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[BOOK REVIEW:新着写真集紹介/nikkor club #182 2002 autumn:124-125]


 『ヒロシマ万象』は、戦後の日本がともすれば忘れ去ろうとしてきた戦争花嫁、戦争孤児、満州などの問題を、あえて積極的に捉えてきた江成常夫氏が、15年の年月をかけて取り組んできた広島の写真をまとめた写真集です。
 被爆40周年の昭和60(1985)年8月6日に、撮影と取材を目的にはじめて広島を訪れた江成氏は、その日の様子をこう述べています。「この日も朝から雲一つなく晴れ、炎天の街に真っ赤な夾竹桃(きようちくとう)の花がひときわ目についた。罪業の日から40年が過ぎた広島はすでに100万都市に変貌し、被爆の原形は消えていた。」
 本書に収められた写真は、いっけんありふれた光景にも見えるかもしれません。しかし、カラーとモノクロームの写真と、被爆者の言葉で織りなされた本書を捲っていくと、花や植物や樹木、太陽や雲や川面、そして広島を照らし出す光と影が、不思議な生命力をもって訴えかけてくるのが感じられてきます。それは、被爆の痕跡すら次第に消し去っていくかのように見える生命力のなかにこそ、数々の犠牲がやどり、罪業の記憶が蘇ることを物語っているように思われます。「見えなくなった原爆禍の視覚化」という困難に取り組んだ本書は、不可視な光景の記録を通して、叙事詩のように記憶を触発するという、写真表現の新たな可能性をも切り開いているのではないでしょうか。
 「表現者としての信頼と仕事の価値は、対象との確固とした関係性と、仕事の文脈に徹することで獲得できる」という信念を貫き、「負の昭和」を見つめ続けることで、それを体現してきた江成氏だからこそ成し遂げることができた仕事である本書は、21世紀を迎えた今日だからこそ、真摯に見つめ直すべきものを伝えているように思われてなりません。
 『輝く瞳 世界の子ども』は、およそ半世紀近く世界の子どもたちを撮り続けている田沼武能氏による写真集です。
 膨大な数の写真から選りすぐって編まれたであろう本書ですが、構成は「遊ぶ子ども」「働く子ども」「まなぶ子ども」「生きる子ども」と、いたって簡潔です。その簡潔な構成のなかに、まるで万華鏡のようにさまざまな子どもの姿が収められているのは、まさに田沼氏が言うように、「子どもは大人社会のきわめて克明な鏡」であり、また「子どもは大人と同じ一人の人間であり、それぞれが喜び、悲しみ、怒り、楽しみを抱いて生きている」からでしょう。と同時に、社会や時代や文化が異なっていても、子どもたちの表情の素朴さは驚くほど似通っていることに気づかされます。そうした子どもたちの世界が、ここに生き生きと写されているのは、次のように述べる田沼氏の眼差しがあるからに違いありません。
 「なにより、子どもは本来、大人にとって最もすばらしく、美しい存在だといっても言い過ぎではないだろう。そして子どもの世界は奥が深く、想像もできない広がりがあり、宇宙の神秘が未だ完全には解明できないのと同じように、興味と、そして撮ることによる喜びは尽きない。」
 『コソボ破壊の果てに』は、ベトナム、カンボジアなど、戦争や内乱などで、傷つけられながらも逞しく生きる人々を捉え続けている大石芳野氏が、コソボの破壊と殺戮を生き抜いた人々を記録した写真集です。
 破壊の惨状とともに、人々の表情、生活や文化を丹念に写した写真は、ひとりひとりの人間の悲しみの深さを伝えるとともに、生きる力を照らし出しています。大石氏はこう言っています。「コソボが突きつけている問題は世界的に見ればその存在は小さいものの、実に重い意味を持っている。拡大する貧困や差別、政治不信などが生み出す軋轢(あつれき)、宗教や民族間の摩擦、地域間の相克……。第2、第3のコソボが次々と生まれている」。
 破壊による絶望と再生を特殊なこととしてではなく、けっして他人事ではない出来事として、ひとりひとりの人間という立場から捉える大石氏の視点は、写真はもちろん、キャプションや巻末の「動乱を生き抜く」という文章にも通底しており、その繊細な眼差しは、私たちが考えるべき多くの問題を浮かび上がらせているように思われます。
 『ビッグブルー』は、世界中の海をフィールドにして、海棲哺乳類を中心に、動物や自然を取材し続けている水口博也氏の、25年間に渡るクジラ、イルカの撮影からのベスト・セレクションです。未発表、既発表を問わず編まれており、これまでの仕事の集大成とも言えるでしょう。
 「クジラ・イルカの観察や撮影がこの25年間の大きなテーマだったと書いた。しかし、わたしにとってのほんとうの最大のテーマは、ひとつひとつの作品で自分は何を表現しようとし、どんな思いを提示しようとするのか、その意図にかなうようどう形に仕上げていくのかを、考えつづけることだったのかもしれない。前のページに並べられた作品群は、そうしたわたしの模索と思索の軌跡である」。
 このように述べる水口による本書は、研ぎ澄まされた一枚一枚の写真の完成度が素晴らしいのはもとより、ページを捲るたびに雄大な海を舞台に躍動するクジラやイルカのダイナミズムがひしひしと感じられる、感動的な写真集に仕上がっています。