双子物語▼
session #0 "Before tales -Anor side-"
 それは、アノールとイシルミスタが旅立つ前日のことだった。
「ありがとうございました」
「おう、早く帰ってゆっくり休め」
 アノールは何時も通り剣の師匠であるムーグの元で修行をしていた。
 今日が最後と言うことを胸に秘めて。
 別れを言えないのが心残りだが二度とあえないわけではない。
 いずれは戻ってくるつもりだ。
 「そう言えばアノール」
 帰り支度をしているアノールにムーグは煙草に火をつけながら声をかける。
「何ですか?」
「そう言えばお前もうそろそろ誕生日だったな」
「はい、明日……です」
 それはこの街との別れの日でもある。
「一日早いが、これをやろう」
 そう言ってムーグは部屋の隅にかけ立ててあった一振りの刀をアノールに手渡す。
「これは?」
「【ヤツフサ】という銘だ。なに、そんな高価なムーグモンじゃない」
 それなりには業物だがな、そう付け加え戸棚から酒の入った瓶を取り出す。
「抜いてみていいですか?」
「あぁ、抜いて見ろ」
 鞘から抜き出したその刃は美しく白く輝いていた。
 切先から柄まで流し見ると柄の近くに
 【臨兵闘者皆陣烈在前】
 と、見慣れない文字が刻まれていた。
「先生」
 アノールがそれを尋ねようとムーグを呼ぶ。
「それか。それは俺の故郷のまじないだ」
「まじない?」
 その「まじない」という言葉にアノールは驚く。
 ムーグという人物がそんなモノを気にするタイプではないと思っていたからだ。
「【臨める兵、闘う者、皆 陣烈れて、前に在り】と言う意味だ」
「……え〜っと」
「ま、ただのまじないだ。気にするな」
 そう言うと杯をあおる。
「遠慮しないでもってけ」
 杯の中身を一気に飲み干しそう付け加える。
「ありがとうございます」
 アノールは深々と頭を下げる、今まで世話になった分も込めて。
「それでは失礼します」
「おう」
 玄関を出て戸を閉めるともう一度深々と頭を下げ駆け足で立ち去った。
 アノールが去った部屋でなみなみと酒が注がれた杯を眺めながらムーグは苦笑する。
「ったく最後まで律儀なヤツだな。それいくらべ姉貴の方は可愛げのねぇ、帰ってきたらとっちめてやらんとな」

☆★☆

「ただいま」
「おかえり」
 店の裏口から母家に入り夕食の支度をしていた母に帰宅の挨拶をし自分の部屋のある二階へ上がる。 
 自分の部屋に入ったアノールはもう一度刀を鞘から抜き刀身を眺める。
 そこに刻まれている見慣れぬ文字を眺め師が教えてくれた言葉を反芻するように呟く。
「【臨める兵、闘う者、皆 陣烈れて、前に在り】、か」
 その意味を自分なりに理解しようと考え始めたその時壁を叩く音がそれを中断させる。
『アノール帰ってるの?』
 生まれたときから、いや生まれる前──母親のお腹にいた頃──からの聞き慣れた声が呼びかけてくる。
「ああ、ただいま。姉さん」
『ったく、この大事な日にも稽古に行くってなに考えてるの?』
「……悪かったね、こんな日に」
 逆らうと後でどんな目に遭わされるかわからないので適当に謝っておく。
 といってもイシルミスタも本気で咎めているわけでもないし、アノールもそれがわかっているから挨拶代わりのようなモノだろう。
「……今夜、だね」
『……うん』
 そのまま姉弟は無言になる。

☆★☆

 そして夜になり双子の計画は動き出す。
 賑やかな街として知られる港町アルベルタも、当然のことながら夜は静かである。
 あたりに響くのは波の音と、風の音だけと、言うわけにも行かず。
「ほら、早く来なさいよっ」
 押し殺しつつもはっきりと聞こえるイシルミスタの声と、
「静にムーグよ。誰か起きたらどうするんだよ」
 アノールの声。言葉に反して、アノールの方はイシルミスタの声ほど小さくはなかった。
(やっぱこういう事になれてるのは姉さんだな)
 場違いな事を思いながら、木箱の裏に隠れているイシルミスタのところへつく。
「そんなにゆっくり歩いてたら誰かに見つかっちゃうかも知れないでしょ? そしたら計画は台無しなんだから」
 イシルミスタに言われてアノールは小さくため息をついた。
「って言うより、アンタその腰に付けてるのは?」
「あ、これか?今日、先生の所に言ったら貰ったんだ。誕生日プレゼントだって」
 ポン、と腰に提げてある刀を叩く。
「っつたくあのおっさん、あたしにはそんなモノくれないのに」
(それはそうだろう姉さん滅多に顔見せないし)
 思ったことを口に出すという愚行はしない。
 しなかったのだがこめかみを拳でグリグリとされる、通称梅干しというヤツである。
「っつたく、なに考えるかな、この弟は」
 と、口に出さないでも解ってしまうのはアノールの素直さではなく生まれる前からの付き合い、いや双子に置ける独特の共感(シンパシー)なのであろう。
「ま、いいわ。今度帰ってきたら、催促してやろう」
「…姉さんの場合貰えるのは物じゃなくてお説教だよ、多分」
 ゴス、と重い音を立てアノールの顔に裏拳が入る。
「さて、と。馬鹿やってないでいこうか?」
 スク、とイシルミスタは立ち上がり服に付いた埃を払う。
「…そうだな」
 名残惜しそうに街を見下ろしたまま返事を返す。
「帰って、こようね」
「あぁ」
 双子はそう言葉を交わし街を囲む塀から飛び降りる。
 そして
「まずは」
「イズルード」
「だね」
「あぁ」
 冒険へと……。
弐萬HITおめでとうございます
っていうか、もう四萬近いのは気のせいですよね?
と、いうわけでこういうかたちでは「はじめまして」っていうかなんですがAnorです。
なんだかな……って感じですが、一応これ弐萬ヒットの記念に書き始めた物なんですがね、なんかこんな遅れに遅れて……ゴメンね、姉さん。
ここを読んでくださった方たちにもこんな稚拙な文でゴメンナサイです。
2002.11.04 校了
2002.11.11修正