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2005/06/27
社民党長野県連合代表 山口わか子
戦争の記憶は決して消し去ることはない
■激戦地で迎えた沖縄慰霊の日60年の今
6月23日 沖縄はあの残虐きわまる太平洋戦争末期、沖縄上陸作戦で亡くなられた23万人以上の犠牲者に心から哀悼の意を捧げる60年目の「慰霊の日」である。最後の激戦地となった沖縄県糸満市魔文仁の平和記念碑公園で5千人が集まり、「沖縄全戦没者追悼式」が行われた。
この日稲嶺沖縄県知事が追悼の挨拶し二度と再び悲惨な戦争を繰り返さないよう世界に訴えて行きたいと決意を新たにした。小学6年生の上原君は平和の詩「二度と戦争は嫌だとはっきり言いたい、平和を願い、毎日を大切にしたい、人の痛みを感ずること、戦争は人の心をめちゃめちゃにする・・」と。
しかし、小泉首相の挨拶は、遂に一言も沖縄県民の大きな犠牲に対して謝罪の言葉はなかった。
「平和の礎」には、沖縄で戦争の犠牲になった24万人以上の人々の名前が、群青の海を前に、波紋のように配置された116基の黒御影石に刻まれている。刻まれた沖縄県出身者は約15万人、実に県民の4人に一人が犠牲者となった。県外者が7万6千人、外国の犠牲者が米国をはじめ4カ国14500人、国籍の有無を問わず敵味方や一般住民、兵士、全ての犠牲者が刻印されている世界に例を見ない慰霊の形だ。
特に女性の犠牲者は、ほぼ沖縄県出身者に限られ、その数約5万5千人という数字を見たとき、沖縄戦がごく普通の市民に最悪の犠牲を強いたのかと思うと、今更ながら戦争のむごたらしさ、何年経っても決して忘れることなど絶対にできない心の疼きを感ずる。
■「ありったけの地獄を一か所に集めた戦争」
米軍の戦争史はこう表現しているそうだ。沖縄各地での集団自決、日本兵が住民を虐殺、スパイ嫌疑をかけて住民を虐殺、食料強奪、結果として餓死が続出、洞窟に非難した住民を日本兵が戦場に放り出し戦火を浴びて死傷者続出、など等想像を絶する惨劇となった歴史は消し去ることはできない。戦争とはこれほど恐ろしく人々を深く傷つけるものだ。平和の礎を訪れ、祈りを下げた人々は「あの惨劇をひと時も忘れたことはない」と泣き崩れる姿がテレビの画面に。戦争の恐ろしさは半世紀を過ぎても決して忘れることなどできないことを私たちに教えてくれた。今こそ沖縄戦の真実をはっきり国民に知らせる義務は政府にあることを強調したい。くどいようだが、戦争を引き起こした時の政府と軍部の責任を明らかにし、謝罪し続ける責任は自公政府である。
■沖縄はあの戦争から開放されていない悲惨な現状
米国の占領下からようやく日本に復帰してから27年が経つ沖縄、本当に開放されたのだろうか。 敗戦後、米軍により占領された沖縄は、有無を言わさず土地を取り上げられ、ミサイルや弾薬庫、戦闘機や特殊偵察機、空中給油機、ヘリコプターなど数え切れないほどの武器、弾薬が置かれている。また、3万人にも及ぶ米兵が、沖縄を占領し、日本に返還されて27年経っても立ってもこの状況は変わらず、県民に真の開放感はないと人々は思っている。
しかもこの60年間沖縄県民は、想像を絶する航空機爆音による健康被害に悩まされ、各学校では授業を中断することが日常茶飯事だという。復帰後27年間に米軍が引き起こした女子高校生のひき逃げ事件や暴行事件などが何と5000件にも及ぶ。昨年の沖縄国際大学での米軍ヘリコプター墜落事件など、米軍機による被害、環境汚染、劣化ウラン弾など核兵器汚染も数え切れないくらい起こっている。しかも国民の税金で一年間に2500億円近い予算が米軍基地内の建物全て、植栽や道路整備などのために使われている。米軍一人当たり1400万円にも上る。沖縄はいまだにアメリカに占領されているとしか言いようがない悲惨な現状に県民は苦しめられているのだ。
この平和な時代に何故これほどの基地が必要なのか、自公政府、特に小泉首相の口からは、沖縄県民に対して戦争の謝罪もせず、沖縄県民の心を逆なですることはあっても、独立国としての政策が語られることはない。
■靖国参拝を言い張る小泉首相の憲法違反
小泉首相は就任して以来4回も靖国神社に参拝している。これは明らかに憲法20条(信教の自由は何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。・・国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない)に違反していることは明らかだ。
そして沖縄や広島、長崎、そして東京や大阪大空襲そのほか多くの国民を戦争で殺し、さらに中国や朝鮮、アジアの多くの人々を殺したその指導者たちやA級戦犯があの靖国神社には祭られているのだ。
靖国神社とは天皇のための戦没者を神として祀り、さらにその神社を天皇がお参りすることによって、国民の間に天皇をあがめる気持ちと軍国主義を普及させる上で大きな役割を果たした神社である。だから反政府側の戦死者や外国人の死者、戦争の犠牲になった一般市民は一切祀られていない。
その靖国神社参拝に対して「他人からとやかく言われる筋合いはない」とか「あくまでもあの戦争を心から深く反省し二度と戦争を起こさないための参拝だ」などという発言は、大多数の戦争犠牲者をないがしろにし、心からの反省も謝罪も全くない、憲法擁護の義務さえ怠っていることを物語っている。こんな無責任な戦争への道を再び歩もうとしている小泉首相は許せない。
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