2005/07/04長野県議会(トップページへ戻る) 視点論点
県民協働・無所属ネット 森田恒雄(社民党長野県連合副代表)

「政府閣僚の靖国神社への参拝中止を求める意見書」への賛成討論

 死して軍神といわれるよりは生きてバカと言われても、その道を選択したい!という言葉を聞きました。太平洋戦争の敗戦時、私は中学1年でした。小学校5,6年の時は、満蒙開拓義勇軍推進の担任教師から、毎日説教を聞かされ、「行く者は手を挙げろ!」と言われると「ハイ」と言って手を挙げていた血気盛んなワンパク坊主でした。

 一昨日2日の夜開いた私の住む豊丘村で開いた「憲法9条を守る豊丘の会」結成総会の提案説明で私は「もう10年あの太平洋戦争が遅くに始まっていたら、私は今から50年前に森田恒雄と刻まれた一本の石碑が今は苔で黒く字が見えなくなって淋しく立っていたでしょう!」と申し上げました。「生きてバカと言われてもという言葉を改めて思い起こしながら、今、私は生きられるいることを幸せだ」と述懐いたしました。

 だからこそ、生きている者の責務として、日本の政治を代表する首相や国会議員が参拝することによって、中国はじめ韓国などの反日デモのように、近隣アジア諸国との関係悪化を招くことを、どうしても止めさせなくてはならないのです。

 あの村山富市首相時、村山総理は、アジア諸国に向けて改めて過去の史実に基づいて頭を下げました。日本の政府は、その延長線上で憲法に基づく平和友好を基本に進めなくてはならなかったのです。

 強い日本を標榜する小泉総理は、戦後60年を経て、負の財産だけを生み続ける戦争というものの惨禍を知らない戦後生まれの人達が多数派を占めた中で、「そうだ、そうだ!」という声のもと参拝を強行し、侵略したアジアを中心に反発を招いていることはご案内のところと思います。

 昭和天皇は戦後一度だけ参拝しましたが、その後止め、現天皇は先に玉砕の島サイパンを訪れて慰霊しましたが、靖国神社へは一度も参拝に行っておりません。私と同じ年の生まれ、過去を反省し近隣友好を進めなくては!という強い意志があるからであります。

 私は4年前、満蒙開拓引揚者の皆さんと黒龍江省ハルピン市、木蘭県の上久堅開拓団はじめ犠牲者300遺体が山と積まれたという場所を訪れました。忘れもしないその地に王君という22才の残留孤児の子どもが慰霊碑を建立されました。50人の関係者と慰霊に行ったのです。王青年は建立2年後に下伊那郡へ引揚げて来ましたが、折角のその慰霊碑が1年後に倒されてしまいました。何故か!総理らの靖国参拝などで中国の人々の心を傷つけているからであります。

 実は昨日、飯田日中友好青年委員会総会で開拓引揚者の久保田さん、終戦時は16才は、生き証人。22人の女、子どもを団長の命令で自決させた方です。河野開拓団は、コーリャン畑の中で70人が自決した。手を下した生き証人です。その証言の中で改めて憤る話がありました。「俺たちは世界最強の軍隊だ、開拓団を守るからしっかり働け!と言ったのに、終戦間近に義勇軍の若い青年に赤紙を出して徴発し、毎日毎日、その関東軍の幹部が逃げるために家具の梱包をさせられたとして憤慨している」というものでした。

 私はよくよく考えてみましたが、靖国神社でアジア国民の目を反日に向け、緊迫する中で、憲法9条を変える動きに連動していると思えるのであります。

 よって先ず、閣僚の靖国参拝を中止することから始めるべきことなのであります。それが資源の無い我が国の近隣友好を進め、世界平和に貢献する道だと信じます。議員各位のご賛同を賜りますようお願いして賛成討論といたします。(トップページへ戻る)