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[ここから開かれていく写真と私たちの関係、故・鈴木清の写真展:『千の来歴』紹介/アサヒカメラ2000年10月号:216]


 今年3月に他界した鈴木清の写真展、『千の来歴――写真、私の中の日常・1969―2000』が開かれる。この題名だけをみると、作者の死後に企画された回顧展と捉えそうになるが、そうではない。なぜなら、「私の起源である69年作の『流れの歌』から三十年間の来歴(生き方と写真活動の一体化)を、未来に自ら指し示す積極的な試み」と、本人が明確に書き遺しているからだ。

 思えば鈴木清は、87年の展覧会『天地戯場』に「1987←68」という副題を付け、また94年の写真集『修羅の圏』を「finish dying―自伝」として出すなど、常に自己の写真活動を自作に織り込んできた。そう考えなら今回の写真展も、その延長線上のものであり、むしろ、作者の死こそが偶発的だったと捉えてしかるべきなのかもしれない。

 じっさい今回の写真展は、遺族、そして故人と親しかった教え子を中心にgu-ganプロジェクトを発足し、遺された詳細なスケッチや図面をもとに、結果的に遺志となった作者のプランにできるだけ忠実に沿って構成されるものだと言う。そのプランによれば、8章で構成される展示のうち、3章は新作であり、ここからも写真展が、けっしてたんなる回顧的なものではないことが伺える。

 しかし、このような背景があるとは言え、作者の死が、今回の写真展に特別な意味を与えるであろうことは事実だろう。だがそれは、遺作展といった通俗的な意味ではないに違いない。引用をちりばめたインスタレーションによる写真展は、空間のみならず時間をも錯綜させ再構成するような、鈴木清独特のパワフルなものであったが、誤解をおそれずに端的に言うならば、今回の展覧会は、他界した作者による未来に指し示された回顧展という、より根源的な時間の錯綜の構図が現れることになったように思われるのだ。この意味で、「物語を企てながら、もしろそれ自体を壊していく」と語っていた鈴木清にとって、この展覧会は、作者の死によってもたらされた〈最後の展覧会〉であると同時に、作者の不在によって真に解放されたテクストが、新たな物語を紡ぎ出す〈最初の展覧会〉にもなるのではないだろうか。

 鈴木洋子夫人によれば、故人を偲ぶ声は、写真という枠にとどまらず、さまざまな分野の人々、そしてとりわけ若い世代からも、日々届いていると言う。これは、「生き方と写真活動の一体化」と自ら語っていた鈴木清が、いかに幅広い影響を与え、多くの表現者の指標になっていたかということを伺わせる話である。これに応えるように、gu-ganプロジェクトはネガ・作品・蔵書の整理と、ワークショップの開催も計画しているという。こうした活動も含めて、今回の写真展が、いかなる新たな物語を未来に紡ぎ出していく契機となるのか。没後も、こうしたことを期待させてしまうところにも、写真を自らの業(カルマ)と語っていた、鈴木清という存在の大きさを改めてまざまざと感じさせられる。