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地球帝国の興亡
遭遇、対空戦闘
1
戦教隊の隊列がエンジン音をとどろかせながら御殿場インターを目指して進んでいく。一つの市の周囲に四つの陸上自衛隊駐屯地と一つの米軍キャンプを抱えて自衛隊の73式大型トラックや73式小型トラックを見慣れている御殿場の人たちもこの戦車部隊の姿には驚いた。
神内は沿道で手を振って声援を送ってくれる人たちに軽く頭を下げながら、あの人たちの期待になんとしても答えなくてはと決意を新たにした。
交通規制が行なわれているため対向車は一台もない、そのお陰でこの90式戦車もスムーズに走れている。周囲の風景は見慣れたものだった。富士駐屯地に配属になってから外出のたびにバスの窓越しに見た風景が過ぎ去っていく。
市街地へ下っていく途中のカートレース場にウイスキーの蒸留工場、もう幾度となく見ているのに、別のものに思えてくる。普段とは何か世界が違う。同じ街ではないような感覚すらある。
前車が加速した、神内も車間距離を維持するためにアクセルを軽く踏み込んだ。下り坂であることも手伝い簡単に加速する、速度計は45kmをさしていた。顔に寒風が叩きつけられる。
戦教隊の戦車達は、森の間を抜ける道路を走りつづけた。前方100m位の位置にパチンコ屋の看板が目に入った、そろそろ平野部に出るはずだ。神内はそう考えた。
「神内、そろそろ街中に入るぞ、歩行者に注意しろ、子供がいるかもしれないぞ」
神保の注意がヘッドセットから聞こえた。神内は思った。普段の演習じゃあこんな事言われた覚えがない。市街地を走った事なんかさすがに神保一曹もないだろうから注意しないと。
先頭から順に速度を落としてくる、神内はアクセルを離し軽くブレーキを踏み速度を少し落とした。
市内に入ると歩道には沢山の人たちが集まっている、まるで箱根駅伝の応援を見ているかのように神保や神内は感じた。中には日の丸の小旗を振って声援を送ってくれる人や自衛官だった人だろうか、敬礼を送ってくれた人もいた。
これまでの人生でこれほど自分に期待がかけられた事は一度もなかったなと神内は思った。
「神内、こいつはすごい応援だな、たまげたぞ」
どうやら神内と神保は同じことを思ったらしい、神保の声にも興奮が入り混じっている。
「自分も同じことを考えました、驚いてます」
「二人ともこの声援を忘れるなよ、これだけ俺達に期待してくれてるって事をな」
神保は神内と神楽坂に向かって、そして自分自身にも言い聞かせるように力をこめて言った。
「はい!」
「はい」
あまりにも対照的な返答がヘッドセットを通して神保の耳に入ってくる。今となっては別に気にするまでもないことだった。
「神内、バイパスを通過したら少しでインターにでるからな」
神内は神保の声を聞きながら、バイパスの上り坂に入る直前にアクセルを踏み込み戦車の勢いをつけ一気に坂を登った。
「見えました! インターです」
神内は神保の報告した、渋滞がおき始めている。神内はふと気がついた、90式戦車が料金所を通過できるのだろうか? 多分というか絶対に引っかかるぞ!
・・・・・まさかとは思うけどここまで来て料金所を通過できなくて停止してるんじゃないよな? そりゃあまりにも寒すぎるぞ。
「神保一曹! 戦車は料金所通過できるんですか?」
神内は思わず神保に聞いた。しかし神保はすでに予想していたらしく前方の渋滞を見ながら平然と答えた。
「料金所の横の事務所みたいな建物の側を通過するだろうからな、そりゃ渋滞もするだろうな、速度落としとけ」
そう神内に言うと、体をよじって後ろを向くと手信号で『速度落とせ』と後方から向かってくる戦車に伝えた。
後方の戦車の車長が手を掲げて返答するのを確認すると神保はまた前方に体を戻した。神楽坂はその時神保の顔が僅かに曇っているのを見た。
「どうかしましたか?」
「うん?」
神保は神楽坂の顔を見るとむすっとした顔でゆっくりと道を曲がりながらインターに入っていく戦車の姿を見ながら言った。
「いやなんでもない、こんなところで渋滞させるなと思っただけだ」
そう言って神保は暗雲が覆う空を見上げた。神楽坂には嘘をついた。わざわざ下の人間を不安にさせることはない。日本の道路事情からすればそのくらいは覚悟していたことだ。
本当に気に入らないのは渋滞で車列が停止している時にもし魔鳥どもが上空から攻撃してきやがったらどうなるということだった。
今のところまだ日本の空は人間の領域であり制空権は維持している。しかしやはり不安は残るのだ。一時もはやく移動させてくれ、それが神保の今の気持ちだった。
いや、おそらく全車長どころか、中隊長から戦教隊長まで全員同じ事を考えているはずだった。
ようやく五分後に戦車は動き出した。神内はアクセルを軽く踏み込み車体を前進させ、インターの側道から高速道の中に入った。
再び戦車が加速していくのを見て、神保は小さく息を吐いた。これから先できる限り路上停止はしたくないものだ。
神保はそう願った。
2
中隊の全車両がインターから高速道路内に移動した後、中隊長から中隊の全車に無線が入った。
「20(ニイマル)全車左により速度落とせ」
神内は軽くブレーキをかけながら走行ハンドルを左にきり車体を左側方によせた。
中隊の後方から第一歩教連隊の89式装甲戦闘車(FV)の一個小隊が増速しながら90式戦車の車列の前方に移動してきた。戦車中隊の支援のために移動してきてくれたんだろうと神内は思った。
なにげなく見ると五中隊の車両だった、あのどれかの中に天宮三曹が乗っているのだろうか。班長も元隊はたしか五中隊だったはずだ。
89式装甲戦闘車が戦教隊の隊列の前方に移動したのち再び戦車は増速して走り始めた。神保が後方を振り向くと戦車や装甲車の堂々とした隊列が高速道を走行していた。
これほどの戦闘車両の集団は今までお目にかかったことがない。これだけの車両が富士地区にはいたのかと神保は今さらながら思った。
操縦席に座る神内は顔に吹き付ける寒風に耐えていた。速度計を見ると65km出ていた。アスファルトである事と軽い下り坂になっていることもあって楽に速度が出せる。
しかし、その分顔に吹き付ける風も強烈だ、神内は左手で首に巻いたマフラーをあごのあたりまで引き上げた。
天宮が以前作ってくれたOD色のマフラーは今日も立派にその役目を果たしてくれている。
「神内どうだ、始めての高速道を走行した感想は」
「これが訓練なら最高の操縦訓練ですね、道も広くてすごく走りやすいです、でもえらく顔に直撃する風が冷たいです」
そうだな、演習場の道を走ったことしかないものな、広く感じるだろうと神保は思った。
「そうだろう、だが神内、金じゃ買えないような高級マフラーを巻いているクセになにを言うか、俺は八百円の首巻なんだぞ!」
神内は愛用のマフラーが天宮の手編みマフラーだということを神保がやっぱり知っていた事に苦笑した。
「そんな、普通のマフラーと変わりませんよ」
神内がそう言うと神保は意地悪く答えた。
「ほう? なら俺のと交換してもいいんだな」
神内は慌てながら、神保にそれはできないと答えた。そしてはっきりと神保に言った。
「暖かさは同じでも、込められた思いには天と地以上の差があります!」
神内の断言に神保も引き下がった。まったく若いヤツは・・・・・神保は苦笑するしかなかった。
出撃前にハチマキを渡して、二人で抱き合うなんざ映画と話のなかだけのものかと思ってたぜ。さすがに神保もそのことを冷やかすつもりはなかった。とりあえずこの戦いが一段落するまではだ。いつか笑い話として休憩所で皆に話せる日がくるだろう。
「神内、幸運のお守りと思って大事にしろよ!」
神内のヘッドセットから神保の威勢のいい声が聞こえた。神内はすぐに神保に返答した。
「はい、俺の大事な宝物です!」
3
それは、山中の森の中で体をまるめて胎児のように眠っていた。いや体だけが眠っていたというべきか。それの情報収集をつかさどる器官が、こちらの方向へ向かって来る音を感知した。
それの人間をはるかに超える外部情報収集能力をもってしてもまだ僅かにしか聞こえない。しかしその数少ない情報からそれは距離と数を判別した。
・・・・・10キロは離れている・・・・・数は数十体以上、攻撃目標・・・・確認、冬眠解除・・・
それは目覚めると本能にすりこまれた行動に移った。一つの単純な目的のために命を与えられた生命体が動き出す。
・・・・・殲滅せよ。
山中の森の中から三体の異形の生命が翼長にして12mはある翼を大きく広げた。翼の間からゆっくりと顔が持ち上げられた、そこには虚空を見つめているかのような赤く輝く一つの目があった。
数秒後、彼らは周囲の木が倒れるほどの爆発的な脚力で大地を蹴ると空に舞い上がった。
4
神保は空の一点にふと違和感を感じた。前方の山の中で何かが舞い上がったように見えた、はっきりとしたわけではないが何か嫌なものを見たような気がする。
神保は重機関銃の装填レバーを体重をかけて引き弾薬を装填しハンドルを握り締めると左手でヘッドセットの切り替えレバーを無線に入れて小隊長に伝えた。
「21、こちら24オクレ」
「こちら21、オクレ」
小隊長が返答した。
「21、先ほど前方の山から何かが飛び立つのが見えた、オクレ」
その間も神保は山並から視点をそらさなかった。この近くに何かがいる、俺達を狙っている、頭のなかで警告信号が連発されていた。
「了解、ただちに伝える」
小隊長はその異変には気づかなかったが、自分よりも15年以上も長く戦車に乗ってきた神保の直感を疑うつもりはなかった。
・・・・・どこだ、何処にいる、どこから来る。機関銃のハンドルを握る手にじんわりと汗がにじんでくるのを感じる。神楽坂は89式小銃を構え高速道の左側にそびえる山林の稜線頂を警戒している。
しかし、何も起こらない。ただ全速走行する戦車のエンジン音だけが聞こえる。異常を感じてから数分しか経過してないはずなのに時間がすぎるのがとても長く感じる。
俺の思い違いだったのか? 神保が汗ばんだ手を重機関銃のハンドルから離し冷え切った砲塔の装甲板の上に置いたその時だった。
「24真上だ、操行切れーっ!」
突然、絶叫が神保達三人のヘッドセットに飛び込んできた。24切れとの言葉を聞いた瞬間神内は考えるよりも先に体を動かした。
それはまるで脳からの指令ではなく脊髄反射で動いたかのような速さだった。
操行ハンドルを引きちぎるつもりかと思えるほどの勢いで神内は操行を右に切った。遠心力で体がサイドパネルに押し付けられる。
神内はその直後に後方でなにかが地面に直撃して炸裂する雷鳴のような音を聞いた。
その一瞬後、装甲板に夕立のようにアスファルトの破片が叩きつけられる音が神内の耳にはっきりと聞こえた。
5
神内が操行を切ったのと神保が真上を見上げたほぼ同時だった。三体の魔鳥が一斉に左の山並みの稜線から飛び出し自らを地面に叩きつけるかのような勢いで頭から急降下してくる。
魔鳥達の顔の正面から青い光の矢が放たれ、その閃光に神保は思わず一瞬目をつぶった。青い雷が一直線に神保の戦車に向かって伸びてくる。
神保と神楽坂は横面を平手で叩かれたような衝撃を感じ、素早く左車線を見ると土煙が立ち込めている地面が直径四mほどのすり鉢状に三つ縦に並んでえぐれていた。
それは過去何度となく不発弾清掃で特科の榴弾砲の弾着地を歩いている時に見る砲弾の炸裂痕にそっくりだった。
あのまま直進していたら間違いなく直撃していただろう。神保はそう思うと一瞬思わず身震いしたがそれはすぐに魔鳥への怒りに変わった。
やりやがったな、あの鳥野郎どもが! 神保は地面すれすれで体を引き起こして、再び上空に舞い上がろうとする魔鳥達の姿を睨みつけながら神楽坂に大声で怒鳴った。
「神楽坂、撃て! 鳥どもを撃ち殺せ!」
そう言うと一気に前方へ向け重機関銃を発砲し、それが合図となったように戦車、FVの対空機関銃、35mm機関砲が火を噴き、隊列の上空を離脱しようとする最後尾の魔鳥に叩きつけられた。
この12.7mm重機関銃は装甲車の側面程度ならばなんとか貫通することができるほどの威力を持っている。
ならば、空を舞う為に重装甲を持つことのできない航空機、そして魔鳥ならば命中すればそれが致命傷ともなりかねない。
胸部と脚部を覆う装甲骨格とでもいうべき部位は貫通する弾は少なかったが、まったく防御されていない翼の皮膜部は重機関銃の威力にまるで濡れた障子紙を突き破るかのようにたやすく貫かれた。
特に右翼の付け根の位置に命中した35mm機関砲弾は内部で炸裂し付け根を引き裂き胴体から千切りとった。完全に飛行能力を奪われた魔鳥はもはや重力に逆らうこともできずに落ちていくのみだった。
そして音速近くの速度で滑空しながら大地に叩きつけられ地面を削り取りながら、血と肉片を盛大に撒き散らし、使い古した雑巾のような肉塊に成り果てた。
しかし、数発を喰らったのみでほとんどダメージのない二体は身をもって対空攻撃を引き付けた仲間の無残な最後を一瞥すらせずに、加速して対空射撃の射程圏外に離脱した。
そして一気に左右に分かれると一体は急上昇し、もう一体は大きく弧を描き再び隊列へ向かい側面から地面すれすれに低空攻撃を仕掛けようとしてくる。
「目標三時の方向、また来るぞっ!」
「目標 直上にいるっ、急降下―ッ」
その時射撃準備を完了させた1式自走高射機関砲四両が砲塔の左右に搭載された35mm機関砲を天にむかって咆哮させた。
四両計八門の砲口から35mmの炎の矢が放水のように放たれていく、重機関銃とは比べ物にならないその破壊力は先ほどの魔鳥の最後を見れば明らかだった。
車両に搭載された電子の目は直角に近い角度で一直線に急降下してくる魔鳥を完全に捕らえていた。
そして数秒後に魔鳥の体を衝撃が襲った。
6
魔鳥『シルラ・ロメノ・ス』は自らの体を何かが突き抜けていくのを感じた。次の瞬間には腹部の装甲を突き破り背中から衝撃が抜けていく。
衝撃が走り抜けるたびに体から急速に力が失われていく、離脱の為に翼を動かそうとしたがもはや空気を叩くことはできなかった。
なぜなら、もはや翼は体から半分取れかかっていたのだから。そして彼は瞬時に自らの置かれた状況とこれから為すべき最良のことを理解した。
左右の翼の付け根の装甲骨格に開いた戦闘機のジェット噴射口のような穴から、自らの命をほとばしらせるかのように青き光を放出してさらに加速した。
『目標・・・・確認・・・・目標未来位置確定・・・・最終行動に移行・・・・突入す』
ほんの僅かに体をひねり前進方向を修正することに成功した魔鳥の体に重機関銃、機関砲弾が降り注ぎ肉片と血を撒き散らし体を削り取っていく。
翼をもがれ、足を吹き飛ばされ、顔の半分をグズグズとした肉塊に変えながらも魔鳥は露ほどの痛みも動揺も感じることはなかった。
眼前に地面が近づいてくる。攻撃目標が僅かに右へそれるのが見えた。
それが魔鳥『シルラ・ロメノ・ス』の見た最後の光景だった。次の瞬間、その体は音速を超える速度で頭から大地へと叩きつけられ、ひしゃげた巨大な肉塊と化した。
7
「目標捕捉、発射準備良しっ!」
「発射ぁっ!」
号令と同時に高機動車に搭載された93式近距離地対空誘導弾(近SAM)が目標へ向かい放たれた。
八連装の発射機から飛び出した四発の超音速の矢はそれ自身が意思を持ってるかのように車列のすぐ上を飛行し魔鳥へ向かい殺到していく。
飛翔音を感知した魔鳥は自分を殺そうとする四発のミサイルを目で確認すると必死の回避行動に移った。まさに数秒の内に魔鳥は狩る側から狩られる側へと変わってしまった。
魔鳥はその翼を渾身の力で羽ばたき空気を蹴り飛ばし直角に移動したかに見えるほどの急旋回をすると同時に高速で迫るミサイルの方向に光砲を炸裂させた。
それは放たれたと同時に空中炸裂し全速で離脱を試みる自らの全身をミサイルから隠すほどの大きさを持つ光球となった。それは青く輝く小さな太陽が誕生したかに見えた。
ミサイルはこの光と熱で完全に目標を見失い光球に突入して炸裂した。青い太陽の中にさらに小さな火の玉が次々とできていく光景を誰もが見た。
なんて奴だ! 神保はその光景を見ながら内心で驚愕した。あの鳥野郎はミサイルを武器と認識して回避した、しかも赤外線を追尾してくることまでも理解してやがった!
あいつはミサイルを撃ち落したんじゃない、熱と光で誤爆させやがったんだ、原理を知っているってのか、あの畜生が!
そう悪態が口から出そうになるのをなんとか飲み込み神保は隣を見て目を丸くした。神楽坂はそこにいなかった。
神楽坂どこだ・・・・
その時神保の思いに返答すかのように突然砲塔が旋回した。
「車長、射撃準備よし」
神楽坂が何事もないかのような平然とした声が神保のヘッドセットから聞こえた。
「まさか戦車砲であいつを撃つ気か、神楽坂!」
「はい、次に目標がこちらに向かって低空飛行できた時に撃ちます」
それは正気の沙汰じゃねぇぞ! 神保は思わず怒鳴りそうになった。今まで戦車砲で音速で飛ぶ目標を撃つなど考えたことも、教えられたこともない。
しかし・・・・・神楽坂が今までできない事をできると言った事はない。あいつなりの確信があるに違いない。
「やれるのか? 神楽坂」
「目標は顔の正面からでなければ撃てません、攻撃直前に必ず直線飛行に移行します。その時を狙います」
神保の問いに神楽坂は躊躇なく断言した。
見ると魔鳥は前方を旋回しまたもや攻撃態勢に移ろうとしている。一体となっても逃げるつもりは全くないらしい。
確実に目標を撃ち貫くために、車列の前進方向の真正面から攻撃するつもりだろう。神保は車内通話で神楽坂に気合をかけるかのように怒鳴った。
「神楽坂! 射撃時期はお前に任せる、120mmを鳥野郎に叩き込め!」
「了解」
神楽坂の淡々と答える声がヘッドセットから聞こえた。
8
神楽坂は振り向けば体が機材にぶつかる狭い砲塔の奥でパネルと120mm砲の砲尾に間で自らが部品となったかのように身じろぎせず魔鳥を照準していた。
砲塔旋回ハンドルを握るその手は汗一つかいておらずまったく動じてはいない。砲手潜望鏡の中心に照準されている目標が旋回を終え一直線に向かってくるのが見えた。
愚かな行為だ、真正面から向かってきてくれればそれだけ自分達にとっても照準しやすくなるものだ。これも目標の攻撃誘導能力が欠如しているためだろう。
神楽坂は、そう思いながらハンドルにほんの少しの力をこめ照準を修正し続けた。彼女の手と砲塔が完全に連動している。
彼女はハンドルの安全板を激発スイッチの間から親指で回し外すと、そっと赤い激発スイッチの上に親指を置いた。
みるみる内に照準している目標が大きくなっていき発光が強くなっていくのを見た神楽坂は普段とかわらぬ口調で答えた。
「発射」
彼女の親指が激発スイッチを押した瞬間、120mmAPDSFS(装弾筒付翼安定徹甲弾の略)の発射の衝撃が50トンの巨体を震わせた。
9
最大速度で道路の六mほど上を飛行する魔鳥『シルラ・ロメノ・リム』は光砲発射のための光子の収束が完了するのを感じた。
魔鳥は先頭を走る戦車を目標として位置を合わせた。あれを撃破すれば道路は半ばふさがれて、次の攻撃時に後続する車列は混乱させることができると判断したのだった。
すでに発射準備は完了していたが、魔鳥は必中を期するために発射を数秒遅らせた。この数秒が決定的な命運の差となった。
目標の奥を追従している戦車の一両の砲口から一瞬車体を覆い尽くす巨大な爆炎が生じるのが見えた。
次の瞬間『シルラ・ロメノ・リム』の目を120mm徹甲弾が突き破り、体内の臓腑をズタズタに切り裂きながら瞬時に両足の付け根から再び体外に出ていったが、そのことに魔鳥は気づくことはもはや永遠になかった。
神楽坂の放った120mmのタングステン製の矢は一撃で気づくまもなく魔鳥の命を打ち貫いたのだった。
かって『シルラ・ロメノ・リム』だった肉塊は間欠泉のように後部の貫通孔から鮮血を噴出しながら、戦車縦隊を飛び越えて山の斜面の林に突っ込み、木々をなぎ倒してその動きを止めた。
「うおっしゃあっ! 命中したぞっ! よくやった神楽坂あっ!」
神保は魔鳥が噴出した血を体の左半分に浴びながらも気にすることもなく、初の実戦で戦車砲で飛行目標を撃墜するという前代未聞の快挙を成し遂げた神楽坂を大声で褒め称えた。
魔鳥が林に激突するまでの飛行経路上の下は巨大な筆が一直線に赤い塗料を書きなぐったように鮮血で染まっていた。
その時、ジェット機の音が聞こえもう一度空を見上げるとようやく、直上護衛のFー15Jが駆けつけてきたところだった。神保は目をつぶり深呼吸するかのように大きく息を吸いこむと一気に目を見開いた。
「馬鹿野郎ーっ! いまさら遅いわっ、来るならもっとはやく来ーい!」
神保、いや第一教導団の全隊員の怒りの絶叫が真冬の寒空に鳴り響いた。
9
神内は足回り(転輪・履帯・サスペンション関係をまとめた呼び方)を神楽坂と共に点検した。直撃は受けなかったとはいっても至近弾を受けたのだから異常があってもおかしくない。
「どうだ、神内?」
砲塔の上から神保が砲塔の上に付着した魔鳥の血をふき取りながら車両の状態を聞いてくる。神内は立ち上がって砲塔上の神保を見上げながら答えた。
「履帯は異常なし、ただ左第4転輪の点検窓から油が少しにじんでます。最初の攻撃で飛び散った破片で窓にヒビが入ったみたいです」
「それくらいか」
神保は神内に聞き返した。むしろそのくらいなら御の字だろうと神保は思っていた。
「はい、そのくらいです、あとは見た感じ大丈夫です」
「そうか、じゃあ二人とも乗車して出発準備だ」
神保は神楽坂と神内の二人に乗車するように促すとヘッドセットを無線通話に切り替えて小隊長に報告しはじめた。
神内は操縦席の右側面にある、車体袖部(物入れ)に油をぬぐうのに使用したウエスと2ポンドハンマーをしまい操縦席に乗り込もうとした時に神保から魔鳥の血がべっとりと付着したウエスを投げ渡された。
「神内、砲身にその血で一本線を引いておけ」
神保は120mm砲の砲身を指差しながら神内に指示した。神内は本当はいくら皮手袋ごしとはいえ魔鳥の血で染まったウエスを触りたくなかったが、右手の人差し指にウエスを巻きつけると砲口のすぐ後ろに赤いキルマークを描いた。
「おう、これが俺達の記念すべき初戦果だな」
胸を張って嬉しそうに言う神保は神楽坂と神内に言った。神内はすぐに指に巻いたウエスを剥ぎ取ると手袋に付着した血を拭い取り操縦席に乗り込んだ。
「そういえば、神保一曹、5中隊の90は大丈夫だったんですか?」
神内は停車した後に点検のために様子を見に行くことができなかったので心配だった。操縦している状態でエンジン音が轟いている間にすら魔鳥が地面に叩きつけられた時のぐちゃっとでも形容するような肉が潰れる生々しい音がはっきりと聞こえたのだから。
「ああ、ギリギリのところだったらしい。コンマ1秒操縦手がハンドルを切るのが遅れていたら助からなかったかもしれないと言う話だ」
神保もあいにくと砲塔上面に付着した血痕をふき取っていたために様子を確認することはできなかったので無線で聞いた話だった。
「ただ・・・・な」
神内は神保が先を続けるのを少しためらうのを聞いてよくないものを感じて表情を曇らせた。
「エンジンの上甲板の後端に鳥野郎が突っ込んだらしい。後ろ半分は完全に鉄と肉のスクラップ置き場状態だそうだ」
その時の光景を神保を思い出すことができる。一瞬90式戦車が起動輪を軸にして立ち上がったかように見えたほど車体の前が持ち上がり、車長席から見えるはずのない車体底板がはっきり見えたのだった。
「まあ、不幸中の幸いで乗員は砲手が左腕の骨にヒビが入ったらしいが他の二人は軽症ですんだらしい」
神内は神保がフォローするために付け加えた言葉に安堵してほっと息を吐いた。
「実は整備している最中もずっとそれが心配だったんです。でも本当に無事でよかった」
神内は安心してイスの背もたれに体を預けた。さきほどの戦闘は時間にして十分も経っていなかったのに疲れが押し寄せてくる。
「神楽坂、神内」
神保の声に神内と神楽坂はすぐにヘッドセットを車内通話に切り替え返答した。操縦手の位置からは車長の様子は見えないのだが、おもわず神内は首を後ろに向けて戦闘室を見た。
「神内、さっきは見事な反応だったぞ。俺達が今無事でいるのはお前のお陰だ」
神内は先ほどまで間一髪で自分達が助かったという実感が湧いてこなかったが、今無事でいられるのはと礼を言われて本当にさっきは危ない所だったのだと思った。
「・・・・・ありがとうございますっ!」
その後、神保は隣の砲手席に立つ神楽坂の右肩を軽く叩いた。
「神楽坂、お前こそ化物だと思うぞ。あんな速さで飛び回る目標を一撃で叩き落すのはもう人間技じゃないぞ」
神保は砲手席に立っている戦車戦の常識では考えられない事を平然とやってのけた女性の姿をした『化物』に畏敬と呆れがない交ぜになった思いを抱きながら言った。
「本当に凄かったです! 神楽坂三曹!」
神内も神保と同じように彼女を褒め称え、改めて彼女を尊敬しなおした。
「それほどでもありません」
二人の賞賛に対して彼女はごく平然と答え返した。訓練の時に目標車両を撃破したときと同じまったく無感動な言葉だった。
ふと神内と神保は彼女が謙遜してるのではなく、本当にたいした事ではないと考えているのかもしれない、彼女にとっては魔鳥も多少速く動く目標というレベルでしかないのではないかと思った。
神内は目だけ動かしてちらりと時計を見ると再出発の時間まであと少しだった。装甲車帽の後ろから出ている鉢巻の末端をそっと右手でさわりながら天宮のことを思った。
ありがとう、天宮の思いはいきなり俺を守ってくれた、本当にありがとうな。このお守りは絶対に手放さないから。
「操縦手、エンジン始動!」
思いにふけっていた神内を瞬時に現実へと引き戻す神保の大きな声がヘッドセットと戦闘室から聞こえた。
神内がエンジンを始動させると同時に全戦車のエンジン音が再び猛り狂った。
この日、神内・神楽坂・神保の三人は後の地球帝国の戦史に残る魔獣撃滅記録の最初の一歩を踏み出したことになる。彼らの死闘の日々が始まった。
つづく
あとがき
どうも、4話アップしました。
さて、この話にでてきた1式自走高射機関砲というのは完全なフィクションです。
96式装輪装甲車の中央部に87式自走高射機関砲の砲塔を小型化したものを搭載した対空車両という設定です。
装軌車に比べると安価な装輪車であることに加えて充分な数を揃えることを当初から目標にしたので、コストが下がり機甲部隊の重要な対空兵器となっているという感じです。
さらに地上戦闘でも35mm機関砲2門は重装甲を持つ目標以外なら、破壊的な威力を示して多数の魔獣を挽肉状態にする事になるはずです。
いずれこの車両は3DCGで製作してみようと思います。
次はまた中文が入ります。それでは失礼します。
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