会議など60名が参加。主催者を代表して松田章一代表委員(社民党支部協代表)が「憲法をしっかり学び、9条を守り抜こう」と挨拶した。講演した松代大本営追悼碑を守る会事務強調の原山茂夫さんは「だまされるな、もうだまされない」と題して、自らの体験をもとに熱弁をふるった。原山氏は特に教育基本法と憲法改悪の情勢の下で、教育現場でその地ならしがすすんでいると指摘、新しい歴史教科書をつくる会作製の教科書の歴史改ざんを具体的事実で危険性と欺瞞性を問題にした。また、副読本として「心のノート」をとりあげ、今地域を含めて愛国心づくりへの取り組みが進んでいることに警鐘を鳴らした。なお、原山茂夫さんは木曽地区でも講演をし、約40名が熱心に聞き入った。【中野】中高地区憲法を守る会(会長鈴木弘二)は、5月17日中野市民会館において、開催され、約53名が参加した。講師は労働大学出版センター「まなぶ」編集長の小川研さん。小川さんは「憲法改正圧力は財界からも強く要請されている。財界は、海外権益を守るため自衛隊による軍事的プレゼンスが必要と考えている」と話した。戦争体験がある参加者から、自分の戦争体験を紹介するとともに、「日本は、太平洋戦争を負けると分かっていても戦争したのはなぜか」という質問が出されるなど、今後、改憲の動きをしっかりチェックし、反対の運動を起こしていくことを意思統一しました。 |
| 2005/4/7 自衛隊松本駐屯地、申し入れを門前払い 県護憲連合や県教組などでつくる「自衛隊祭り反対連絡会議」が7日、陸上自衛隊松本駐屯地に対して17日に開かれる「自衛隊祭」で子どもたちに武器を触らせることのないよう申し入れを行なおうとしたところ、同駐屯地側は要請団が玄関内に入ることを拒否し“門前払い”扱いにした。“門前払い”の対応を行なったのは同駐屯地の「広報班長」。同連絡会議ではこれまで25年間、毎年4月開催の自衛隊祭で武器を子どもたちに触れさせないよう、申し入れを行なってきたが、“門前払い”は今回が初めて。7日午前10時、事前連絡をした上での申し入れの一行に対して、広報班長は、正面玄関に車止めをおき、構内に入ることを拒否し、玄関先で申し入れを受けると言い出した。これまで申し入れは構内に入り会議室か面会室で行なわれてきた。連絡会議が「なぜ、昨年と異なる対応になるのはなぜか」と問いつめると、広報班長は対応変更の理由を一切明らかにしなかった。さらに「約束した時間が過ぎたので、この場所で申し入れがないのなら、引き上げる」と言い放った。このような申し入れに対する対応の一方的な変更について、連絡会議は急きょ、記者会見を開き、抗議声明を発表した。 |
| 2005/3/19ワールド・ピース・ナウ 【長野】長野県護憲連合は、「1.19ワールドピースナウ」に呼応して、県内各地で「イラクの占領をやめよう、自衛隊を撤退させよう」と訴えた。長野駅前では、労組員や社民党員等50人が集まり、清水勇県護憲代表委員、山口わか子社民党代表らが街頭から訴えビラを配布。松本では、地区労組会議・社民党松本支部協等が地区労連とともに、松本城公園で集会、駅前までデモ行進を行った。上田駅前でも、「憲法を護る上小地区の会」が、街頭宣伝とビラ配布、飯田市では20日に街頭宣伝を実施した。【上田】イラク侵攻から丸2年の3月19日、「非核・平和・憲法を護る上小の会」は、アメリカのイラク占領をやめさせ自衛隊のイラクからの即時撤退を訴え、上田駅前で街頭宣伝を行った。当日は、護憲の会の役員や労働団体と上田聖書協会など15名が参加し、ビラ配りと街頭宣伝を行った。深井地区労組会議議長は「大量破壊兵器は、見つからずアメリカの石油戦略として、イラクをアメリカの植民地化をしようとする不当な戦争であり、即刻撤退するべきで、この不当な侵略戦争に加担する日本の自衛隊も即刻撤退するよう国民世論を盛り上げよう」と訴えた。さらに、茅野光昭会長(社民党上田支部協代表)は「今、平和憲法を改悪し戦争の出来ない国からできる国にしようとする勢力があるが、絶対に今の平和憲法を改悪させてはならない、平和憲法を護ろう」と呼びかけた。【松本】アメリカ・イギリスが強引な理屈をつけてイラク攻撃、占領してから3月20日で2年が過ぎました。この日アメリカのワシントンなど主要都市でイラク占領反対米兵即時撤兵などを求める数十万人のデモが遺族や派兵家族、退役軍人などが参加して繰り広げられ、さすがアメリカでも反戦の声が大きくなってきていることを映像が伝えました。これに先立って3月19日イラク派兵に反対する松本地区実行委員会の呼びかけで、松本城公園で集会とデモ行進が行われました。参加者は約150人。アメリカが侵略戦争の最大の理由とした大量破壊兵器は、ついに見つからず、やむを得ず付けた理由は「テロ組織打倒・イラクの民主化」なども光とならず「勝利宣言」をしたものの武装勢力の反撃で米軍の死者1500人を超え、占領軍が殺したイラク市民は10万人を超えたとされています。アメリカの求めで参戦したのは38カ国、憲法・世論を無視した自衛隊派兵を含め、それぞれの国内世論で14カ国が撤兵を決めています。当日は、地区労組会議・地区労連・高教組・県教組・社民党・共産党の代表があいさつ、アピールを採択した後、参加者全員が中心街をデモ行進。途中「エイズ問題」で有名な川田龍平君を先頭にした信大・松本大学の学生達50名とエールの交換。好天でショッピングに来た人たちも何事かと野次馬に早変わりの大騒ぎでした。 |
| 2005/2/11長野県護憲連合第50回定期総会を開催 2月11日、長野市において、長野県護憲連合第50回定期総会を開催しました。戦後60年被爆60年の節目の年でもあり、また自民党などが改憲への動きを強めているなかで、「輝かせよう憲法9条」をスローガンにし、県下各地の護憲組織や労組・団体など120人が参加しました。総会では、信州護憲ネット代表委員でもある塩入隆長野県短期大学名誉教授から「9条改変と国民の主権」と題した講演がありました。塩入先生は「今の若い人の中には、自衛隊が海外で活動してもいいんではないかという、意識が広がっている。憲法理念である、平和を守る、戦争はしないという強い意志がなければ、論理が通っても拡大解釈されてしまう」と話しました。続いて県教組原治夫書記長から「教育基本法の理念を守り生かそう!なぜ、改悪に反対するのか」と、教育基本法改悪阻止に向けた訴えがされました。総会では、5月・6月を「憲法月間」とし、リレーキャラバン、憲法講座、憲法フェスティバル、テレビスポットCMを。8月を「戦後60年・核廃絶月間」とし、「平和の鐘」「9の日行動」「ポスター・作文・詩の募集」「沖縄平和ツアー」などに取り組むことを決定しました。総会後、長野駅前で街頭宣伝を行いました。 |
| 2005/1/31 「社会民主主義宣言2005」学習討論会を開催 今、社民党では昨年4月の全国大会で提起した「社会民主主義宣言2005」の討論が行われています。これは、社会党から社民党に変わって以降、調査研究されてきたものを文章化し、党の基本的な文書として次期定期大会において採択を目指しています。すでに、全国7ブロックでの討論を行い、現在各県連合段階で議論が進んでいます。長野県連合では、この1月30日に全国連合役員を交えて討論を行いました。 |
| 2005/1/22 福島党首を迎え「暮らしと憲法の集い」を開催 1月22日松本市において、福島みずほ党首を迎え、「暮らしと憲法」の集いを開催。主催は、社民党・県労組会議などでつくる「女性と政治スクール実行委員会」で、400人が参加し熱心に聞き入った。福島党首は「改憲の狙いは前文と9条にあるが、憲法とは国家権力の暴走を食い止めるために国民が作ったもの。それを個人に対して国防の責務をいい、自己責任といって国民に責任を押し付ける、そして国家は国民に対して命令をしていくと180度違うものにしようとしている。25条の生存権規定も福祉を切り捨て、自己責任にしようというもの。24条の見直しも、個人の尊厳よりも家族や国家を大事にしようとするもの。私たち社民党は今年こそ命を大事にする人権が守られる政治、再び戦争を引き起こすことのない政治を目指してがんばる」と話した。その後、実行委員による「もしも憲法が変えられたら」のロールプレイ、平和の歌を歌い続けている車椅子の声楽家狭間壮さんとともに「一本の鉛筆」などを参加者全員で歌った。 |
| 2005/1/19 アジア・アフリカ支援米発送式 1月19日、今年で8年目の取り組みとなったアジア・アフリカ支援米の発送式を、長野JAビルで行った。これは、長野県労農会議とJA長野の食と農と環境を育むネットワークとの共催で取り組まれ、労農会議は県下10ヵ所約1haの休耕田を借りて育てた支援米に、「コメ一握り運動」で集められたものと合わせて約6トンを集約した。このうち、2.6tを昨年12月に朝鮮民主主義人民共和国へ発送、残りの3.4tとJAグループの国際協力田でつくられた7t、計11トン余の支援米をマリ共和国へ送るもの。 発送式では、山口わか子県労農会議議長から「今、世界では400万人の人が飢えに苦しんでいる。スマトラ沖の地震・津波でその数はさらに増えている。小さな取り組みかもしれないが、大きな運動に育てていきましょう」、JA長野若林専務からは「支援米と共に、農業の大切にする心をおくりましょう」と主催者を代表してそれぞれから挨拶。国際協力田に参加した千曲市立東小学校の児童は「農業の大変さを学んだ。私たちのつくったおコメは少しで、マリ共和国へ送られるが、自文たちは幸せだなと思った」と作文を読み上げた。その後、発送式に参加した約100名の皆さんで、トラックへ積み込んだ。この支援米はマザーランド・アカデミーを通じて2月末にはマリに到着する予定となっている。 |
| 2005/1/8 山口わか子県連代表新年のご挨拶 2005年は平和と命の安全を闘い取る決意と行動の年です 新年あけましておめでとうございます。 昨年の参議院選挙では酷暑の中にもかかわらず、県下の隅々まで大変なご支援をいただき、本当にありがとうございました。 議席を奪還することはできませんでしたが、2003総選挙での支持を10万人まで伸ばすことができましたことは、社民党長野県連合にとって今後の活動に夢を託す可能性が出てきたと胸を張って言えるのではないでしょうか。 命の犠牲が最悪となった2004年 昨年は、アメリカの理由なき侵略による無差別殺戮を初め、台風や新潟中越地震、死者15万人を超すインドネシア、スマトラ沖の巨大地震という史上最悪の大惨事に世界中が恐怖のどん底に突き落とされました。これほど多くの命が奪われた年はなかったのではないでしょうか。 また、理由なきアメリカのイラク侵略戦争は、ブッシュの大統領再選直後、ファルージャの掃討作戦によってイラクの子供や女性、高齢者など罪もない人々を5000人以上殺害しました。町中を破壊され死傷者の山に耐えられなくなったイラクでは、いまだに自爆攻撃で抵抗を続けている現状に、まるで「ナチスの再来」と言っても不思議ではない超大国アメリカの思い上がりを見せつけられた一年でもありました。国内では、庶民の反対を押し切って、アメリカ一辺倒の小泉内閣によって平和憲法をいとも簡単に破り、「民主主義を広めるため」とか、「あくまでも人道支援」を乱発することで国民の目をごまかし、自衛隊派兵を強行しました。そのために外交官や人質となった橋田さんや香田さんらが殺されるという人災まで引き起こした小泉内閣の大罪は許せません。また、経済は好況で過ぎたといわれていますが、大企業の経常利益だけが増加し、売上高はほとんど伸びないという、労働者の犠牲の上に成り立った利益に過ぎず、その結果ますます貧富の差が際立つ年でした。自殺や失業、過労死、リストラ、パート、派遣の増加は戦後最悪となっています。農業や中小企業の切捨てはさらに地方自治体の財政を直撃し、交付税の更なる削減で故郷まで奪おうとする自公政治を認めるわけにはいきません。 憲法改悪を狙う自民党と自衛隊 あの不幸な第二次世界大戦後60年がたちました。世界に誇る戦争を放棄した日本国憲法がこの一年、国会や内閣、防衛庁という制服組までが、憲法を踏みにじる状況がいっそう明確になりました。「日本国憲法の最大の欠陥は9条と24条にある。24条が国家に対する国民のあるべき姿を否定した」とか「女性が女性としての役割、責務を果たさなくなったから女性の利己主義がはびこり、道徳が退廃して少子化になったのだ」と、自民党議員のとんでもない発言が平気で飛び出す国会の姿に、いまさらながら野党のだらしなさを見た思いで怒り心頭の一年でした。その上自衛隊が突っ走って改憲草案を出し、自民党改憲草案にさせるという、憲法擁護義務者が自ら憲法違反を犯す許せない行為は、まるで戦前の暗黒時代に戻ってしまったようで、恐ろしくなります。 2005年は平和と命の安全保障を守り抜く勇気ある行動が鍵 2004年のあまりにも無残な姿を見て、今最も大事なことは、一人ひとりの命をどう大事に守り育てていくかであり、そのために何をどうするのか真剣に考え行動することです。破壊され続けているイラクの人たち、膨大な被災者と悪化する衛生状態、寸断された道路などの大惨事となったスマトラ沖地震による11カ国以上にも上る被害に対して本当の支援は武器ではなく食料と医療の支援です。国連では「180万人の食糧支援が必要」であり、復興には5年から10年はかかると、日本を始め先進諸国に支援を要請しています。しかし、貧困を含む先進諸国からの発展途上国への援助はきわめて不十分で、このままでは2015年までに4500万人の子供の命が奪われるという報告が出されているというなんとも痛ましい悲惨な状況に私たちは一刻も早く行動を起こさなくてはなりません。一方国内では新潟中越地震による被害も深刻になってきている中、復興支援を急がなくては、大雪の中で耐え切れなくなる高齢者も増えてきています。平和を願い、戦争を放棄したからこそ日本は最大限の食糧や医療の支援ができます。武器を持たず自衛隊のイラク派遣を止めることで、先進諸国22か国中19位というあまりにも低い政府開発援助(ODA)の汚名を一挙に返上することだって可能です。2005年の社民党の役割は、命を守り、再び戦争を起こさない、人権を何よりも大事にする今の憲法をなんとしても国会や政府に守らせる積極的な行動を起こす以外に道はありません。党員が少なくなったことはそれほど問題ではありません。主張や行動は一人でもできます。1人から2人へ、そして3人、4人と一歩一歩前進していくことです。高齢者だってたとえ歩くことが不自由になっても書くこと、話すこと、訴えることはできます。社民党の仲間の皆さん!! 憲法施行60年は2007年です。なんとしても歯を食いしばって軍事国家への道を許さない平和で命を守る行動を起こしましょう。 |