双子物語 〜Dual Spiral〜▼
1、旅立ち〜Expose〜
 賑やかな街として知られる港町アルベルタも、当然のことながら夜は静かだ。
 あたりに響くのは波の音と、風の音だけ……
「ほら、早く来なさいよっ」
 ではなかった。押し殺しつつもはっきりと聞こえる少女の声と、
「静にしろよ。誰か起きたらどうするんだよ」
 少年の声。言葉に反して、少年の方は少女の声ほど小さくはなかった。
 言いながら、木箱の裏に隠れている少女のところへつく。
「そんなにゆっくり歩いてたら誰かに見つかっちゃうかも知れないでしょ? そしたら計画は台無しなんだから」
 少女に言われて少年は小さくため息をついた。
 見つかると言っても、通りには誰もいないし立ち並ぶどの家も明かりは消えて窓は閉っている。あとは街を守る警備兵がいるが、巡回の時間は事前に調べてある。だから、
「心配することないだろ」
「そうだけど……」
 少女は少し不満げに呟いた。少女としては、せっかく家を抜け出してきたのだから、何かトラブルが起きて欲しいのである。家の窓から出る時もすんなりといったし、街の門はもうすぐ。あまりにもスムーズに事が運んで、物足りないのだった。
 少女のそんな気持ちがわかって、少年はまた小さくため息をついた。少年は小さい頃からこの少女に振り回されっぱなしだったから、簡単に想像がつくのである。
「いや、今もか」
「なに? なんか言った?」
 木箱の影から顔だけ出して様子を伺っていた少女が振り向いた。
「別に」
 少年は応えて、少女はまた視線を戻す。
 月明かりに照らされた少女の顔は驚くほど少年に似ていた。二人は、双子だった。
 このアルベルタでもそれなりに名の通った商店に生まれた二人は、いままで別段不自由なく暮らしてきていた。それは逆に言えばあまり刺激がない単調な生活で、二人はいつしか今とは正反対の、不自由でも毎日が刺激的な生活に憧れを抱くようになっていた。
 そして、十五歳の誕生日に自分達二人が冒険者になりたいということを両親に話すと、当然のように猛反対された。
 両親は今は商店を営んでいるが、父親も母親も元は冒険者なのだ。冒険のさなか、二人とも大怪我を負ってもう二度と冒険に出られなくなってしまったために職種変えして商店を開いたのである。両親は自分達と同じ思いをさせたくないのだ。その気持ちはわかる。
 けれど、冒険者になると言うのは自分で決めたことで、自分の夢だ。それに、こういう言い方は卑怯かもしれないが、自分が冒険者になりたいと思ったのだって両親がそうだったからだ。両親のかなえられなかった夢を自分が実現してみたい。そういう思いもある。
 ともかく、一端は諦めたふうに見せた。
 両親が反対するのは予想できていたし、それも計画のうちだった。
「ん、大丈夫みたい。行こ」
 少女が立ち上がった。
 反対されたら、家を出よう。そう提案したのは少女のほうだったが、少年も同じことを考えていた。計画はすんなりと決まり、そして今夜こうして家を出てきたのだった。
 家々の間を小走りに進みながら、
「大丈夫かな」
「何が?」
「しばらくやってない」
 街の門は夜は閉じられているし、見張られているから通れない。だが街を囲む壁際に木があって、その枝が外にはり出しているのだ。そこをつたって街を出る予定なのだが、二人ともここ数年ほど木登りなんてしていない。
「あった。あの木よ」
 少女の後について少年も木に駆け寄る。暗いから様子が違って見えるが確かに見覚えがある。
「ほら、先に行って」
 少女がせっつく。
「俺から?」
「だって、あんたのほうが遅かったでしょ。木登り」
「わかったよ」
 木の微妙な出っ張りに手をかけて、体を持ち上げていく。途中何度かずり落ちかけたが割とすんなりと登ることが出来て、
「やっぱり体が覚えてるもんだな」
 と、感心していると、下から続けて少女が登ってきた。こちらは一度もずり落ちることなく、ひょいひょいと軽く登ってくると、少年がまたがっている枝に自分もまたがる。
「なんだか懐かしいね」
「そうだな。昔はこうやって二人で登ってたものな」
 少し、空が白んできて明るくなった街並を眺める。アルベルタの朝は早い。もうすぐ両親も起き出すころだ。
「しばらく見れないんだね」
 ふいに、少女が呟いた。
 確かに街を出たらしばらくの間は戻って来れないだろう。もしかしたらこの景色を見るのは最後になるかも知れない。少女も同じことを考えているのだろう、だんだんと明るくなっていく街から目が離せずにいる。
「さよなら、だね……」
「ああ」
「でも、また戻って来ようね。絶対」
「ああ」
「うん……絶対ね」
「ああ。……ところで、さっきから変な音がしているんだが」
 少年がそう言った途端、
「うわっ!?」
「きゃあっ!?」
 載っていた枝が折れて、二人は思いきり地面に打ち付けられた。
「いたたたた。うー、アノール大丈夫ー?」
「なんとか……姉さんは?」
「膝擦りむいちゃったよ。……誰か来る」
 街の門の方向から、足音がする。おそらく、今の音を聞いてやってきた警備兵だろう。ここまで来て見つかるわけには行かない。
「行こう、姉さん。走れる?」
「うん、大丈夫」
 お互い顔を見合わせ頷きあうと走り出す。
「ねえ、アノールってなんになりたいのっ?」
 走りながら、訊く。
「えっと、剣士っ」
「あ、あたしもいっしょっ。じゃあ、行き先はプロンテラねっ」
「ああっ」
 走りながら会話すると言う、割と器用なことをしながら、二人は森を走り抜けていくのであった。
「じゃあプロンテラまで競争しよっ」
「いや、死ねるだろ、それは」
Next session (comming soon)>