地球帝国の興亡・番外編


    「戦車戦闘訓練」


    1

 「いそげ操縦手、前進、丘の陰に入れっ速度増せっ!」
 二中隊一小隊四車の車長、神保一曹の怒鳴り声がヘッドセットのみならず彼自身の肉声としても戦闘室からこの操縦席まで聞こえてくる。
 普通エンジンの騒音で肉声などほとんど聞こえないはずなのに神保一曹の声は実に良く聞こえる。
 操縦手の神内士長は己の足であり、また戦友である、この地上における最大最強の鋼鉄の巨獣、九〇式戦車のアクセルを一気に踏み込んだ。
 その瞬間、三菱製の最大出力一五〇〇馬力を発生する巨大なエンジンがフル回転し五〇トンの巨体を一気に加速させた。
 畜生!、もっと加速しろっ!神保一曹は心の中でそう怒鳴った。
 神保は十八才の時に戦車部隊に入隊して以来、約二七年間ひたすら戦車とともに歩んできた。
 六一式戦車、七四式戦車、九〇式戦車のすべてを乗りこなした生粋の叩き上げの戦車兵であり彼からみれば神内などまだまだ戦車のイロハのイをなんとか覚えた程度だった。
 鉄は熱いうち叩けだ。
 「操縦手!、もっと速度増せぇぇつ!」
 神保はまたもやヘッドセットが不要なほどの大声で神内に命令した。
 この戦友はあまりにも大きい、いつどこにいても目立ちすぎる、なにしろこの九〇式戦車は全長約九・八m、幅約三・四m、高さ約二・三mもあるのだ、とにかくでかい。
 そういえば戦車は陸軍の象徴的存在だとなにかに書いてあったが、まさに戦車は良くも悪くも戦場の広告塔的存在と言えるのかも知れない。
 神保が大声で命令した理由はそこにある、一キロでも速度を出せばそれだけ狙われづらくなる、戦闘中に開豁地でゆっくりと移動しているのは自殺行為以外の何物でもないのだ。
 ましてや俺達は完全に敵戦車に発見されたのだから一秒でも早く遮蔽物の陰に隠れねばならない、ましてや怪獣映画のようにその場で暢気に射撃を続ける行為など決して許されないのだ。
 その時、神保の目に前方約五〇〇mの雑木林の陰に対抗部隊の標識を付けた七四式戦車が入ってきた。
 「砲手!、前方一〇時の方向!、敵戦車射撃用意!」神保は反射的に砲手を務める神楽坂三曹に命令を下した。


    2
 
 「車長、敵戦車確認、射撃準備よし」
 周囲の仲間いわく瞬間湯沸し機のような神保とは実に対照的に一切の感情を交えない、むしろ冷たささえ感じられる声で神保に報告する。
 その装甲車帽の後ろから束ねた黒髪がはみ出ていた。神楽坂は戦車に乗っているときは一切の感情を出さぬ様に心がけてきていた、感情は戦闘において決して良い結果をもたらさない。
 『我は戦車を構成する部品の一つなり、部品には感情など不要』
 一九二五年五月一日に設立された日本初の戦車隊の戦車乗員を務めて以来、現在にいたるまで代々の戦車乗員を輩出してきた名家、神楽坂に代々伝わる言葉の一つだった。
 そして先代、先々代をして神楽坂家歴代の最高傑作とまでいわしめたのがこの女性戦車乗員、神楽坂桜花だった。


    3
 
 「操縦手、停止用意!」
 車体が丘の陰に完全に入ったのを確認すると神保は神内に命令した、神内はゆっくりとブレーキペダルを踏み込み車体を減速させた。
 車長の命令がでる前にすでに停止用意がかかることを予測し速度を前もって落としはじめていたため衝撃は少なかった。
 操縦手として神保車のクルーになってから約六ヶ月、神内もようやく車長の意図が読めるようになってきたようだった。
 最初は停止命令がでるまで一切減速をしなかったため何度殺人ブレーキをかけられたことか・・・
 神保は車長になってから無意識に何度叩きつけられたかわからない膝をさすった。
 「止まれ!」
 命令のワンテンポ後に戦車はゆっくりと丘の陰で停止した、ここは丘の上からが絶好の射撃位置となる。
 その巨体をさらすことなく砲塔のみを突き出し射撃することができるからだ、被弾面積は極力少ない方が良いのは自明の理だ。
 「操縦手、微速前進、前へ!」
 神内は慎重に徐行速度で丘を登りはじめた、敵戦車もこちらが丘をこえてくるのを待ち構えているかも知れない、しかも神内は操縦席から空しか見えていない状態だ。
 操縦手は実に視界が狭い、顔をだしている開放操縦の状態でも後方は完全に死角で、ハッチを密閉した戦闘走行の時にいたっては、神内が初めて戦闘走行をしたとき曰く。
 「本当にこれで運転できるんですかっ!」
 そしてその時の神保曰く
 「人間、やりゃあできる!」
 そう力強く答えたという・・・とにかく視界の悪さは乗用車の比ではない。
 密閉時はもはや後方のみならず側面の半分程度から上方までもが死角となる。
 幅わずか30cm程度の3つの潜望鏡から外の状況を判断し、周囲の地形地物の確認、砲手の射撃能力を最大限に発揮できる安定した速度での走行、敵に照準されづらい走行方法・・・操縦手が考えねばならない事はそれこそ山のようにある。
 いずれは神内も無意識の内に状況判断できるようにまでなることだろうが、それまでには何度も怒鳴られながら、それこそ胃に穴が開く思いをしなければならないだろう。
 「止まれ!砲手目標確認できるか?」
 神保は神楽坂に尋ねた
 「確認できません。」
 「了解、操縦手、ケツを上げろ!」
 神保の命令と同時に神内は車高制御のスイッチを入れた。
 油圧回路の作動音とともに強力な油圧の力が90式戦車の姿勢を変えていく、履帯の軋む音とともに車体後部が持ち上がり、車体前部は反対に下がっていく。
 先ほどまで神内の視界は今まで空しか見えなかったが、今では地面が見えるようになった、そろそろだなと神内は思い神楽坂に聞いた。
 「良し!砲手確認できるか?」
 それに対してすぐに答えが帰ってきた。
 「敵戦車確認、射撃可能」
 「撃てっ!」
 神保の怒声が戦車内に響いた。


 「命中!敵戦車撃破!操縦手後退用意!」
 敵戦車から撃破時の発煙があがり、砲塔上の旗が撃破されたことを示す旗に変更された事を確認すると素早く神内に後退命令を伝えた。
 神内は右手で変速スイッチをバックに入れながら、左手で装甲車帽のヘッドセットを車内通話に切り替え言った。
 「準備よし!」
 「後へ!」
 戦車はゆっくりと坂を下り再び丘の陰に隠れた。
 「停止用意、止まれ、標準姿勢をとれ」
 神内は車体制御スイッチを標準に入れた。
 再び油圧回路が作動し車体を水平にしていく、車体の変化を感じなくなると同時に水平をとり終えたことを知らせる制御完了ランプが点灯したことを確認するとすぐに報告した
 「車体標準とりました!」。
 その時無線が入った。
 「小隊は、上高台周辺を確保、事後、戦車道へと前進する、オクレ」
 二車から順に小隊長に了解の意を報告していく。
 「四車了解!」
 神保はヘッドセットのレバーを車内通話から無線通話にモードを切り替え小隊長に報告し、周囲の状況を確認すると素早く道路上にでるために車体を上高道と呼ばれている道に向け停止した。
 すでに、小隊の各車も同じように待機している。
 「小隊前進用意、前へ!」
 小隊長の号令と同時に一車が道路上に走り出した。
 「操縦手、三車の後を続行しろ!」
 「了解っ!」
 神内も神保に負けじと声を張り上げた、三車が走り出していく。
 「前へ!」
 「前へ!」
 神内は神保の命令を復唱すると同時に一気にアクセルを踏み込み車体を加速させ、道路上に飛び出した。
 「車間距離に注意しろ、間隔が近いぞ!」
 神保は四〇キロ近くで走行する戦車の周囲の警戒をしながらも神内への指導も忘れなかった。
 「はい!」神内はブレーキを軽く踏み速度を落とし車両間隔を広げた。
 「前車に重なるな、千鳥で走行しろ!」
 またもや怒声が響いた。
 「はいいっ!」
 忘れていた!縦隊走行時の基本陣形じゃないか!、神内は慌てて三車から横にずれ千鳥の体勢をとった。
 神保は無意識のうちに千鳥隊形をとれるようになるのはまだまだ先だな・・・と思うのだった。
 やがて戦車道との交点が見えた、周囲には先行した普通科隊員達が交点の周囲の茂みや林に分散して、警戒態勢をとっている。
 「状況終了、状況終了、各車その場に止まれ。」
 統制官からの状況終了を知らせる無線が入った。


    4

 神内は減速しながら道路脇に車体をよせ静かにブレーキを踏み車体を停止させた。
 「よしエンジン停止、物品の異常の有無を確認」
 神保は状況中に比べれば格段に静かな声で神楽坂と神内に伝えた。
 神内は各種油圧計、油温等の数値を確認し異常がないことを確認し停止スイッチをいれエンジンを停止させた。
 そして次に装具等の確認をした、弾のう二つよし、サスペンダーよし、銃剣よし、八九式小銃の各部・・・よし異常なし。
 神楽坂も七四式車載機関銃の空砲の残弾がないことを確認し、薬室の点検を行い確実に安全点検を行った。
 次に神内と同じように自らの装具の確認を行ない、砲塔を正面にむけロックして砲塔の動力を切り、砲身俯仰ハンドルを手で回し砲身を最大仰角にした。
 「操縦手、異常なし」
 「砲手、異常なし」
 二人の報告を聞くと操縦手のハッチ開放の許可をだした、空砲が完全に抜弾されたことを確認するまでは操縦手は頭をだしてはならないからだった。
 神内は左右のハッチ固定ハンドルのロックを解除し左手で、ハッチの昇降レバーをぐっと力一杯押し重い操縦席ハッチを持ち上げた。
 次に右手でハッチを左に力一杯押してハッチ固定部へと持っていきロックをかけ、さらにハッチについている手すりに鎖のフックをかけた。
 外に顔を出すと神内は軽く背を伸ばして外ののどかな小春日和の空気を吸い込んだ、密閉された操縦席の中から外に顔を出した時の開放感は装甲車両の乗員以外にはなかなかわからないだろう。
 耳がおかしくなるかのようなエンジンの轟音と振動、絶えずヘッドホンから聞こえる無線等、身体を横に向けるのも難渋する狭い室内、戦車とは乗っているだけで疲れる乗り物なのだ。
 神内は背を伸ばしながら周囲を見回すと普通科の隊員たちがそれぞれ89式小銃、ミニミ軽機関銃、84mm無反動砲を持ち自分達と同じように道路脇に停車している89式装甲戦闘車と96式装輪装甲車の後ろに乗り込んでいく姿が見えた。
 どの車両も人間も昨日まで降っていた雨で地面がどろどろになっていたため泥まみれだった。
 これじゃ駐屯地に帰隊してからの洗車は大変だな、洗車機が使えればいいのだけれど、そんな事を神内は思いながら、座席の後ろに放り込んでおいた雑のうから、好物のフルーツキャンディを取り出し口に放り込み、背もたれに身体を預け一息をいれた。
 「各車、一本松の広場の位置まで前進、薬きょう返納および残弾処理を行なう。」
 統制官からの無線が入った、神内が座席を上げ頭を外に出すと同時にエンジン始動命令が伝えられ、三車の後に続いて一本松の広場に前進した。


    5

 一本松の広場に到着すると神内は、バスケットから黄色い輪止めを取り出して、転輪の間にはさみこんだ。
 そして2ポンドハンマーで履帯を構成する履板を2枚ずつ左右で連結しているコネクタを叩きながら音を確認しながら、センターガイドが折れていたりヒビが入っていないかも確認していく。
 砲塔の上では、神保と神楽坂が車載機関銃の薬莢受けの袋から薬莢を取り出し弾薬箱に詰めていく。
 二〇〇発全てをつめ終わると二人は二回ずつ薬莢の数を数え異常のない事を確認すると神楽坂は適当な袋に機関銃の弾を結合していたリンクを詰め込んで、弾薬箱を持ち返納に向かった。
 「神保一曹、車両点検異常なし、飴でも舐めませんか?」
 神内は神保に聞いた。
 「じゃあ、一つ頂くか」
 神内は雑のうの中から先ほどの飴が入った袋を取り出した。
 妙に小奇麗な袋に入っている、口のところには可愛らしくリボンまでついている、実に演習場には似合わない袋だ。
 「神内それなんだ・・・」
 神内は袋から飴を取り出しながら少し恥ずかしそうに答えた。
 「あの・・四日前に天宮が今度の演習は雨の日ばっかりで大変だろうから、これを食べて頑張ってって・・・手作りで作ってくれた飴です・・・」
 「俺はもうごちそーさんって気分だよ・・・」
 神保は勘弁してくれというような複雑な笑いを浮かべながら、うけとった飴を口に放り込んだ。
 「神保一曹、薬莢返納しました、異常なし」
 薬莢返納から帰ってきた神楽坂が報告した。 「おう神楽坂、お前もこの飴舐めてみろ、一粒でもうごちそうさんって感じだ」
 神楽坂は皮手袋を外し神内が差し出した飴を受け取るとそっと口に含んだ。
 「天宮が作ってくれた飴なんですが味はどうですか?」
 神内が尋ねると神楽坂はただ一言「美味しい」と答えた。
「良かったぁ、そう言ってくれると天宮も喜びます」
 神内は自分の事のように喜んだ。
 「天宮が作っている姿を見ていたけど、楽しそうだった、好きな味はなんだったかと言いながら一生懸命に作ってた」
 89式小銃を持ちふっと静かに笑った神楽坂を見ながらふと思った。
 天宮を春の木漏れ日のようなほんわかした暖かさに例えるのならば、神楽坂3曹は月光を受け輝く研ぎ澄まされた刀のような美しさをを持った人だと思った、きっと満月を背に佇む姿はすばらしく絵になるだろう・・
 おいおい、俺は何考えてんだ、俺は少し変態じみたところがあるのかも・・・神内は思った。
 「なにかろくでもねえこと考えてねぇか?・・・」
 そんな神内の姿を見ながら神保は呟き、神楽坂は神内と目を一瞬合わせると顔を横に向け目をつぶりフッと微笑した・・・まさかひょっとして考えていたこと読まれた?・・・。
 「全員集合、終了だ!」
 小隊長の声が聞こえた。
 「おし、集合だ」
 神内は天宮の想いがつまった飴の残りを雑のうにしまいながら、そうだ今日の夜は天宮に今回の訓練の話と飴のお礼をしようと思った。


    戦車戦闘訓練  終


    あとがき


 読んでいただけてありがとうございます、今回は前回とは変わって戦闘訓練の話です、本文にも書きましたが戦車は全乗員が連携しては初めてその能力を発揮できます。
 なぜか戦車乗員はラクなものという凄まじいまでの誤解が存在していることがあります。恐らく戦車乗員は戦車の中にいるため外からは見えないためでしょう。
 この話ではほんのごく一部だけ戦車乗員の戦闘行動の様子を描きました、少しでも戦車の外観だけでなくこういったところにも興味をもっていただければ幸いです。