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[絶対的にありのままを描く写真:「アウグスト・ザンダー写真展〜肖像の彼方」/アサヒグラフ1994年6月10日号:?]


 ドイツ人の類型を肖像写真によって分類、構成したシリーズ『20世紀の人間たち』で知られる写真家、アウグスト・ザンダーの写真展『肖像の』が、東京・神宮前のワタリウム美術館で開かれている(第一部・7月3日迄、第二部・7月5日から8月21日迄)。
 1876年にドイツの小さな町で生まれたザンダーは、20歳前後から独学で写真を始め、絵画的写真を撮り、展覧会で常に入賞を果していた存在だった。しかし20年代に入って、かつてのぼかしの入る写真を放棄し、一転して絵画的効果をいっさい排除した、細部までくっきりと再現された写真を作るようになる。そして、このような転回によって彼の中に、ドイツのすべての職業・階級・生活を写真で提示する着想が育まれることになった。その作業の一部を公開した27年の展覧会に寄せた文章でザンダーは、自身の転回について次のように語っている。
 「絶対的にありのままに、わたしたちの時代の画を描くためには、写真ほど、わたしたちにとって適したものはないように思うのだ。わたしたちは真実を見ることに耐えなければならないのである。わたしたちにとってそれが都合のいいことであろうとなかろうと、この真実を、仲間たちに、そして未来の世代へと、伝えなければならないのだ。物事をあるべき姿やあり得る姿ではなく、あるがままに見ているのが不謹慎だ、とおっしゃるならば、それは申し訳ない。しかし、わたしにはそうすることしか出来ないのだ」。
 今回の展覧会で展示されている、人間、そして建築、自然を対象にした写真は、今日の私たちの眼には、きわめて客観的に物事が再現されたものに映るだろう。だが、ザンダーの堅固でいささか攻撃的でもある言葉が示しているのは、彼の写真が当時において異質なものであったことである。それは、絵画的写真と一線を画していたのはもちろん、極端なアングルやクローズ・アップを特徴とする20年代の前衛的写真とも違っていた。ザンダーは、一方で19世紀的な肖像写真の形式を用い、他方で写真に写された対象それぞれの差異を強調することで、対象が自らを類型として物語る「客観性」そのものを写真の機能として見出したのだった。今日においてザンダーの写真は、その「客観性」ゆえに、ともすれば脱歴史的な魅力に満ちた写真の雛形に見えるかもしれない。しかし忘れてはならないのは、その魅力こそが写真メディアの歴史的な産物としての「客観性」に基づいたものであることだろう。