思いこみ
職場では、副安全運転管理者という肩書きを持たされている関係上、年一回は安全運転管理者講習という法定講習を受講することになっています。講習は朝9時から夕方4時まであり、色々な分野から講師の方が来てくれて盛りだくさんな講習をしてくれます。講習受講者の中には居眠りをしている不届者も散見されますが、折角の講習なので熱心に聞いている方も多くいます。私も毎年、会場の最前列に陣取って話を聞かせて頂くようにしています。

最近の講習では、立命館大学の藤島 寛講師の講義が非常に興味深い内容の講習でした。テーマは「交差点事故の防止」という、交通関係者にしてみれば語り尽くされた題材なのですが、これまでのものとは「切り口」が違うというか、非常に新鮮な内容でした。
私達も日頃の運転では「危険予測」の必要性を十分感じていますが、藤島講師の解説では、危険予測が不十分だったために事故を起こすのは比較的運転経験の浅い初心者に多い事故パターンなのだそうです。
安全運転管理者講習というのは、対象が初心運転者ではなく、事業所で働く職業運転者や営業で会社の車を常時使用しているようなある程度経験を積んだ運転者の事故防止に主眼が置かれている講習です。
講師が交差点事故(調査対象は全て人身事故)をつぶさに調べていくと、明らかに「見えているはずのもの」と衝突している事故が多数ピックアップされたそうです。またこうした事故を起こした運転者の多数が経験豊富ないわゆるベテラン運転者に多いことがわかったそうです。
普通に考えれば、見えているものとぶつかることなど、操作ミスでもしない限りそう滅多にあるものではないと思いがちですが、大半の事故は操作ミスが原因ではなく、運転者の「思いこみ」に起因した事故であることが判明したそうです。
運転経験の長い人は、今までに色々な交通状況を経験してきており、少々危険な状況に追い込まれても、それをうまく切り抜ける方法を経験で会得しています。これが「経験」というものでありその積み重ねがあるからこそ、これだけ複雑な道路環境の中でも事故を起こさずに運転できてきたのです。ベテラン運転者の頭の中には何百通りもの危険回避方法がインプットされており、場面に応じて必要な情報がアウトプットされてより安全な行動がとれるように判断・操作が行われています。このこと自体は決して悪いことでも危険なことでもなく、安全運転には欠かすことのできない対応です。
ところが、この「経験」が時によっては「思いこみ」を招いてしまい、一旦「思いこみ」に入ってしまうとそれ以外の危険に対する注意がブロックされてしまい「思いこみ」以外の状況になった時の危険回避が遅れてしまう現象が起きやすいということです。

実は私も、以前にこのようなヒヤリ経験をしたことがあります。
片側二車線の道路を走行中、青信号交差点の手前30mくらいの地点にさしかかりました。私の走行している車線は第一通行帯でした。私の前には2台の乗用車が走行しています(先頭車両をA車、追従車両をB車とします)。
先行する2台の乗用車のうち、先頭を走行していたA車が突然左へ寄りはじめ速度も落としました。私はその動きから察して「路端に車を停止させるんだな」と思いました。続いて走行していたもう一台のB車も先頭車両の動きに合わせて速度を落とし左へ寄り始めました。私は「この2台の車は友人同志の車で2台とも停止するんだな」と思いました。
私は少し右に進路を変え、前車が止まっても安全に追い越して行ける位置に自分の車を移動させました。いよいよA車、B車が停止しそうになったので、私がその横を通過しようとした時です。突然B車がハンドルを右に切ってA車を追い越しにかかったのです。このままでは私の車とぶつかってしまいます。かといって、第二通行帯も他の車両が走行していますから私はこれ以上右にハンドルを切って逃げる訳にも行きません。
衝突を避ける最後の手段は急ブレーキしかありません。後続車の状況を確かめる暇もなく反射的に力一杯ブレーキを踏みつけました。鈍い急ブレーキの音がして私の車は止まりました。B車の運転者もやっと私の車の存在に気付いたらしく急ブレーキで止まりました。私の車とB車とは数センチの間隔で止まっており衝突は回避できました。後続車も直後にはいなかったので、後続車に追突されることもなく済みました。
幸い事故にはなりませんでしたが、なぜあんなに危険な状況になってしまったのかを後で考えました。
私の車に気付かずに右にハンドルを切ったB車の運転者が不注意であったことが最も大きな原因ですが、私に落ち度はなかったのでしょうか?
まず私の失敗の第1は「この2台の車は友人同志の車で2台とも停止するんだな」と勝手に思いこんでしまった点です。実際にはこの2台は全く関係のない人たちが乗っていた車でした。
A車は用事があって路端に車を止める目的で上記の行動を取ったのですが、B車は青信号の交差点で左折するつもりだったようです。A車が左へ寄ったのを見て、B車の運転者は「A車も青信号交差点を左折するんだ」と思いこんだようです。途中までB車の運転者はA車の動きに同調して左へ寄せて行きましたが、途中でA車は左折するのではなく停止することに気付き、あわててこれをよけようとして右にハンドルを切ったようです。
私の失敗の第2はB車の技量を過信したことです。普通はこうした状況で停止車両をよけるときはバックミラーで後続車の有無を確かめてからハンドルを切るものですが、たくさんの運転者の中には後方確認をしないでハンドルを切る人もいることを予測しておくべきでした。

後で考えてみると、こうした反省点も気付きますが、その時は「この2台の車は友人同志の車で2台とも停止するんだな」と思いこんでしまっているので、それ以外の選択肢が出てこなくなってしまっています。まさに「思いこみ」が他の危険予測をブロックしてしまった好例(悪例)です。

安全運転管理者講習では、たくさんの「思いこみ」に起因する事故事例が紹介されましたが、こうした思いこみによる事故を減らすには、結論を一つに決めつけずに、幅広く状況を見て「それ以外の可能性」も常に考える余裕を持って運転することが大切です。
また人や車の動きは刻々と変化するものです。一度確認したから大丈夫と思わずに、安全と思われる場所でも二度、三度確認する習慣づけが大切です。
運転者は危険と思われるものは何度も確認しようとしますが、安全と思ったものはあまり見なくなってしまうものです。ここに落とし穴があり、安全と思っていた所に実は事故の原因が隠れていたという事例がたくさん紹介されていました。
ベテランの皆さんにこのような話は「釈迦に説法」とは思いますが、「ベテランほど、この落とし穴にはまりやすい」という藤島講師の話もありましたので、参考までにお知らせします。

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