地球帝国の興亡
      
   
   第一部 第一次人類生存戦争
    
  
    勃発
  
  
    二〇〇三年 一二月八日
  
  
    1

 富士演習場、そこは訓練の場であると同時に動植物達の楽園ともなっている、特に秋に黄金色の穂を風にまかせ静かに揺れるススキの原の美しさは見る者に驚きと感動をもたらす。
 しかし、それはあくまで、その姿を見慣れていない者だけにもたらせるものだろう、美しい芸術品はたまに目にするから良いのだ、見慣れればもはや何にも感じない。
 その良い例がこのススキの原の間の戦車道を走り抜けていく一体の巨獣だろう、その名を90式戦車という。
 一二月の富士山から吹き降ろす身を刺すような寒風ですら彼らの防弾鋼で覆われた鋼鉄製の体にとっては全く気になるものではない、否、彼には神経や本能は存在してはいない。 痛覚、恐怖、快楽、食欲、生存本能も何も存在してはいない、この巨獣は自分の意志では動くことすらできないのだ。
 頭脳は外部からもたらされる、それがなくては彼は駆ける事も狩をすることも出来はしない。
 そして、その動きを制御する者の一人、戦車操縦手・神内護は茶色が基調の秋用迷彩に着色された戦闘外皮を戦闘服の上に着込み、首には防寒マフラーを巻きつけ、一片の容赦もなく顔に叩きつける富士の寒風に耐えながら、彼らの家―富士駐屯地に向けその車体をひた走らせていた。
 「神内よぉ、たしかお前今日誕生日だったよなぁ?」
 その時、装甲車帽に取り付けられているヘッドセットから車長・神保忠昭の声が聞こえてきた、神内は反射的に通話切り替えレバーを車内通話に変えた。
 「ええ、そうです、でも自分の誕生日を知ってたんですね神保一曹」
 神内は彼が自分の誕生日を知っていてくれたことに内心喜びながら答えた。それに会話をしていると寒さも少しは気にならなくなるものだ。
 「やはり、車長は部下の誕生日ぐらいは知っとかんとな、やはり今日の夜は天宮と祝うのか?」
 神保は車長席から半身を乗り出し神内以上の寒風の直撃を受けながらも、そんなもの文字通りどこ吹く風といったように平然と笑いながら喉頭マイクに言った。
 「はい、でも今日残留なんですよ、ですから隊員クラブで天宮と相馬達で飲みます」
 神内は少し照れながら言った、この時彼の顔が赤らんでいたのはきっと寒さのせいだけではないだろう。
 「なら、俺も参加しても良いか?どうせヒマだしな、構わないだろう」
 神保は思った。これは酒を飲める機会だ、家じゃあ女房がうるさくて浴びる様には飲めないからな、神内の誕生日祝いということなら女房もうるさくは言わないだろう、と。
 神内は相馬と神保一曹の二人で酒代が跳ね上がりそうだと思いながらもやはり嬉しかった。
 「ええ、それは全然構いません、それに天宮もたくさん人がいた方が喜ぶでしょうし」
 神内の言葉を聞いた瞬間、神保は右手を握りしめ、小さくガッツポーズをとった。そして重機関銃を挟み左側に立つ砲手・神楽坂桜花の姿を見た。
 先ほどからの会話は全て彼女にも聞こえているはずなのに、まるで聞こえていないかのように無表情で無関心だ。
 というよりも彼女が戦闘訓練中、特に乗車時に表情を表に出した記憶が五年間ともに行動している神保にもほとんどない、まるで仮面を被っているかのような感さえうけることがある。
 しかしその姿は北欧神話に登場する戦姫ヴァルキリーに形容されるに相応しい、もっとも彼女の扱う長槍は120?滑空砲ではあるが。
 「神楽坂も行くか?なに金がないとかいうなら気にするな、俺が奢るからよ」
 そんなことは決してないだろうと自分自身で思いながらも彼女の肩を叩きながら神保はそう言った。
 神内も神保も恐らく彼女は来ないだろうと思ったのだが、意外にも神楽坂は二人の考えと反対の言葉を発した。
 「ええ、実は三日前に天宮に誘われていましたので私も行きます」
 予想していなかった答えに神内と神保は内心驚きつつも喜んだ。
 「それと、神保一曹」
 神楽坂が言ってきた。
 「うん?」「お金ならばありますので気にしなくて結構です」
 神楽坂は全く抑揚のない声で言った。
 彼女を知らない人間とってはかなり棘のある言い方に聞こえるだろうが、神保と神内にとっては聞きなれたことだった。
 彼女は感情などこめて物事を言ったことはない、ただ事実を伝えているだけなのだ、先ほどの神保が金がないならと言ったことに答えただけである。
 「おう、そうかぁ心配しすぎだったな、でもよお前が行くとはなぁ、ひょっとすると明日は雪かねぇ?神内もそう思わんか?」
 神保は彼女が新隊員の後期教育からの付き合いで、もうこういう会話は日常的だからなれたものだ。
 しかし、神内にとっては堪らない、いきなりそんな失礼極まりない事を本人の前で笑いながら振られても困ってしまう。
 「そ、そんな事自分に言われても・・・」
 一体なんと答えろというのか、神保一曹はたまに返答に困ることを平気で言ってくる。しかもその反応を見て楽しんでいるんだから、なおさら対応の仕方に困る。
 すると、神楽坂が神保の方を向き平然と答えた、予想通りの答えを聞き神保はにやりと笑った。
 「明日の天記は予想だと八〇%の確立で晴れのようです」
 三人を乗せた90式戦車は金色に染まったススキの原を駐屯地に向け駆け抜けていった。
  
  
    2

 戦車門の側に立つ一等陸士・上高隼人はふと腕時計に目をやった、時刻は〇九三〇、警衛勤務下番まであと一時間だ、この時間になると戦車門から出て行く車両の数も減ってくる。
 彼は青く澄み渡った一二月の空に向かい踵が浮くほど思い切り背を伸ばした、その側をジャージ姿の隊員達が軽快に駆けていく。
 戦車門の側の戦車パーク(駐車場)では七四式戦車のエアクリーナーやエバキューターの清掃をしている隊員に砲口通しを掛け声をかけ力一杯に砲身内におし進めていく十人程の隊員達が愛車の整備に汗を流している。
 いつも変わらない平穏な駐屯地の光景だ、上高はそんな事を考えながら、伸ばしていた腕を脱力した。
 それから十分程たっただろうか、戦車門の外から装軌車特有のエンジンの轟音が聞こえてきた。
 上高はこの時間に帰ってくる車両は恐らく泊まりの演習を行なってきたのだろうと考えそして昨日の夜の寒さを思った。
 昨夜の寒さは巡察で外に警衛所の外に出たとき吹きすさぶ寒風に思わず肩をすくめたくらいだったからだ。
 少しずつエンジンの音が戦車門に近づいてくる、演習場で昨日かそれ以上前からかはわからないが昨日の寒風吹きすさぶ夜を過ごした乗員達のことを思うと、普段よりも不動の姿勢にも思わず力が入る。
 ・・・これは90式戦車だな、エンジン音から判断した上高はウチの中隊かもと思った、もうすぐ側まできている、カーブを曲がれば姿をあらわすだろう、そして90式戦車が姿を見せた、その操縦席と砲塔上の隊員の姿を確認するとこもっていた力が抜け、親しみのこもった笑顔で敬礼を行なった。
 「お疲れ様です、神内士長!」
 上高はこちらに気づき操縦席から軽く手を振った神内に向かい挨拶した。
 90式戦車が通り抜けるには少々狭い戦車門を五キロ程度の低速で通過しながら上高と神内はお互いに声を掛け合った。
 「おう上高ぁ、警衛ご苦労さん!」
 砲塔上からは神保が上高に向かい敬礼を行ないながら声をかけた。
 「神保一曹、神楽坂三曹お疲れ様です!」
 上高も敬礼を行ないながら、神保の大声とエンジンの音に負けないようにと声を張り上げた。
 大声と笑顔で敬礼した神保とは対照的に神楽坂は上高に向かってただ一言。
 「ご苦労様」
 とだけ発し敬礼した、それは神保とは対照的に実に義務的なようでもあったが、唇の端が僅かに動いていた程度だったかもしれないが、彼女が微笑んでいたように上高は感じた。
  
  
    3

 「神内、今回はあまり燃料入らなかったな」
 給油を終え中隊パークに到着し、重機関銃の銃身を外しながら神保が神内に言った。
 「確かに、今回はあまり動かなかったですしね」
 神内は砲塔内の神楽坂から車載機関銃を受け取りながら神保に答えた。
 「いいや、以前は神内の操縦だともっと燃料食ってたぞ、以前より操縦が安定してきているってことだ」
 神保は神内を見ながら言った。
 「ありがとうございます、でもやっぱりまだまだですよ」
 神内は内心喜びながらも謙遜した、すると、神保はしごく当然とでもいうような調子で答えた。
 「ま、そりゃ当然だな」
 思わず神内はずっこけそうになったが、車載機関銃を持っている状態でそんなことをしたら下にいる神楽坂三曹の顔に直撃することは確実なため耐えた。
 訓練後の整備にはそれなりの時間がかかるのだが今日はパークに人が十五人程いたため積載物品の撤収も素早く終えることができ、神内達はリヤカーに重機関銃と車載機関銃、三人の戦闘背嚢等を積載して中隊の事務所に向かった。
 もちろリヤカーの『操縦手』は神内だ、階級からしてもまあ当然ではある、パークから五分ほど歩き戦教隊の本管中隊から五中隊までが入っている三階建ての隊舎の玄関前でリヤカーを停めて荷物を降ろした。
 どうやら、事務所に連絡が行っていたようで、手のあいている人が荷物を運びの手伝いにきてくれた。
 「じゃあ、自分はリヤカーを補給倉庫の前に置いてきます」
 神内は神保に伝えると、自分の荷物を持っていってくれる神楽坂に令を言って、少し離れた場所にある倉庫へ歩き出した。
  
  
    4

 軽く築三十年は経っていると思われる木造倉庫の壁にリヤカーを立てかけ、事務所に向かおうとする神内の背に女性の声がかけられた、その人は神内にとっては疲労を一瞬で吹き飛ばしてくれ心を和ませてくれる人間だった。
 「すごく寒かったでしょ?お疲れさま神内くん」
 本管中隊所属の陸士長・天宮沙紀が季節的には冬だが春のような明るい笑顔で神内に声をかけてきた。
 迷彩服に身をつつんでいるが、おっとりとしたその外見からは自衛官には見えない、その雰囲気は神楽坂が居るだけで緊張感を持たせるのに対して居るだけで心が和むような感じがある。
 「えへへ・・・神内くん、マフラーしてくれたんだ」
 神内の首筋に巻かれたマフラーを見て嬉しそうに天宮は笑った。
 「ああ凄く暖かかったよ、ありがとうな天宮」
 神内は操縦していた時の寒風を思い出し心からお礼を言った。
 「ほんとはね神内くん、恥ずかしがってたから着けてくれないかなって思っちやったの・・・」
 「天宮がOD(オリーブドライ)色で作ってくれたから全然気にならなかったよ・・・って」
 そこまで言って神内は自分がすっかり武器の手入れのことを忘れていたことに気がついた。
 「悪い天宮、まだ終わっていないことをすっかり忘れてた!俺もう行かなきゃ!」
 そう言うと同時に神内は走りだした。
 天宮はそんな神内のことを見てくすっと笑いながら彼に言った。
 「うん、じゃあ神内くん、また後でねっ!」
 その声を背に聞きながら神内は一気に二階の事務室を目指しわき目もふらず大急ぎで走った。
 ふふ、神内くんも忙しいな、今日の夜は楽しみだなぁ・・・天宮はポストに投函してくれと頼まれていた封筒を持ち歩き出した。
  
  
    5

 事務室前の廊下に神保達は居なかった、武器庫には使用した機関銃が分解途中で置いてある、なぜ誰も居ないんだ?
 事務室の中を見ると神保一曹と神楽坂三曹や先任、小隊長、中隊長まで十人以上の人間の視線が事務所奥のロッカーの上にあるテレビに集中している。
 そういえば・・・ここに来るまでも他中隊の事務室も同じような雰囲気だったような気がする、なにか良くない事があったのか?。
 そう思いながら、神内は警衛勤務を終了したのだろう、上高と相馬の姿を見つけ軽くその肩を叩いて尋ねた。
 「相馬、何かあったのか?」
 珍しくも相馬は驚きこちらを向いた、この鋭い男が珍しいことだなと神内は思いながら何かあったかと尋ねた。
  
  
    6

 相馬は興奮を隠せない様子だった。
「何かってお前なぁ!どこかの大馬鹿野郎がついに第三次世界大戦を始めやがった、こいつはもうシャレにならねえぞ!」
 そう言うと相馬は再びテレビの画面に視線を戻した。
 そして神内が見たものは、紅蓮の炎と黒煙に包まれるハワイの軍港、真珠湾の姿と全長三百mを超える船体を中心から真っ二つに引き裂かれ、断末魔の絶叫のような爆発を船体各部で起こしながら真珠湾の底に沈んでいく二ミッツ級原子力空母・カール・ヴィンソンの壮絶な最後だった。
 そしてその轟音は、これより二度にわたる人類生存戦争の始まりと神内達の生きてきた平穏な旧世界の終焉を告げるものだった。
 さらに当時の地球、いや宇宙諸国はその存在を知る由もなかったが五千年前に彼方に放逐されしタルタルが創造主に誓ったレコンキスタの始まりを宣言する序曲となりあまねく世界に高らかに響き渡った。
  
  
    つづく
        
        
    あとがき


 はい、最後になっていきなり意味不明な言葉を出してしまいました。スミマセン・・・いずれ挿絵をつけてみようかなどと思ったりもしていますができるだろうか
 それでは、また